第34話 制裁と再会

「ミシェル、この街で人の物を盗むとどうなるんだ?」

「ええと、罪が軽ければ一定期間の労働とか罰金、それか牢屋に勾留ですね。でも、罪が重いと犯罪奴隷として売りに出されます」

「ガラルドからも聞いた気がするが、冗談って訳じゃなさそうだな……」


 奴隷……人間でありながら、その自由と権利のことごとくを認められず、モノとして扱われる存在。崩壊前では何百年も前に廃止された、この恐るべき人権侵害のシステムが、崩壊後では再び息を吹き返しているようだ。


「もし、罪が重い方を俺が捕まえたらどうなる?」

「えっと、奴隷の販売額の8割~9割くらいがもらえますけど……って、ヴィクターさん!? 何する気ですか!?」

「いや? ちょっと連中を懲らしめねぇとな?」

「あ、ちょっと待っ……」


 俺は車へと歩みを進める。


「……これ、どうやったらエンジンかかるんだ?」

「鍵穴もないし、ハンドル下も開かねぇぞ!!」


 この車のイグニッションは、生体認証で始動するプッシュエンジンスターター方式と、登録者の電脳によるリモコンスターター方式の2つを採用している。こいつらが動かせる訳がない。それよりも、ドアをロックするのを忘れた事が悔やまれる。人通りがあるからと油断していた。

 だが、本来犯罪を取り締まる立場の人間がこういう行為をするとは……。


「教えてやろうか?」

「だ、誰だ!?」

「んだテメェは!?」

「この車の持ち主だが?」


 俺が、車の持ち主だと名乗り出ると、赤服の奴らはお互いに顔を見合わせた後、ゲラゲラと笑い出した。と同時に、周囲の人々も歩みを止め、野次馬が集まりだす。


「うひゃひゃひゃ、持ち主だぁ~? この車は、もうアニキの物になったんだよぉ!!」

「アニキィ! コイツ、アニキの事知らねぇみたいですぜっ!」

「何!? 僕の事を知らないだとぉ!!」

「……何言ってんだ、お前ら」


 運転席に乗っていた、アニキと呼ばれた肥満体の青年が外に出てくると、その後ろにガタイの良い男と、細身の男が立つ。


「僕は、スカドール家が長子、ピート・スカドールだ!!」

「スカトール? トリプトファンの腐敗アミンか……何か臭そうな名前だな」

「なっ……!?」


 その瞬間、周囲のざわめきが止まり、静まり返る。


「ん、なんだ?」

「き、貴様ァ!! スカドール家をバカにしたなァ!!」

「あ、アニキ! こいつ殺っちゃいましょうぜッ!!」

「へへ……久々に人をボコれるぜ!」


 ピートと名乗った青年の取り巻き二人が、俺の前に立ちはだかる。

 争い事は、勝者が正義だ。だが、先に暴力に訴えた方が世間体は悪くなるという性質がある。こういった事態になった時は、初めは相手を挑発して、先に仕掛けるようけしかけようと考えていたが、想像より我慢ができない連中だったようだ。相手の名前が、化学物質の名前に似てると指摘しただけでコレだ。

 ……もうちょっと、あおっておくか。


「おいおいおい、お坊ちゃんよ~! 取り巻きに任せて自分は見学かよォ!! スカトール家ってのは、随分といいご身分なんだなぁ! えぇ!?」

「き、貴様ぁ!! お前たち、やれぇ!!」

「「 へ、へい!! 」」

「くたばれ!」

「おらぁ!!」


 取り巻き二人が殴り掛かってくる。これで良し、先に手を出させることに成功した。数々の映画を観てきた俺は、数々の煽り文句を聞いてきた。そこら辺の人間を怒らせるなぞ、造作もないわッ!!

 ……ぜんぜん誇ることじゃないな。だが今こそ、ロゼッタとの特訓の成果を見せる時だ!


(加速装置ッ!)


 本来は「ニューロアクセラレーター」という名前のこのシステムは、マイクロマシンを介して神経伝達を高速化する。発動すると同時に、周囲がスローモーションに感じ、殴り掛かってきた男達の動きがコマ送りのようにゆっくりとなる。

 素早く2人の喉元を手刀で突き、加速を解除する。加速装置は脳に負荷が掛かるらしい、使用は最小限に留めるべきだろう。


「ッ、カハッ……!?」

「う……げ、ゲホゲホっ! お……お前、一体何を……!?」


 一人は、そのまま気絶して倒れたが、もう一人ガタイの良い方が残ったようだ。正直、相手は素人同然だ。加速装置なしでも十分そうだな。


「デカい方が残ったか……。おい、何やってんだよウスノロ! さっさと来いよッ!!」

「く……舐めるなよォ!!」


 挑発に乗って、男が殴り掛かってくる。だが、力任せに腕を振るうだけで、まるっきり素人だ。

 ……初めての近接格闘戦にちょっとワクワクしていたが、こんなんじゃ萎えるな。


「なっ! どわぁ! ぐふッ……!?」


 男が殴り掛かってきた瞬間にその腕を取り、もう一方の腕を掴むと、相手の腕をクロスさせる。そのまま、腰を落とし、身体を引いて男を引き倒す。そのまま倒れた男の顔に膝蹴りを食らわせ、力の抜けた男の顔に念のためストンピングを食らわせておく。


「な、なんだよ! 何なんだよお前ぇ!!」

「だから、この車の持ち主だって。もしも~し、言葉わかりますかぁ!? もしかして、豚に人間の言葉は理解できないのかな?」

「クソッ、いいかよく聞けッ!! この車は、僕のような高貴な者が乗るべきものだ!! だから、この車は僕の物だッ!!」

「……何言ってんだコイツ? もしかして、頭が可哀そうなのか?」

「クソッ、バカにするな!」

「あ、つい心の声が出ちまった……って、オイ! 銃はダメだろォ!!」


 なんとピートとかいうこのデブ、腰に挿していた拳銃を構えると、そのまま発砲してきた。


──バンッ、バンッ、バンッ、バキュン!


「死ねッ、死ねぇ~!! はは、僕を怒らせるからだッ!!」

「……なあ、どこ狙ってるんだ?」

「え……?」


 俺は、瞬時に加速装置を発動して、その場から素早く移動して射線を避けていた。


「ウギャァアッ!! お、俺の足がぁぁ!!」

「え、え?」


 ……俺は避けることができたが、先ほどまで立っていた場所の後ろにいた野次馬の足に流れ弾が当たってしまったようだ。すまん……。


「よっと」

「うわぁ!」


 ピートの銃を叩き落とし、ピートの後ろ脚に足をかけ、顔に掌底しょうていを突き出し、押し倒して尻餅をつかせる。

 そのまま、手をボキボキと鳴らし、ピートを威嚇する。


「で、覚悟はできてんだよなぁ? せめて、食後の運動にはなってもらうからな」

「おい、僕はスカドール家の長男だぞ! こんな事をしてブべらぁッ!」


 ピートの顔を殴る。俺の車を盗ろうとした事と、初めての近接格闘戦が期待外れだったこと……あと、後ろで喚いてる可哀そうな野次馬の責任を取ってもらおう。


──ドガッ!


「いぎゃッ!」


──ボカッ!


「イダァ!」


──ゴッ…!


「ゲベェ…。」


 その後、周囲にはしばらく鈍い音が響き続け、野次馬が集まっていった……。



 * * *



-数分後

@レストランベアトリーチェ前


「あの、ヴィクターさん……。もうそろそろ……」

「あ、ミシェルか。悪いな、つい夢中になっちまってな」

「も、もう許してあげましょうよ……」

「そうだなぁ……」


──ゴキィ!


「あぎゃ!?」

「おい、反省したか?」

「ボ……ヤ゛ベで……」

「ハッキリ喋れッ! 何言ってるかわからねぇだろッ!」


──ドガッ!


「ガハッ……」


 ピートは気を失ったようだ。その顔は、ボコボコに腫れ上がっていた。……やりすぎたかな? でも言っても聞かなさそうだったし、仕方ないかな?

 ピートの懐をまさぐると、財布を見つけることができた。


「お、あったあった。ミシェル、これをあそこの可哀そうな野次馬に渡してきてくれ」

「えぇ!? こ、これ結構入ってますけど……いいんでしょうか?」

「いいだろ、コイツのせいだしな。慰謝料ってことで」

「じゃ、じゃあ渡してきますね……」

「さてと、俺も後始末をするか」


 車の荷台からロープを取り出すと、倒れている男たちを縛って荷台に乗せていく。


「ヴィクターさん、渡して来ました……って何してるんですか!?」

「いや、こいつらを引き渡さねぇとだろ?」

「でも、この人スカドール家の人ですよ!?」

「あ~、そのスカトール家って何者なの?」

「代々、自治防衛隊の総隊長をやってるっていう家ですよ!! 捕まえても、ヴィクターさんが捕まっちゃいますよ!」

「なんで? 悪いのはコイツ等だろ?」

「……ヴィクターさんは知らないかもしれないですけど、今、自治防衛隊は腐敗が酷くて……。罪もない人が捕まったり、隊員の横暴が目立ったりしているんです! そんなところにこの人達を連行したらどうなるか……」

「マジかよ……」


 流石は崩壊後、治安組織がまともに機能していないらしい。目立ちたくないと言いながら、車の事でカッとなってしまった。あれを組み上げるのに3ヶ月かけているのだ、怒りは当然だろう。

 だが、一体どうやって事態の収拾を図れば良いか。そういえば、この街にはもう一つ治安組織があったな……。


「じゃあ、警備隊はどうだ? あいつらは真面目そうだったぞ?」

「警備隊はいい人達ですけど……ここ中央地区ですよ? 縄張りが違いますよ」

「ん~まあ、いいんじゃね? さてミシェル君、案内してくれるよね?」

「え!? あ、え~と正直関わり合いたく無いといいますか……」

「ん? さっき昼食った後、何でもするっていったよね?」

「え、あれ? そんなこと言いましたっけ? あれ?」

(言ってないよ、ゴメンね♪)



 * * *



-数十分後

@カナルティアの街西部地区 警備隊本部


「……またお前か」

「さーせん」

「ははは……。ごめんなさい、隊長さん」

「ハァ……お前ら、とんでもねぇ厄介事を持ち込んでくれたな……」


 ミシェルに無理やり?警備隊の本部とやらに案内させ、荷台で気絶しているアホ共を引き渡すと、なんと朝に出会った、南門の警備隊長が出てきた。警備はシフト制で、今日の午後は本部にいたらしい。

 彼に経緯を話すと、呆れられつつもちゃんと話を聞いてくれ、今後の対策を考えてくれた。


「ええと、弟子。お前さん、スカドール家に喧嘩売ったのはヤバいな」

「ヴィクターだ。いい加減覚えろ!」

「“ウ”に濁音って言いにくいんだよっ!」

「てめぇの滑舌の問題かよっ!! で、何がヤバいんだ?」

「お前を殺しに、刺客が差し向けられる」

「……マジ? 悪いのアイツだぜ?」

「やりかねないって話だ……」

「どうしよ」

「だが安心しろ。今回の件でも、お前の事は口外しない。流れの旅人が、防衛隊の連中とトラブルを起こしたって事にしてやる」

「それは助かるな」

「で、問題は件の車だな……」


 警備隊本部は、西部地区の中央地区寄りの立地で、建物には消防と救急のエンブレムがうっすらと残っている。おそらく、ニュータウン郊外の消防署を再利用したのだろう。現在、俺の車はその建物の地下駐車場に停めてある。あの3人を荷台から降ろしてすぐに、そこへと誘導された。

 駐車場には、色々とな車がいっぱい置いてあった。小型トラックから機関銃が生えていたり、鉄板?やら何やらでゴテゴテのブルドーザーなどが目を引いたが、ちゃんと消防車も置いてあったので安心した。


「あの車は目立つ。とりあえず、ココの駐車場を貸してやるから、ほとぼりが冷めるまではココに隠しておけ」

「……いいのか? 職権乱用じゃないのか?」

「いいんだ。この街は、ガラルドさんに助けられた様なもんだ。その弟子に、ちっとばかし肩入れしてやるだけよ。……あんたはもう一人の方と違って、多少はまともそうだからな」

「もう一人? ……あんた、いい奴だな。ありがとう!」

「だろ? しっかし、昔から腐った連中だったが、最近は拍車をかけて酷いな。白昼堂々、犯罪行為とは……。これじゃ、野盗と変わらんな」

「アイツ等はどうなる? 犯罪奴隷って奴か?」

「いや、自治防衛隊から身柄を引き渡せって、横槍が入るな。まあ、俺ら警備隊と自治防衛隊は昔から仲が悪いからな……。まあ、引き渡す前にしっかりお灸を据えてやるさ」


 取り調べを終え、本部のロビーに出るとクエントがいた。


「お前ら、何でここに?」

「クエントさん!?」

「お、無事だったんだな!」


 数時間ぶりの再会に、話が弾む。そういえば、ノア6を出発してからまだ十数時間しか経っていない。もう何日間も経った気分だ……。

 クエントは、どうやら救助され、ギルドで事情聴取を受けた後、警備隊長に会いに来たらしい。


「これからどうするんだ?」

「アーマードホーンに装備をやられちまってな……。これから調達に行こうと思う。ミシェルも来い、お前銃無くしてるだろ?」

「うっ、また出費が……」

「なあ、それ俺もついて行っていいか?」

「ん? ああ、もちろんだ。案内するぞ!」


 先程ミシェルとランチを食べたが、あれだけではいまいち崩壊後の物価というか、物の相場という物が分からない。マーケットへ行けば、色々と分かる事も多いはずだ。

 こうして、俺はクエントとミシェルについて行き、マーケットへと向かうことになった。

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