今の私の短編集〜勉強のために、思いついた設定で短編を書いてみた〜

かみさん

赫灼の女王と愚者の少年



 初めに——


 あか……赤々と燃えるように輝く。

 赫灼かくしゃく……光り輝いて明るいさま。


 では、本編をどうぞ——






 赫の月が昇る——


 それはまるで希望の焔のようで……

 それはまるで鮮血の雫のようで……


 いくら見上げても、いくら手を伸ばしても、その甘露に手は届かない。


 見上げる月は赫ばかりで、白き月光が懐かしい。


 私を縛る鎖が緩むこの時だけが私の意識を覚醒させ、咎の楔を打ち付ける。


 だから私は月が嫌いだ。


 いくら見上げても届かないから……

 天より注ぐ赫の光が、私を焼いて渇かせるから……




 *   *   *




「また赫か……」


 天を仰げばステンドグラスの向こうに赤い月が輝いている。


 もう何度見ただろうか?


 目を覚ますたびに天に輝いている赤い月に少女はポツリと言葉をこぼした。


「喉……渇いた……」


 自身を焼く赫の光に少女が顔を俯かせれば、サラリと月と同じ赫の髪が肩口から零れる。

 しかし、その喉を潤わせるものは何もなく、少女はボロボロの教会で一人ぼっちだった。


 いや、それだけじゃない。


 ジャラ——


 少女が身じろぎすれば、少女を縛る白い鎖がその体を縛り上げた。


「う……」


 全身の痛みにうめき声が漏れる。

 少女が手を見下ろせばジュウという音と共に鎖がその身を焼いていた。


 全身から煙が上がり、肉の焼ける匂いが漂う。


 しかし、少女は何の言葉も発さない。


 全身におぞましい痛みが走っているはずだ。

 身動きの取れない苦痛に心を削られているはずだ。


 それでも、少女は初めに発したうめき声以外には何も発することなく、痛みに耐え、苦痛に耐えていた。


「これも何回目だろう……」


 もう何度目かもしれない苦痛に、少女は諦念の顔を浮かべる。


「これで赫の光が無くなれば、私はまた眠りについて……」


 何度も何度も……数えきれないほど繰り返してきたことだ。


 また同じ……


 少女が諦めと共に目を閉じたその時だった。


「ねぇ……大丈夫?」


 教会の入り口から幼い声が聞こえてきたのは。


「……えっ?」


 少女が目を見開いて声の方を見る。

 そこには、黒目黒髪の幼子が心配そうに少女を見つめていた。


 幼子はトテトテとゆっくりと少女に近づくと、数歩手前で立ち止まり上目使いで少女を見上げて。


「痛いの?」


「えっ? ええ……少し……」


 まるで自分を怖がらない幼子の様子に呆気に取られながらも少女はどうにか言葉を返す。

 すると、幼子は目に涙をためて。


「痛いのぉ……うう……かわいそう……」


 震え始める声。


 とっさに少女が幼子に手を伸ばそうとするが、少女を縛る鎖が邪魔をする。

 手を伸ばすことは出来ない……

 少女は苦痛に歪む表情を笑みに変えて。


「……大丈夫。心配しないで」


「…………ほんと……?」


「ええ……本当よ」


 優しい声音で幼子に微笑みかければ、幼子の震えは止まり、その表情には次第に笑みが浮かんできた。


「よかった……」


 たどたどしくも満面の笑みを見せる小さな子。


 その表情に胸を撫で下ろしたのを覚えている……

 これが、私と彼の出会いだった——






「また来たの?」


「うん……」


 月日が経っても彼は私の元に訪れていた。


 年に数回しかない目覚め。

 目を覚ますとすぐそばには彼がいた。


 幼子から脱却し、十分に少年と言っていい年齢となった彼は、少女の目覚めと共に顔を嬉しそうに歪める。


「そういえば聞いたこと無かったけど……お姉さんの名前はなんて言うの?」


「分からない……もう昔の記憶はほとんどないの……」


 年に数回。それも夜だけの逢瀬。


 少年の問いかけに少女が答える。

 そんな簡単なやり取りの繰り返しが少女の日常になっていた。


 赫の月を見上げる日々から、少年の問いに答える日々へ。

 小さな変化だけれど、とても大きな変化。


 ——いつからだろう?


 赫の月がもたらす渇きを感じなくなったのは……


 ——いつからだろう?


 胸を抉る楔の痛みが薄れ始めたのは……


 少女が問いに答えれば、少年は嬉しそうに顔をほころばす。


 そんな些細なやり取りが傷ついた少女を癒していく。

 そして少しの間の逢瀬を終える時には、少女は少年に見守られながら眠りにつくのだ。


 ——いつからだろう?


 問いに答える毎日が言葉を交わす毎日になったのは……


 ——いつからだろう?


 少しが一瞬になったのは……






「今日はね、弓でウサギを仕留めたんだ!」


「そうなの? すごいじゃない」


 体を動かせない代わりに、少女は表情で少年を称える。


 いつの間にか少女と同じくらいに成長した少年は、少女の称賛に嬉しそうに目を輝かせた。


「ありがとう! 今は剣の練習もしてるんだ! 今はまだ重くてそんなに振れないけど、もう少しすればちゃんと振れるようになるよ!」


「ふふふっ! じゃあ、それが出来るようになったら見せてもらおうかしら?」


「えっ? いいの! 約束だよ!」


「出来るようになったらね?」


 苦痛を感じることのない心安らぐ日々。

 自然と顔はほころび、涙を流す日々は無くなった。


 ——いつからだろう?


 眠りにつきたくないと思うようになったのは……


 ——いつからだろう?


 毎日がかけがえのない物になっていたのは……






 ——いつからだろう?


 毎日顔を合わせる少年に、傷が絶えなくなったのは………………


「どうしたのその傷……?」


「ん? 少し転んだだけだよ? 大丈夫だよすぐ直るから」


 少女の身長を越えた少年は、少女の心配をよそにニコリと笑う。


「でも最近傷がないことなんてないじゃない! そんなに狩りが危険なの? そんなに危ないことしてるの?」


 前回は右腕、今回は頭と左足……


 顔を合わすたびに違うところを傷つけている。


 手当てしたくても出来ない。

 手を伸ばすことが出来ないから……


 傷を癒しながらも傷つく日々。


 どれだけ心配してものらりくらりと躱されて。

 どれだけ癒してあげたくても癒してあげられない。


「少し休んで……ここはボロボロだけど、少しは横になれるはずよ」


「えー、大丈夫だよ?」


「私が大丈夫じゃないの! いいから少し寝て。私の事はいいから」


「…………分かったよ……」


 ブスッと頬を膨らませながら少年は長椅子に横たわる。

 少女はそれを見届けると、天を仰いで汚れてボロボロの女神像に祈った。


(どうか神様……どうか彼に祝福を……)


 祈りをささげると同時に走る胸に痛み。

 それでも少女は祈りを止めない。


 すでに記憶は無い。

 しかし、罪の楔が少女の胸に深く突き刺さっていく。


(どうか…………)


 一瞬の逢瀬は、永い永い祈りに変わっていた。






 ——いつからだろう?


 胸の奥に流れる鮮血を意識したのは……


 ——いつからだろう?


 一瞬が永遠に変わったのは……


 ——いつからだろう?


 忘れていた渇きを思い出したのは……


 ボロボロの教会で二人だけの時間。

 空を見上げれば赫の月が煌々と輝いている。


 少年の顔を見ることは出来ない。

 今、少年の顔は包帯に覆われているから……


 少年の顔を見てはいけない。

 喉を焼く渇きが、少女の理性を揺らすから……


 いつからか、言葉を交わす日々から言葉を返す日々へ変わっていた。


「今日はね——」


 楽しそうに話す少年から顔を背けて少女は音を拾う。

 顔を見ることは出来ない。


 だから少女は気付かなかった。


 包帯の奥から覗く少年の瞳が悲しく揺らいでいることに——






 ——いつからだろう?


 失った記憶に悩まさせることになったのは……


 ——いつからだろう?


 私を見下ろす女神像が嘲笑わらっているように見えるのは……


 ——いつからだろう?


 夜がこんなに怖くなったのは……






 ……いつからだろう…………?


 一人で赫を見上げる日々に戻ったのは…………






 「また赫か……」


 天を仰げばステンドグラスの向こうに赤い月が輝いている。


 もう何度見ただろうか?


 目を覚ますたびに天に輝いている赤い月に少女はポツリと言葉をこぼした。


「喉……渇いた……」


 自身を焼く赫の光に少女が顔を俯かせれば、サラリと月と同じ赫の髪が肩口から零れた。

 一人ぼっちの教会で少女は今日も白い鎖に縛られている。


 鎖の窮屈さに少女が身じろぎすれば、白い鎖が少女の体を焼いた。


「う……」


 全身の痛みにうめき声が漏れる。

 煙が上がり、肉の焼ける匂いが教会に充満する。


 しかし、少女は何の言葉も発さない。


 焼ける痛みに涙がこぼれる。

 ひどい渇きに涙がこぼれる。


 それでも、少女は初めに発したうめき声以外には何も発することなく痛みに耐え、苦痛に耐える。


「これも何回目だろう……」


 もう何度目かもしれない苦痛に、少女は諦念の顔を浮かべる。


「これで赫の光が無くなれば、私はまた眠りにつく……」


 何度も何度も……数えきれないほど繰り返してきたことだ。


 また同じ……


 いや、違った日々もあったっけ……


 しかし、それももう終わった話。

 少女が諦めと共に目を閉じたその時だった。


「お待たせ……」


 教会の入り口からどこか聞き覚えのある声が聞こえてきたのは。


「……えっ」


 少女が目を見開いて声の方を見る。

 そこには、黒目黒髪の青年が優しい瞳で少女を見つめ、佇んでいた。


 とっくに少女を越えた身長。

 腰に携えられた使い古された剣。


 姿かたちは全く違う。

 しかし、少女は黒の幼子の面影を見た。


 ゆっくりと青年が少女の元へ歩み寄る。


「ごめん……遅くなったね……」


 カツカツと音を鳴らしながら近づいてくる音に、少女の瞳から雫がこぼれる。


「なんで……?」


 喉の奥が震えた。


 どうして来たの……?

 私を覚えていたの……?


 揺れる視界で青年を見れば、彼は少女の前で足を止めて。


「なんでって……そんなの決まってる」


 音ではなく、しっかりと響く声。


「約束したでしょ? いつか剣が使えるようになったら見せるっ……て」


 微笑を浮かべた青年は皮に巻かれた剣の柄を握って。

 

 キンッ——!


 閃光が煌めき、白い破片が宙を舞う。


 いつの間にか全身を縛る苦痛は消えていて……

 いつの間にか全身を包む熱は消えていた……


「えっ……?」


 茫然とした少女が呆けた声を漏らす。

 その声に青年は楽しそうに笑って。


「どうしたのそんな声出して」


「…………」


 たしかに約束はした。

 しかし、彼が魅せたのは約束以上のもので。


 雫が量を増し、頬を濡らす。


 ——いつからだろうか?


 孤独の夜に涙を流し始めたのは……


 ——いつからだろうか?


 いつの日か見えなくなった彼に焦がれていたのは……


 喉の奥が震え、嗚咽が教会に響く。


 ここまで来るのに想像を絶する苦労があったはずだ……


 彼の剣にはそれを想像させるに足るものがあり、彼の体にはそれを納得させる証拠があった。


「やっと……やっとここまで来れた……」


 少女の前に差し出される手。

 それは初めて見た時より大きくて、初めて見た時とは比べられないほど傷に塗れていた。


「ようやく言える……」


 微笑むのは傷跡の残る顔。


「助けに来たよ……」


 様々な想いが混じった微笑。

 いつの間にか青年の頬にも雫が伝っていた。


「…………」


 嗚咽のせいで声が出ない。

 でも、出来ることはあるから——


 少女は手を伸ばし、彼の手を取る。


 ——やっと届いた。


 いつの間にか、赫の月が沈んでいた。






 ————いつの日か、私は彼を残して消えてしまう。


 それでいい。


 私は罪を繰り返したくないから……


 彼を罪人にしたくないから……


 だからこの想いは自覚してはいけない。


 私は私を騙し続ける。


 白き月の光の下で、私は彼の手を取って微笑むのだ。


「次はどこへ行くの?」








 

 あとがき


 赫灼の女王は再び光輝き、愚者の少年は足掻いて求めていた物を手にした。

 しかし、その未来は明るい物なのか……?


 読んでいただきありがとうございました。


 吸血鬼は恋をすると、その相手の血しか飲めなくなる。そして、相手の血を飲み尽くして殺してしまう……

 相手を生かすなら自身が餓死するしかない。


 そういうお話を目にしたので書いてみました。


 色々とお話の流れは思いついたのですが、あくまで練習なのでこの辺で。

 タイトルも思いついた流れのままにファンタジーっぽくしております。


 少年を少女にして、少し内容を変えればそれはそれで面白くなるのでは? と思っています。

 続けるなら……これからの二人の旅路になるのかな?


 書いていて色々と想像が膨らみました。


 よろしければ、感想をいただけたら嬉しいです。



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