第29話 英雄伝説1

────昔、カナルティアの街に一人の男が来た。その男はAランクのレンジャーであり、当時カナルティアの街のレンジャーズギルドは、強者の到来に狂喜していた。しかし、その男は碌に活動をせずに、ほぼ毎日酒場で酒浸りの日々を送り、だんだんと人々から白い目で見られていく。


 そんな酒浸りの男の事を、人々が忘れ去るのに多くの時間は必要なかった。

 だがしばらく後、カナルティアの街を危機が襲う────




-10年前

@カナルティアの街 レンジャーズギルド


 その日、ギルドは喧騒に包まれていた。


「デュラハンの襲撃だとぉ!?」

「ああ、それも3匹だ! もう南部地区に入り込まれちまってるらしいッ!!」

「さ、3匹……? 1匹でも化け物なんだぞ!!」

「もうだめだぁ!」

「俺たちが太刀打ちできる相手じゃねえ!!」


 デュラハン。ずんぐりとした体躯に、赤黒い肌を持つ人型のミュータントだ。人型といっても、首から上は無く、顔は人間でいう胸のあたりにある為、遠目に見ると首の無い人間のように見える。その為、首なし騎士の伝承から、その名前が付けられていた。

 デュラハンは、個体により一定の地域を巡回し、その範囲からは出ない習性がある。このデュラハンの巡回範囲は、縄張りと呼ばれている。しかし、何らかの要因で縄張りを持たない個体が発生する事があり、この個体は「渡り」と呼ばれている。

 デュラハンは、目の前の獲物を手当たり次第に襲って、捕食する習性がある。渡りの厄介な所は、街などの人間の生存圏に入ると、手当たり次第に住民が襲われてしまうところにある。さらに、その高い膂力りょりょくと知能、そして再生能力により、倒すことが非常に困難な為に被害が拡大し、街が壊滅的なダメージを受けてしまうのだ。


「南部地区はどうなってるんだッ!?」

「今は警備隊の連中とレンジャーが何人かで抑えているが、いつまでもつか分からねぇ!!」

「クソ、【自治防衛隊】の連中はどうした!!」

「なんでも、中央地区を守るのが我々の責務だとか言って、動こうとしないらしい!!」

「なんだと!」

「腰抜けどもがッ! 面子めんつで街が守れるかってんだ!!」


 “警備隊”と“自治防衛隊”。この二つの組織は、どちらも街の治安維持を目的とする組織だが、そのバックは異なる上、自治防衛隊は政府機能の存在するカナルティアの街中央地区を管轄している一方、警備隊はその外郭の東西南北の4地区を管轄しており、二つの組織には住み分けができていた。だが自治防衛隊は、レストアされた崩壊前の装甲車や、崩壊後の水準と比較すると品質の良い武装車両等の兵器を保有している。

 警備隊を警察とするなら、自治防衛隊は軍隊のようなものであり、この街の危機の前に、管轄やら面子だの言ってる場合では無いはずなのだ。



「クソッ、俺たちも行くぞ! こんな所でグダグダしてる場合じゃねぇ!!」

「おう!」

「俺も行くぞ!!」


──勇敢にも立ち上がる者。




「俺は逃げるぞ!」

「やってられるか!」

「あばよッ!」


──臆病にも逃げだす者。


 ギルド内は、瞬く間に二つの派閥に分かれる。そして、二つの派閥はお互いに罵り合い、ギルド内の喧騒は隆盛を極める。


「この恩知らずどもっ!」

「うるせえ! この偽善者が!!」

「臆病者めが!」

「命あっての物種だろ!」


──バンッ!!


 突然レンジャーズギルドの入り口のドアが勢いよく開けられると、ギルド内の喧騒はピタッと静かになり、全員の視線が入り口に集中する。


「うぃ~ヒック♪ ……んだぁ? どうしたんだぁオメェら?」

「誰だ、あの酔っ払い……」

「クソ酒臭いな……」

「ああ、あれだ。確かAランクとか言ってた……」

「あれ、ガセだろ。碌に働いてるの見たことないぞ!」


 その酔っ払いは、フラフラとした足取りで受付まで行くと、困惑している受付嬢に酒臭い息を吐きかける。


「よお! 酒代がもう無くなっちまってなぁ~、なんか仕事うけに来たゾ!」

「うっ……お酒臭い。い、今はそれどころじゃないんですよッ! デュラハン3匹が、街の南部に入り込んで大変なんですよ!」

「デュラハンだぁ? んなのに手間取ってんのかぁ?」

「……えっと……今何て?」

「デュラハンなんざぁ、俺がなんとかしてやらぁ~♪」


 男は手に持つ酒瓶を頬張ると、中の酒を飲みだす。


「オイオイオイ」

「死ぬわアイツ」

「ハハハ、酔っ払いに何ができるってんだ?」

「デカくでたな! 俺は死ぬに10,000メタル!」

「じゃあ、俺は1匹相打ちで倒すに8,000メタルだ!!」


 男は酒を飲み干すと、入口へと歩いていく。


「テメェらは来るなよ? 足手まといだからなぁ……」

「なっ……」

「ぶわっはっはっは!」

「まあいい、アイツが食われてる間に街の避難誘導でもやるぞ!」

「俺は、そのうちに逃げさせてもらうぜ!」



 * * *



ー数刻後

@カナルティアの街 南部地区


「クソッ、速いッ!?」

「弾が当たらねぇ!」

「ギャアァァッ!!」

「また一人やられたぞ!」


 南部地区は地獄と化していた。住民が殺され、駆け付けた警備隊の支援で多くは避難できたが、今度は警備隊がデュラハンの餌食になっていた。

 そんな中、建物の影に警備隊の装備を身に着けた青年が一人隠れていた。


「先輩……!」


 この青年、警備隊に入隊したての新人で「お前はまだ若い」「足手まといの新人は引っ込んでろ!」等と先輩隊員に言われ、隠れていたのだ。

 もちろん、命を賭して戦うことを覚悟した先輩隊員の、新人を巻き込まないための配慮であった事は言うまでもない。そして、そのことに青年は気づいていた。


「うわぁぁぁ!」

「く、くっそぉ……!」


 一人、また一人と警備隊がデュラハンの爪に裂かれ、強靭な膂力で吹き飛ばされ、殴られ、その命を散らしていく。気が付くと、生きている者はデュラハンとその青年だけとなっていた。

 デュラハンは、地面に転がる人間の死体に群がり、犬食いの要領でバリバリ、グチャグチャと捕食を開始する。


「くそ、よくも仲間をッ!」


 青年が、仲間の亡骸を貪るデュラハンに対し怒りの炎を燃やす。そうして、今にも飛び出そうとしたところに、青年の肩にトンッと手が乗せられる。


「わッ……だ、誰だッ!」

「おちつけ~若いの」

「ウッ、酒臭い……」


 青年が振り向くと、酒臭いおっさんが立っていた。


「おめえ、あのままだと死んだぜぇ? ヒック!」

「う、うるさい! 仲間があんな目に合ってるんだ! 放っておけないッ!!」

「……覚えとけ、死人に口はねぇ。アイツらを追っ払ったとしても、礼なんて言われないし、褒めてももらえねぇゾ?」

「何だと!!」

「お前……生かされたんじゃねえのか? 死んでった奴らの想いを、踏みにじってもいいのかよ?」

「そ、それは……!」


 青年は、酔っ払いの説教に落ち着きを取り戻し、冷静になる。


「アイツらは、俺がなんとかしてやらぁ……。あ、ちょうど良いや、オメェにも手伝ってもらうか!」

「な、何をするつもりなんだ?」

「何って、デュラハン狩りだよ!」


 男はそう言うとその場に座り、担いでいた鞄を降ろす。そして、鞄の中から布を取り出すと、近くにあったドラム缶にナイフで穴を開ける。空いた穴からは、液体がこぼれ出る。そして、男は持っていた酒瓶にその液体を入れていく。


「お、こりゃガソリンか。ついてるな♪」

「おい、何を……?」

「酒飲んでるように見えるか? ガソリン詰めてるンだよ!」


 男はガソリンを詰めた酒瓶に、持っていた薬剤などを詰めると、布を詰めて栓をする。即席の火炎瓶だろうか。


「む、無理だ! そんなもんじゃ、奴らは倒せない!」

「ガハハハハッ!! まあ、見てろって!」


 そして、男はオイルライターに火をつけると、火炎瓶の栓から飛び出た布の切れ端に点火し、近くで死体を貪るデュラハンの一匹めがけて瓶を投擲した。


──パリィン! ゴワッ!


 瓶が割れ、ガソリンが飛び散り、デュラハンの身体とその周りは瞬く間に火で包まれる。


「グオ゛オ゛オ゛ッ!!」

「わあッ!! やっぱり駄目だったんだぁ!」

「おい、走るぞ。こっちに来い!」

 

 火だるまになったデュラハンが暴れだし、こちらに向かってくる。男は、青年の手を取ると走り出す。


「おしまいだ! 奴らは人間より速い!!」

「……今だッ!」

「ふべッ!!」


 男は青年を突き飛ばし、その場に伏せる。その瞬間、二人の後方で爆発が起きた。


「なっ!? 一体何が!?」

「あそこは、さっきまで俺たちがいた所だ。さて、何があった?」

「……そうか、あのドラム缶だ! 誘爆させたのか!」

「そゆことよ……」


 ガソリンの入ったドラム缶。さらに、そこに穴を開けた事で中のガソリンは一部外へと漏れ出ていた。そこに火だるまのデュラハンが突っ込んできたことにより、誘爆……これが事の次第であった。


「ヴア゛ァ……」

「チッ、相変わらずしぶといなぁ」

「うわっ! まだ生きてるぅ!!」


 立て続けに起きた、火炎による攻撃により、デュラハンの皮膚はただれ、筋肉のタンパク質は熱凝固を起こし、殆ど動かなくなっていた。だが、その生命力は伊達ではなく、未だ二人を襲おうと、ゆっくりと這いずりながら近づいてきていた。その様子は、地獄から這い出てきた化物のようであった。


「ギャアッ! ど、どうするんですかぁ!?」

「あぁん? いちいちうるせぇ奴だな! 殺すに決まってるだろぉが、何言ってやがる!!」

「どどどどうやって!?」


 男は、倒れたデュラハンに歩いて行きながら、腰からリボルバーを抜くと、撃鉄を起こした。そして、デュラハンの元にたどり着くとその頭?胸?を力強く踏みつけ、発砲した。


──バァン、バァン、バァン! カチッ、カチッ……


 全弾打ち終えると、踏みつけていたデュラハンは動かなくなっていた。


「これで良し」

「た、助かったぁ~」

「何言ってんだ? これからじゃねぇか!」

「へ?」

「「 ヴア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!! 」」

「ひ、ひぃ~ッ!!」

「お、お出ましか。」


 建物の屋根の上を見ると、残りのデュラハン2匹がこちらを見つめていた。


「お前はそこの建物の中に隠れてろ。」

「え……で、でも……」

「俺が合図したら、勢いよくドアを開けて銃を撃て! さあ、行った行った!!」

「え、ちょ……」


 男は青年を蹴飛ばすと、デュラハンの方へ担いでいた銃を乱射しながら走っていった。


──ダダダダダダダダ!


「よお! こっちだ、ブサイク野郎ッ!!」

「「 ヴア゛ア゛ア゛ッ! 」」


 そうして、男とデュラハンは街の路地へと消えていった。


「と……とりあえず、隠れてよう」


 外からは時々爆発音や、デュラハンの不快な遠吠えが聞こえてくる……。青年は不安を覚えながら、男の言いつけ通り指定された建物の中に隠れていた。





□◆ Tips ◆□

【自治防衛隊】

 カナルティアの街の治安維持組織の一つ。首長の指揮の下、主に街の中央地区を管轄している。警備隊とは仲が悪く、たびたび衝突している。

 警備隊とは異なり、意識の低いものが多く、賄賂や怠慢、不正逮捕などの汚職が横行している。隊員は、中央地区在住の富裕層の子息が多い為、傲慢で自分勝手な者が多い。

 制服は、赤地のシャツの上から、タンクトップの鎖帷子、その他に金属製のプロテクターをしている。

 保有する兵器は、レストアした崩壊前の装甲車や、改造した武装トラックなど、警備隊より豊富な物を保有している。

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