オマケ 第三話



 ――王族としての籍もない私に、血の繋がりだけで『王族の責任』を押し付けて来たのに、アルベルトは『第一王子』なら何をしても許されると思っているのだろうか。そんな訳がないだろうに。このままいけば、近くアルベルトは廃嫡になるだろう。身内に甘い反面、裏切りは許せない性格の従兄弟だ。毒杯を賜るかもしれないが、妻は酷い苦痛を味わって死んだのにそうなった元凶のアルベルトが毒によって苦しまずに死ぬなんて許せない。それに大事な親友の娘とその立場を安易に傷つけたのだ、すぐに死なれては困る。その名声も立場も誇りも、何もかも失ってから死んでもらわなければならない。深く苦しんでもらう為に、物理的な痛みではなく、精神的な苦痛を与える方針で行こう。



 すぐに私は行動に移した。毒杯は念のため次の王太子が決まるまで最後の手段とするよう国王陛下を説得し、ウルファング侯爵には私の決意を話し協力者となってもらい、スノーベル侯爵令嬢には謝罪と私に出来る事なら何でもすると言う約束事をした。側妃はもちろん王妃様や王女殿下である姉妹にもある程度の――彼女達には私の計画を悟られぬよう慎重に――根回しをし、アルベルト自身の振舞いにより瓦解し始めていた第一王子派――元側近候補者達の各貴族の家等――にも声を掛け、誰もアルベルトに肩入れ出来ないように徹底した。他にもやる事はたくさんあった。例えばアルベルトが言ったと言う『真実の愛』を民に知らしめるため、アルベルトを題材にした小説や演劇の準備も整える必要がある。その際、スノーベル侯爵令嬢が悪役になってはいけないので、二人の想いを知って身を引く乙女とするよう注意しておく。最初は民も心情的にアルベルトの恋を応援するだろうが、民もバカではない。身勝手に責任を放棄し不貞をしたアルベルトの所業が描かれたストーリーは、いずれ速やかに民の心から離れ冷め行く事だろう。…これで、アルベルトの名声は国内外共に地の底まで落ち、愚かな元王子として語り継がれていくことは確実だ。



 私の準備は順調に整っていった。ただ一番大事な決断は、アルベルト自身に委ねる事にした。新たな婚約を結ぶ際に、選んでもらうのだ。王家の責任を選ぶか、アルベルトにとっての『真実の愛』を選ぶか。どちらを選んでも最早安寧はありえないが、アルベルトが決断した事が大事なのだ。その結果がどうなろうとも、本人の決断によるものなのだから受け入れるしかないだろう。…親も、子もどちらともに。



 ――後で国王から聞いたが、決断を迫られたアルベルトには、戸惑い迷うそぶりがみられたそうだ。どうやら随分甘い見通しをしていたようだ。それでも震える手で、アルベルトにとっての『真実の愛』を選んだのは、意地によるものか愛を信じての事か。その場に立ち会ってみたかったが、立場的に不可能だったので諦めるしかなかったのは残念だったな。アルベルトの人生を懸けた決断の邪魔にならぬよう、例のブランカ男爵令嬢には事前に婚約の契約書類に記名してもらうよう話を通していたのは正解だったようだ。



 その後の事は私の思った通りになった。真面目で責任感の強い側妃は、アルベルトを毒によって子が出来ぬ身体にした後にブランカ男爵家に放り出した。後は男爵家の後継ぎの為に、私の友人の伝手で男爵令嬢に適切な男を宛がえばいい。これで後継ぎ問題は片付く上に、男爵令嬢の本性が露わになる。…宛がう前に結婚してすぐに自分からほぼ毎晩怪しい夜会に出回り、次の相手を見つけようとする行動力には恐れ入ったが。とは言え、これで男爵令嬢にとってはお金がある相手である事こそが、『真実の愛』だったのだと証明された。元よりこちらは事前に男爵家について調べ、問題の令嬢についても調査済みだった。はっきり言って、この手の女は愛とお金が密着しているタイプで、王子だからお金持ちだと思って接触しただけに思える。まぁ、流石に男爵家よりは資産を持っているだろうが、肝心の男爵令嬢への貢ぎ物でかなり使われたようなので、婿入りの際にどれだけ残っていたのか。仮に両想いであったとしても、価値を失ったアルベルトをいつまで愛し続けていられるのか…結果は言わずとも知れていた。それでもコレはアルベルト自身が選んだ相手なのだから、どんなに苦しい思いをしてもアルベルトにとってはきっと本望だろう。何せ、身分も立場も超えた奇跡的な出会いによる『真実の愛』なのだと、この『真実の愛』を貫く為ならばどんな苦労も乗り越えて見せると、アルベルト自身がそう発言していたのだから。



 それから坂を転がり落ちるように、アルベルトは精神的に追い詰められていったようだ。私の方も予定通りに男爵令嬢に男を宛がっただけで、他は特に手出ししなかった。影の者による監視は続けていたが、その堕ちてゆく様を見届けるだけで良かったからだ。…まぁ私自身、環境に変化があったので、アルベルトなどに余計な意識を割いていられなかったのもある。




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