第24話 酔った勢いで……?

 数年前に定年退職したTさんから聞いた体験談。


 若い頃、Tさんはぼう大手企業につとめており、社員旅行先が海外というのも珍しくなかった。


 今となっては夢のような話だが、時はバブル真っ只中ただなか。超インフレのウルトラ好景気時代。商売をしているお店でも、万札があふれてレジが閉まらないほどだった。


 Tさんが不思議な体験をしたのは、社員旅行でハワイへ行った時のことである。


 ある晩、クルーズ船でパーティーをしていた。貸し切りではなかったものの、そこそこ豪華な船だった。


 テンポの良い曲が始まり、酒が入っていたこともあり、みんなノリノリで踊り出した。


 Tさんやその同僚達も場の雰囲気で盛り上がり、何となく自己流の適当なダンスを始めた。


 その時、たまたまTさんの近くに、若い白人の女性がいた。


 女好きのTさんが放っておくはずもなく、ステップを踏みながら近付いて、さりなく軽く肩を当てて誘ってみた。


 すると、その女性もほろ酔いだったためか、特に警戒もせず、笑って腰を当て返してきた。


 そんな感じで、曲のリズムに合わせて互いに肩や腰や背中や腕を当て合い、二人は意気投合した。


 曲が終わると、二人でテーブルに着いて、酒を飲みながら雑談ざつだんを始めた。


 特別な話題ではなかった。自分の名前や出身地や家族、それに仕事のこと等々……。


 数分程度、そんなおしゃべりをしていると、Tさんの同僚が何人かやってきた。彼らも酒でかなり出来上がっていた。


 「うぉっ! 凄いな! Tさん、英語ペラペラなんだ!」

 

 美人な白人女性と話すTさんを見て、同僚の一人がうらやましがっていた。


 そこで、Tさんはようやく気が付いた。


 俺、英語全然できなかった。


 どうやら白人女性もそのこと、、、、に気付いたようで、Tさんを見てキョトンとしていた。


 それから、Tさんはその女性に日本語で話し掛けたが、一切いっさい通じることはなかった。


 

 Tさんのことをよく知っている私は、ただ単に酔っぱらっていて、願望から、その白人女性と仲良くお喋りをした気分になっていただけだろう、と思った。


 しかしながら、私にこの話をしてくれた時も、Tさんは白人女性の名前や出身地や職業まで覚えていた。好みの女性のプロフィールは何十年っても忘れないのだそうだ。


 酔ったいきおいで言葉の壁を超越ちょうえつしたのか、酒の力を借りた(?)Tさんの不思議体験だった。


 


 

 

 

 

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