第10話 採りこさんが見たもの。

 私が子供の頃、両親は小さな直売所を経営していた。


 主に売る物は高原こうげん大根、山野草さんやそう、それに天然のキノコや山菜だった。


 それらの天然のキノコや山菜をってきて、お店におろす人達のことを、両親は『りこさん』と呼んでいた。


 その採りこさんの一人(Sさん)から、奇妙な話を聞いたことがある。


 Sさんが山へ入るのは、毎回夜中か明け方。山を下りたその足でお店に卸すようにしていたためである。


 チタケ(※)が採れる真夏のまだ夜明け前、東北地方某所ぼうしょの山の細い道路を軽トラで走っていた時のこと。


 行く手の道路の真ん中に、何か巨大な影が見えた。


 鹿や猿や猪、狐や狸、時には熊など、野生動物は珍しくもないので、別に驚きもしなかった。


 まだ距離があったが、黒く大きな体からして、熊だろうと思った。大抵の野生動物は、人間の気配を察知すると逃げる。Sさんはそれを知っていたので、少し減速して進むことにした。


 しかし、ある程度近付いたところで、Sさんは気が付いた。


 熊とは違う。もちろん鹿でも猪でもない。


 かなり大柄の、全身黒い毛むくじゃらの人間? いや、動物?


 でも二本足で立っている。ゴリラにも似ているが、立ち方は人間のよう。

 

 Sさんは恐くなり、その動物からあと五十メートルじゃくの辺りで軽トラを止めた。


 その謎の毛むくじゃらの生物は、『ヴオオオ!』と吠えながら、物凄い速さで走ってこちらに向かってくると、石を拾って投げ付けてきた。


 人の頭ほどもある石だった。それを片手で軽々と投げてきたのだ。


 軽トラの右側のサイドミラーに石が当たり、げ飛んでしまった。


 Sさんはパニックになりながらも、クラクションを何度も鳴らした。


 すると、驚いた毛むくじゃらの生物は林の中へと逃げていった。


 

 当時、恐竜や怪獣が好きだった私の興味をくための単なる作り話だったのかもしれない。


 でも、この時のSさんの顔が真っ青だったことも、足が少し震えていたことも、Sさんの軽トラのサイドミラーが片方無かったことも、そして採ってきたチタケの量がいつもの半分もなかったことも、私は今でも覚えている。



 ※チタケ:茶色いキノコで、傷を付けると白い液が出てくることから、チチタケとも呼ばれる。旬は真夏。うどんやそばの出汁だし、またはナスと油炒めをすると美味(`・ω・´)b 


 ■主に栃木県で食されていますが、皆様も機会がありましたら是非ぜひ賞味しょうみくださいませ。






 


 

 


 


 

  

 


 

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