オマケ 第二話
――今になってもはっきりと思い出せる。妻の為、治療薬は存在しないが、せめて苦痛を取り除く為の薬を仕入れようと手回ししていた際、どこから聞きつけたのかアルベルトがこう、私に向けて言ったのだ。
『王族に連なる者であるならば、どんな理由があれども法にて禁じられた薬を手にすべきではない。王家は皆の手本となるべき存在である故にその責任は重大。タイガークロー公爵は臣下に下っているとは言え、父の従兄弟に当たるのだからその責任を勝手に放棄できる立場ではないだろう。当然、その妻となった者も同様だ』と。
…その場が私的な集いであったなら、軽く流せただろう。しかし、よりにもよって王子の学園入学の前祝いと、他国の使者たちとの外交も兼ねた公的なパーティーの場だった事が致命的だった。当時、王太子教育も半ば終えており、学園を卒業すれば王太子となる事が決まっていた
後に、国王陛下がこっそり王家の医師に妻を診せて、その薬を手に入れようと手続きをしてくれたが、手元に届いた薬は間に合わなかった。妻とは、苦痛に顔を歪める姿を見せたくないからと扉ごしの面会が続いており、それは最期の時まで続いた。最後の最期まで傍について看取ってやりたくとも、肝心の本人が嫌がった。美しい私の姿だけを覚えていてほしいと、最後の我儘を叶えてほしい……そう請われてしまえば、その願いを叶えてやることしか無力な私には出来なかったのだ。
別れの時、棺桶に収められ死化粧された妻は美しかったが、痛みに強張った表情のままであり、どれほどの痛みに苦しんでいたのかと思うだけで涙が止まらなかった。痛みを取る薬があれば妻は安らかに逝けただろうに。最期まで傍に居てやれただろうに。それが出来なくなった原因である、アルベルト。忘れようとしても忘れられず、怒りに身を任せる事もままならず、封じてきた想い。…それなのに、貴族の見本となるべしと教育を受ける王家として有るまじき、王家の責任を放棄しているとしか思えないアルベルトの行動。あの日、あの時の発言を、忘れてしまったとでも言うのだろうか。…細かな情報を集めていく、そして気付いた。アルベルトの『あの発言』は、耳にした私の妻の話を己に都合の良いように理解し、ただただ己にとって正しいことをしていると言う自己満足に酔いしれていただけで、王家の責任も何もアルベルトは本当の意味で理解していなかったのだ。そう悟った時、私は怒りを抑える努力を、止めた。
――そうして、アルベルトからウルファング侯爵令嬢との婚約を解消したいという申し出があったと国王から内密の相談を受けた時、私はこの絶好の機会を逃す手はないと即座に決意した。王家に恨みはない、だがアルベルトを第一王子として二度と返り咲けないようにし、妻の苦しみとスノーベルが受けた屈辱を、必ず倍以上にして返すと。
実は言うと、私とウルファング侯爵とは親友同士だった。私より早く結婚し、私より早く爵位を譲位され、身分的には私が上だったが、仕事のフォローや私生活――妻への贈り物の相談や、病気の事も相談していた――も判断力に長ける彼に支えられてきた私は頭が上がらない。家族ぐるみで交流していたので、当然、その娘であるスノーベル侯爵令嬢の事も私は良く知っていた。第一王子と婚約しその勉強に忙しい中でも、闘病生活中であった妻の見舞いにも来てくれ、こんな娘が欲しかったなと何度思ったことか。努力家で社交性もあり、気配り上手の淑女として立派に成長していくスノーベル侯爵令嬢。苦しみのままに亡くなった妻の代わりに、この子には誰よりも幸せになって欲しいと願っていたし、ゆくゆくは王妃となる彼女を臣下として支えていくことを亡くなった妻の墓前で誓っていた。
――アルベルトはスノーベルだけでなく、私の願いと誓いさえ踏みにじったのだ。
身近な存在として認識していたスノーベル侯爵令嬢に対し、アルベルトと私の関係は、私の従兄弟である現国王陛下の子であり、第一王子で王太子候補というだけだった。血の繋がった親戚という認識はあるが、親愛の情があまりなかったのも幸いした。それと言うのもアルベルトが幼き頃に対面した時に、私の母譲りの赤い目が怖いと泣き避けられることになり、諸々の配慮から公的な仕事の際でしか会うことがなかった為だ。私的な交流がもっとあればこちらとしても情も湧くだろうが、そもそも父の代で王位継承権を返上どころか破棄しているので、タイガークロー公爵家の者はあくまで国王陛下の臣下でしかない。私としては現国王である従兄弟とはともかく、その子であるアルベルトとはこれぐらいの距離感がある方が丁度良かった。…あの発言があってからは、この程よく離れた距離感に感謝したぐらいだ。でなければ、私は怒りを抑えきれずとっくに不敬罪で幽閉されていたかもしれない。
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