第5話(4) 視線

「? どうかしました?」


 ぼんやりと自身を見ていた私に、優子ちゃんが不思議そうな顔でそうたずねる。


「ううん。なんでも」


 首を横に振ると私は、微笑ほほえみ、食事を再開した。


 いけないいけない。授業を立て続けに受けた疲れのせいか、意識が軽くどこか遠くの方にトリップしてしまっていた。一人きりの時ならまだしも、人といる時にぼっとするのはさすがに失礼だ。気を付けなければ。


 現在私達は、構内のフードコートに来ていた。


 昼休みという事でフードコート内もそれなりににぎわっており、八割近くの席が常に埋まっているような状況となっていた。

 四人掛けの丸テーブルに向かい合って座る私達の前にはそれぞれ、サンドイッチと焼き魚定食が置かれていた。ちなみに、前者が優子ちゃん、後者が私の昼食だ。


 優子ちゃんと出会って数ヶ月、今ではすっかり彼女といる事が当たり前になっていた。というか、構内ではほぼほぼ一緒にいる。

 もちろん大学に入ってから知り合った人は優子ちゃんだけではないが、一番仲良くなったのは間違いなく彼女であり、一番一緒にいるのも彼女だった。


「みどりさんって、見た目と違って結構食べますよね」

「そう?」


 私としては、そんなに小食で夕食まで持つのかと、むしろ優子ちゃんの方が心配になる。


「実は、運動ウーマンだったり?」

「運動ウーマンって……」


 まぁ、言いたい事は分かるが。


「うーん。小学校の時にはスイミングスクール通ってて小中と運動部だったけど、高校では部活にすら入ってないし、今も特に運動らしい運動はしてないかな」


 いて言えば、週に一・二度行っているランニングがそれに当てはまるが、速度もゆっくり距離も短めで、運動らしい運動というにはさすがに強度が弱過ぎるだろう。


「元々の基礎代謝が高いんですかね。スタイルもいいし」

「もー。めても何も出ないわよ」


 とはいえ、けなされているわけではないので、素直に受け取っておこう。


「優子ちゃんは小柄だもんね。その辺、私とは違うかも」

「うー。私もみどりさんみたいになりたいです」

「え? なんで? 私は優子ちゃん可愛らしくて、逆にうらやましいなっていつも思ってるけど」


 うそではない。少なくとも女の子らしさという点において私は、優子ちゃんに圧倒的な差を付けられ負けている。それは誰の目にも明らかだろう。


「でも、みんな私の事子供扱いして。もう大学生なのに」

「みんな、優子ちゃんが可愛くて仕方ないのよ」


 まぁ、だからと言って、人の嫌がる事をしていい理由にはならないが。


「優子ちゃんは大人っぽくなりたいの?」

「……というか、女性らしくなりたいんです。幼くても女性らしい人っているじゃないですか。だから、大人っぽくっていうのとは少し違うのかなって」


 子供っぽいと幼いは似てなるものだ。

 とはいえ、その線引きは難しい。明確な基準がある時もあればない時もある。なんとなく、雰囲気的に、そんな曖昧あいまいな理由で区別される事も決して珍しくない。


「どうしたら私も、みどりさんのように大人っぽくなれるんでしょうか?」

「私、大人っぽいかな?」


 子供っぽいか大人っぽいかの二択なら、間違いなく私は後者に分類されるだろう。しかし、実際にはそのどちらでもないという回答も当然存在しているわけで……。


「大人っぽいですよ。落ち着いたたたずまい、知的な顔立ち、口元にたずさえられた微笑、スラリとした体形……。まさに、大人の女性そのものじゃないですか」

「そんな事は――」

「あります!」


 力強く断言されてしまった。


 とりあえず、優子ちゃんにはそう見えているらしい。


「体形はすぐにどうかなるものじゃないし、まずは服装や仕草しぐさから入ってみたら?」

「なるほど。分かりました。みどりさんみたいな服を着て、みどりさんみたいな仕草を心掛ければいいって事ですね」

「うーん。それはどうかな? ただ真似まねをすればいいってものでもないような……」


 それこそ、私と優子ちゃんでは体形も顔立ちも何もかもが違う。真似をしたところで、変にズレたものが出来上がるだけだ。


「じゃあ、どうしたら……」

「自分に合った大人らしさを探してみたらいいんじゃない?」

「例えば?」

「モノトーンやくすんだ色の物を中心に、ロング丈のスカートに挑戦してみるとか」


 季節が春という事もあるが、優子ちゃんの服装はショートパンツやミニスカートと足が出ている物ばかりで、ロングスカートはおろかロングパンツをいている姿すら私はまだ見た事がなかった。足を出している=子供っぽさではないけれど、優子ちゃんのようなタイプが大人らしく見せたいと言うのなら、足はあまり出さない方が無難だろう。

 とはいえ――


「まぁ私は、優子ちゃんは今のままでいいと思うけどな」

「私には大人っぽさは合わないって事ですか?」

「というより、優子ちゃんには可愛らしい感じが合ってると思う。それに、私みたいになりたいって言ってくれたけど、同じだからいい事もあれば違うからいい事もあるんじゃない?」


 全く同じ人間同士が話してもそれは自問自答に近く、日常的なサプライズはとてもじゃないが期待出来ない。


「私は好きよ、今の優子ちゃん」


 そう言って私は、にこりと微笑む。


「え? あ、あぅ……」


 私の言葉が予想外だったのか、優子ちゃんが激しく動揺を見せる。


 こういうところも、本当に可愛い。


「私も! みどりさんの事大好きです……」

「へ?」


 突如とつじょ、視線を下に向けたまま告げられたその言葉に、私は一瞬呆気あっけに取られる。


 あー。なるほど。これは照れるかも。しかし――


 ゆるむ口元を見られまいと、私は水の入ったコップを口に持っていく。


 そう言われた事、それ自体はとてもうれしかった。

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