晴れの日



学園を卒業してひと月程が経った頃、私とハルト様の結婚式は国を挙げて盛大に執り行われることとなった。



これはちょっとしたお仕置になるけれど、兄様達やハルト様の意向で、学園時代私の悪い噂を信じてしまった方々やその家紋の人間は招待していない。


参加しない理由は招待客の中にもひっそりと知れ渡っているようだったから、彼らはこれから貴族社会で冷遇されること必須だ。



なんだか残酷に思えるけど、私だって傷ついたのだから特に制止をかけることもなかった。



彼らが再び王家や貴族社会での信用を取り戻すことが出来るかは、それぞれのこれからの振る舞い次第だろう。




「ミリア、綺麗だ」


マナーも気にせず化粧室に入ってきたハルト様に軽いジト目を向けるけど、当の本人は私のドレス姿に気を取られてまるで気にしていない様子だ。



耳まで真っ赤にしたハルト様に小さくため息をつく。


今は何を言っても無駄みたい。




「ハルト様も、白いタキシードが素敵です」


「ありがとうミリア。なんだかおそろいみたいで嬉しい」


照れた様に微笑むハルト様になんだか心臓を鷲掴みにされた気分だった。



この人は、天然だ。


ハルト様の何気ない一言に私がどれだけやきもきしているか全然気づいてない。




「あまり、軽々しくそのような事をおっしゃらないでくださいね…」


深い意味が無くとも普通の女性だったら勘違いしてしまう。



唇を尖らせてそう言うと、彼はキョトンと目を丸くして、それからクスリと小さく笑いをもらした。




「ミリア以外に言わないから大丈夫だよ。僕が心を動かされるのはミリアだけだから」


「…ハルト様はずるいです」



ぽうっと頬を染める私を、ハルト様は愛おしさを含んだ熱い瞳で見つめる。


ますます火照ってしまって恥ずかしい。



化粧で赤みが誤魔化せていたらいいのだけど。




「ずるくないよ。ミリアに惚れてるだけ」


「…ニホンの方は皆そういう事をサラリと言ってしまえるのですか?」



だとしたらすごい国だ。


…ハルト様が育った国。



いつか言ってみたいけれど、それは到底難しい。


何しろ世界まで超えてしまったのだから。




「ううん、日本人はどちらかと言うと控えめで、世界的には気持ちを伝えることが苦手な人種だったと思うけど」


「信じられません!」



「…だったら僕は今までの反動かも。必要以上に気持ちを封じ込めて生きてきたから」



ハルト様が苦笑を浮かべてそう言う。


思い出したくないことまて思い出させてしまった。




「だからこの世界に来て、思ったことは口にして…本当に好きな人に愛を告げられることがすごく嬉しい」


「ハルト様…」



一転して表情に満面の笑みをのせる彼に愛おしさが爆発しそうだった。




こんなに素敵な人が私の旦那様なのだから、世界は私にどこまでも優しい。


幸せ過ぎてどうにかなってしまいそうだ。



これから先の人生どれだけ不幸になっても、私はハルト様を選んだことを絶対後悔したりなんてしないだろう。




「愛しています、ハルト様」


「っ、もう…こんなに綺麗な姿でそんなこと言われたら…本当に、ダメだよミリア」



片手で顔を覆ってへなへなとしゃがみ込むハルト様。



視線を合わせるように膝を折ると、彼は少しだけ潤んだ瞳で小さく唇を尖らせていた。



「ええっ、ハルト様…その表情すっごく可愛いですよ」


「…どう考えたって可愛いのはミリアでしょ」



「ふふっ、ありがとうございます」



素直にお礼を言って微笑むと、彼は片手を私の後頭部に伸ばし、そっと自分の方へ引き寄せる。



ちゅっ


そんな軽いリップ音がして、唇にじんわりと彼の熱が伝わる。



「…えっと、あの、ハルト様…?」


唇が離れてもかち合った視線だけはずっと逸らされることなく私を見つめ続ける。


彼は私の動揺に気づくとクスリと悪戯な笑みを零した。




「顔真っ赤」


「なっ…!」



「やっぱりミリアの方がずっとずっと可愛いよ」



____完敗だ。


勝てた試しなんてないけれど。




「ドレスが汚れちゃうからほら立って?」


「…そうですね」



なんだか余裕そうなハルト様にムッとしたから私は敢えて教えないことにした。




この国では式が始まる前に花嫁の控え室に入ることがマナー違反だってことも


キスしたせいで彼の唇が私のリップクリームで赤く染まってしまったことも。




緊張した私を落ち着かせるためにハーブティーを用意してくれている侍女もすぐに戻ってくることだろう。


怒られてしまえばいいんだ。




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