第46話 すれ違い

-ヴィクターが試着室でムラムラしている頃

@レンジャーズギルド


「……遅い!」


(アレッタ、アレッタ)

(何ですか、ブレアさん?)

(アレ、どしたん?)

(フェイさんですか? ほら昨日の……)

(ああ、クエントの件? なんであんなイラついてるの? 生理? 便秘?)


「ブレア、仕事はッ!?」

「は、はい……ごめんなさいぃ!」


 フェイに怒鳴られたブレアは、慌てて持ち場へと戻る。今の時間、ギルドは空いてきており、こうして依頼担当のブレアが、他の受付嬢に仕事を丸投げしてサボっていても問題が無いくらいには、ギルド内の人口は少なかった。

 職員にとって平穏が訪れたとも言えるそんな中、フェイはイライラしていた……いや、戸惑っていたというのが正しい。理由はもちろん、昨日のヴィクターとの一件である。


 確かに昨日は、自分の言動にも非はあった。最近の過労により、正常な判断が出来なかった事も否めないし、気も短くなっていた気もする……反感を買うのも仕方なかったのかもしれない。

 だが、その後のあの男……ヴィクターの行動は、予想の斜め上をいっていた。任務を断っておきながら、しれっとその任務に参加していたのだ。……それも自主的に。

 そのせいで「依頼を受注していないレンジャーへの、依頼主からの報酬の支払い」という、前代未聞の事案が発生した為、昨日は資料を漁ったり、前例を調べたりして眠れなかった。

 しかも詳しく話を聞くと、あの男の立案した作戦のお陰で、警備隊・レンジャー共に全員無事に狼旅団の拠点を潰す事ができたというではないか。


(……やはり英雄の弟子というのは、嘘じゃないという事なの? でも、カティアに同じことができたかしら?)


 実際には、ヴィクターが崩壊前に学んだ戦術の知識を活かしただけなのだが、クエント達も警備隊も口を揃えて「流石はガラルドの弟子だ」という事で済まされてしまっていた。

 だがフェイは、もう一人の弟子であるカティアと親しい為に、彼女にヴィクターと同じ活躍ができたとは思えなかったのだ。


(……あの男、一体何者なの?)


 この件で、フェイの中のヴィクターに対する猜疑心さいぎしんは大きくなっていた。彼女は、所謂いわゆる委員長タイプで完璧主義者に近く、自分の中のモヤモヤした事は晴らさないと気が済まなかったのだ。


「……それにしても遅いわね。もうピークが過ぎて暫く経つわよ!?」

「ヴィクターさんの事ですか?」

「あら……ごめんなさいアレッタ、うるさかったわね」

「い、いえ。でも、今日は来ないんじゃないですか? その……撃たれたらしいじゃないですか、あの人……」

「うっ……そ、そうね」


 昨日の作戦では、死亡者は出なかったが、負傷者は出ているのだ。その話を聞いていたギルド職員達は、ヴィクターがクエントを庇って撃たれたという話を聞いていた為、当然彼も負傷していると思っていた。……当事者のクエントが、話を若干盛って話した影響もあるだろうが。

 その為に、昨日クエント達を任務として送り出した立場のフェイは、心にトゲが刺さったように感じていた。ヴィクターに会いたいのも、彼が何者なのか問い詰める目的もあるが、何よりもまずは昨日の非礼を謝り、任務を成功させてくれたことに対する感謝を伝えたいという想いが強かったのだ。

 ……ヴィクターは任務を断った上で、勝手に自主参加していたので、ギルドとしてはそんな事をする必要は本来無いのだが、それは彼女のポリシーが許さなかった。


「……ちょっと、外出するわ。後は任せるわね」

「は、はい!」


 フェイは、居ても立っても居られなくなり、ヴィクターを探しに行く事を決めた。そのまま、ギルド職員用の更衣室へと入っていく。


「……ちぇっ! あーしも外出してぇな〜」

「ブ、ブレアさん……いつの間に!?」

「いーなぁ、外出。ねね、アレッタもこの後サボらね?」

「あの、うしろ……」

「ふぇ? げえ、フェイ姐さん!? 着替えるの早すぎっしょ!」

「あら、ブレア。私は昨日の夜、徹夜で仕事していたのだけど、貴女は随分と暇みたいね? そんなに暇なら私の仕事、代わってくれるかしら?」

「ご、ごめんなさいぃ!!」

「はぁ、まったく……」

「い、行ってらっしゃいフェイさん」

「ええ。ブレアがサボらないよう見張っておいてね」


 フェイは、若干21歳ながらギルドの受付嬢達のリーダーをしている。だが、これには理由がある。

 まず、ギルドの受付嬢というのは、男から見て人気が高い。受付嬢は、事務仕事の関係上パソコンを使用している。だが、崩壊後の世界ではパソコンは一般的では無い為、それらを扱う為の教育を受けている受付嬢は、崩壊前における公務員のようなポジションを占めており、結婚して子育てがひと段落した後も、ギルドに再就職が出来るのだ。

 崩壊後の世界において安定した職は珍しく、逆玉?狙いの男が多く、また謎のバイアスにより受付嬢は上玉揃いになる傾向がある為、その人気に拍車をかけている。そして間の悪いことに、現在このギルドの受付嬢の多くが結婚・産休に入ってしまい、人手不足になっている事に加えて、副支部長が独断で街周辺の村々へとレンジャーを派遣した事に伴って、ベテランの受付嬢達も派遣されてしまっているのだ。

 その為に、カナルティア支部で支部長の秘書をしていたフェイが、現在リーダーとして多忙な日々を送っているのである。


(はぁ、私も結婚して休みたいわ……相手はいないけど)


 崩壊後において、成人という概念は無い。ちなみに、フェイのように孤児院出身の者は、14歳になった時点で孤児院を出て行く事になる。大体その位の年齢になると、皆仕事をして稼ぐ年頃になるのだ。

 そして女性は、早くて18歳前後、遅くても24歳くらいまでには結婚して出産している事が多い。だが、フェイは同期が皆揃って結婚してしまった為に、若干の焦りを感じていた。


(……相手はいないけど)


 暗い雰囲気で、ギルドを出て行くフェイであった。



 * * *



-昼

@レンジャーズギルド


「くそ! なんであの防具、俺の身体にピッタリだったんだ? 気持ち悪い……」


 採寸を終えた俺は、ローザの着せ替え人形をさせられてしまった。その代わり、今回頼んだ服の値段は割引きしてもらったが、全然嬉しく無い。

 昼食を済ませた俺は、再びギルドへと足を運んでいた。いざ、今日休みにしてみたはいいものの、想像以上に暇だったのだ。先程買ったジャケットを正して、ギルドの扉を開ける。ギルドの中は、想像通りガラガラだった。……食事時しょくじどきだしな。

 だが、俺がギルドの中に入ると、受付嬢達の視線が集中するのを感じる。まさか、新しく買ったこのジャケット……これが崩壊後の女の子のハートをキャッチして離さない……訳ないな。空いてる中に入ってきたら、皆んな見るに決まってるわ。俺でも見る。


 ギルドの売店へと向かい、新聞を買う。そのままロビーのソファーへ座り、新聞を開く。「狼旅団の拠点壊滅!!」や「スカドール家当主、突然の死!」という記事が一面に出ているが、大した記事は無さそうだった。


「あのぉ〜、お時間よろしいですかぁ♡」

「……」


 この猫なで声は、確かブレアとかいったな……クエントの大好きな、あのギャルだ。声のする方を振り返ると、ブレアがクネクネしている。


「ヴィクターさん、こんにちわぁ♪ 今日はお休みなんですかぁ?」

「……」

「ちょっとぉ、黙ってたら分からないですぅ♡」

「……」

「あ、あの〜……」


 俺は、少しだけ戸惑っていた。ついこの間まで、こんなギャルは願い下げだと思っていたのに、今は「抱ける」と思っている自分がいたのだ。マズい……先程の服屋でもそうだったが、溜まっているのだろうか?

 とりあえず、無視してればどっか行くだろうと思って、無視を決め込んでいると、アレッタもやって来た。


「あ、ブレアさん。またサボりですか?」

「っせーな、今フェイ姐さんいないから、問題ないっしょ!」

「あのヒス女がどうかしたのか?」

「ふぇ!? あっ、そうなんですぅ♪ 何か今、外出しててぇ」

「そういえば、ヴィクターさんを探してるみたいでしたけど、お会いしませんでしたか?」

「いや。それで、何で俺を探してるんだ?」

「さ、さあ……」

「私も分かんないですぅ♡」

「そ、それよりもヴィクターさん! 撃たれたって聞いてますけど、動いても大丈夫なんですか!?」

「えっ、それマ!?」

「ああ」


 マズい、フェイが俺を探してるのか……捕まったら絶対に面倒な事になる。俺は新聞を閉じると、ソファーを立つ。


「あれぇ〜、どこ行っちゃうんですかぁ〜?」

「あ、ヴィクターさん。フェイさんが帰ってくるまで、こちらでお待ちに……」

「フェイに言っといてくれ、俺が話す事は無いってな」

「えっ!? あっ、ちょっと!」

「バイバイで〜す♡」


 俺は、フェイが帰ってくる前にギルドを退散する事にした。面倒はごめんだ。……さて、これから何をしようか。



 * * *



-ヴィクターが出て行ってから10分後

@レンジャーズギルド


(どういう事!? なんでどこの病院にもいないのよ!?)


 フェイは、ヴィクターを探しに街へと繰り出した。彼女には当てがあった。

 ヴィクターは被弾している。つまり、治療の為にどこかの病院に入院している筈である。フェイは、街中の病院や診療所を大小問わず周ったが、何処にもヴィクターは入院していなかったのである。


(ま、まさか……お金が無くて、入院できていない!? 今頃、宿のベッドで苦しんでるんだわ!? ああ……わ、私のせい……よね? ど、どうしよう!?)


 持ち前の想像力を発揮して、ヴィクターの悲惨な状態を思い浮かべるフェイであっが、そこにフェイの帰還に気付いたアレッタが声をかける。


「あっ、フェイさん。おかえりなさ……ふ、フェイさん!? 顔が真っ青ですよ、大丈夫ですか!?」

「え、ええ……。だ、大丈夫。大丈夫よ……」

「そ、そうですか……。そういえば、先程ヴィクターさんがいらっしゃいましたよ」

「……え? ど、どういうこと!? いつ!?」


 フェイは、アレッタの肩を掴みブンブンと揺する。


「フェ……フェイさん。やめて下さい……」

「あっ、ご……ごめんなさいッ! そ、それでいつ来たの?」

「ほんの10分程前です。それから、フェイさんに伝言を預かってます……」

「伝言ですって!? な、何かしら?」

「『お前と話す事は無い』……だそうです」

「……」

「……フェイさん?」

「は、はぁぁぁっ!? な、何よそれッ!? こっちはどういう想いでッ……!!」


 再びアレッタの肩を掴み、ブンブンと揺すり出すフェイ。


「ううっ……気持ち悪い……」

「こうしちゃいられない! 今度はあの男の宿に、張り込んでやるッ!!」


 そう言うと、フェイはまたギルドの扉を開けて外へと飛び出して行った。



 * * *



-フェイが飛び出して2時間後

@カナルティアの街 マーケット


「わあ、クエントさんクエントさん!! コレ、安いですよ!!」

「おっミシェル、良い物見つけたな! よし、コレは買いだな!」


 クエントとミシェルは、マーケットで買い物をしていた。昨日のヴィクターの作戦に、何かを感じ取ったのか、新たな道具を作成する為のガラクタや道具を仕入れていたのだ。


「でも、ヴィクターさんと仕事をすると、いつもより儲かりますよね?」

「……確かにそうだな。参加人数が少ないのもあるだろうが、それでも問題が出ないのが奴のスゴい所だ」

「このままだと、ヴィクターさんに依存しちゃうような……」

「……確かに、それはヤバいな。ん? どうしたミシェル、そんな慌てた顔して?」

「ク……ククククエントさん! 後ろッ!!」

「うん? ……ゲェッ!!」

「楽しそうね、二人共……探したわよ!?」


 クエントの背後には、フェイが立っていたのである。


「ヒエ……な、何のご用でございましょうか?」

「何の用? 貴方、私が昨日言ったこと、覚えて無いのかしら?」

「いや……で、でも今日連れてこいとは言われてない訳で……」

「屁理屈言ってるんじゃないわよッ!!」

「ひでぶッ!!」


 クエントの頬に、フェイの強烈な平手が飛ぶ。


「さてと……あら、ミシェル? 何処行くのかしら?」

「ヒィっ!?」

「あの男……ヴィクターの宿は?」

(……ヴィクターさん、ごめんなさいぃ!!)



 * * *



-夕方

@BAR.アナグマ


「よっ! また来たぞ」

「ボリスさん、お久しぶりです!」

「……ああ」


 ギルドを飛び出した後、俺は警備隊本部に赴いた。……何か警備隊員から、昨日の作戦の話や、ガラルドの話をしてくれとか言われたり、尊敬の目で見られたりしたが。

 その後、車を回収してスカベジングステーションへと向かった。トレーラーの荷物の換金を頼んでいたのを思い出したのだ。そこで、かねを回収した俺は、車を置きに再び警備隊本部に戻った。


 その後、本部に帰ってきた警備隊長のおっさんと雑談した後、おっさんが昨日の礼に1杯奢ると言ってきたので、二人でここBAR.アナグマへと足を運んでいた。

 二人で飲みながら雑談していると、陽も落ちて夜になっていた。


「もう、こんな時間か……」

「あ〜なんか、腹へったな……よし、どっか食いに行くぞ!」

「……奢りなら付き合ってやる」

「おう! 任せとけや、弟子ぃ!!」

「はぁ……おっさん、酔いが回って暴れんなよ?」

「安心しろ、俺は取り締まる側だからなぁ! はっはっは!」

「いや、ダメだろそれ!」


 俺は、ふらつく警備隊長の肩を支えながら店のドアを開け、外に出ようとする。すると、ちょうど店に入ろうとしていた女性とぶつかってしまった。


「あっ……ごめんなさい!」

「ああ、いえこちらこそすいません。酔っ払いと一緒なもんで、よく前見てませんでしたよ」

「んだと!? 俺は酔ってね〜ぞォ!!」

「酔っ払いは皆、そう言うんだよっ! じゃ、すいませんねお姉さん。ほら、行くぞおっさん!」

「俺はまだ、30代だぞォ! おっさんじゃねぇ!!」

「いや、それもうおっさんだから」

「んだとぉ〜〜!!」


 しかし、今すれ違った女……結構いい身体してたな。どこか陰がありそうな感じもポイント高い……このおっさんがいなかったら口説いてたかもしれない。まあ、冗談だが。

 それにしても、思った通りこの店は女性の愚痴を吐き出すにはうってつけなのかもしれないな……。

 

 一瞬のことで、よく見てなかった事と、女性が頭を下げていた為に気づかなかったが、女性はフェイであった。そして、お互いに気がつく事なく、ヴィクターは店の外へ出て行き、フェイは店の内へと入っていった。



   *

   *

   *



「プランテーション(ラムベースのカクテル)頂戴」

「……浮かない顔をしてるな。何かあったか?」

「……はぁ」


 あの後ミシェルを問い詰めて、ヴィクターの宿を知ったフェイは、今までずっとヴィクターが帰るまで張り込んでいた。その執念は、まるでストーカーである。

 だが、遂にヴィクターが帰る事は無く、気がつくと陽が落ちてとうとう夜になってしまった……。流石に、夜に女一人でいるのはマズいと感じたフェイは、ギルドの系列店でもあるここBAR.アナグマへと足を運んでいたのだ。

 ……先程すれ違ったのがヴィクターだとも知らずに。


 フェイは、注文したカクテルを一気に飲み干すと、次々と他の酒を注文していき、酒を飲み干すごとに愚痴を吐き出していく。

 ちなみにフェイは、普段辛口なくせに飲む酒は甘党であった……。

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