第5話(3) 視線

 優子ちゃんと出会ったのは、入学して数日がった頃だった。

 当時の私は同級生に知り合いがおらず、構内こうないを移動する時は大抵一人で行動していた。

 とはいえ、そんな生徒は五万といて、優子ちゃんもその中の一人だった。


 Bとう一階にあるエントランス。そこを小柄こがらな少女が、不安そうな様子を隠そうともせずに歩いていた。辺りを必要以上に見渡したり手に持った何かとにらめっこしたりとにかく挙動不審きょどうふしんで、しかしどこか小動物チックで可愛らしい、そんな風貌ふうぼうだった。


「……」


 少し悩んだ末、私は少女に声を掛ける事にした。


「あのー」

「ひゃい!」


 背後から話し掛けたせいか、少女が驚いて飛び上がる。


 おそおそるといった感じに振り返った少女の顔には、緊張と恐れが入り混じった表情が浮かんでいた。


「大丈夫?」


 そのため私は、出来るだけ優しく聞こえるように心掛け、そう口にした。


「え? あの、はい。大丈夫……じゃないです」


 どうやら私の思惑は成功したようで、少女の表情は先程までとは違い、やわらいだものになっていた。


「道に迷ってしまって……」

「どこに行きたいの?」


 雰囲気から一年生だと予想を立て、あえて敬語はつかわなかった。それに、こちらの方が安心感を覚えるだろうと思ったのだ。


「B棟の二〇三という教室なんですが……」

「二〇三? そこなら私も、今から向かうところだから一緒に行きましょ」

「え? いいんですか?」

「同じ場所に行くんだもの。いいに決まってるじゃない」


 逆に、ここで拒否する理由がない。仮にそんな事をする人がいたら、その人は間違いなく人でなしだろう。


「ありがとうございます。私、一年の大橋おおはし優子って言います」


 やはり、一年生だったか。まぁ、道に迷っていた事から、ほぼほぼ確信は持っていたが。


「私は高梨たかなしみどり。同じく一年生よ。よろしくね」

「え?」

「え?」


 今のは、何に対する驚きなのだろう。

 まさか私が年上に見えたとか? いや、この場合、それしかないか。


「いえ、なんでもありません。こちらこそよろしくお願いします、みどりさん」


 こうして私達は出会い、友達になった。


 第一印象のインパクトが強かったためか、優子ちゃんはそれからずっと私に対して敬語を遣っている。一度やんわりとその事を指摘した事もあるのだが、「この方が私には自然なので」と流されてしまった。

 私も別段迷惑しているわけではなかったので、それ以上、それ以降その話はしていない。

 ――そして、今にいたる、というわけだ。

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