婚約解消



次の休日、父である国王陛下と話をするため、彼の執務室まで足を運んだ。



「ミリア、どうしたのだ?」


「…はい、少しお話があって」



珍しく執務室を訪ねた娘に驚いたのか、少し不思議そうな顔をして陛下が口を開く。



「ふむ、元気も無いようだな。私もそろそろ休憩にしようと思っていたところだ、お茶でも飲みながら話を聞こう」


「ありがとうございます、陛下」



「陛下ではない。休憩中は私もただの父親だ」



そう言ってお父様は優しい笑みを浮かべた。



使用人にお茶の準備をさせると、父は人払いをして私の言葉を待つ。


意を決して口を開いた。




「実は私、ハルト様との婚約を解消したいと思っております」


「婚約、解消…?」


「はい」



私が頷くと、父は心底驚いたように目を見開き、驚愕した表情でこちらを見つめていた。



言葉を失った父との沈黙が気まずい。




「ごめんなさい、お父様…」


いたたまれない気持ちでついつい謝罪の言葉を口にしてしまった。



「何か理由があるのだろう?ミリアが謝ることは無い。お前達はまだ幼い…気持ちが変わってしまうことも珍しい話ではない」



それは私を慰める言葉だったが、今の私にはひどく残酷だった。


ハルト様の気持ちが変化してしまったことを肯定する様な物言いに思わず眉が下がる。



「だが、なぁ…」


父が悩ましげな表情で口を開いた。



「一応国を救った褒美としてオーツ公爵にはミリアとの婚約を許したのだ…その約束を無下にすることも簡単な話では…しかし、娘の幸せだって…うーむ」


悶々と悩み出す父だった。



「お父様、ハルト様のご意志であればかまわないのですよね?」


「それは、まあ、彼が望むのなら」


「だったらこの婚約は円滑に解消できます。彼はきっと公爵という身分を賜った身として、いくら自分への褒美だからといって私のことを無下にはできないのだと思います。だから、私から言わないと…」



それに、もしも彼から婚約破棄などという言葉が出たらきっと私は耐えられないだろう。


言い訳がましくハルト様のためを装う私の本心は結局自分が可愛いだけだったのかもしれない。




「覚悟は決まっているのだな…」


「はい。婚約する時、お父様に無理を押し通してしまったのに、こんなことになってしまって申し訳ありません」


「それはかまわない。私は娘の幸せが一番大切だ。上の息子や娘に王族として随分と不自由な思いをさせてしまった…彼らからもお前やユリウスの幸せはなんとしてでも守るよう厳しく諌められている」


そう言って彼は思い出したようにカラカラと笑った。



国王陛下を諌めるなんて私の兄姉達は本当にすごい人だ。


じんわりと胸が温かくなる。



私も彼らに笑われないように強く生きていこうと思った。




「ではお父様、全てが終わったら、慰めてくださいね?」


「任せなさい」


父は力強く頷いた。




「それでは婚約を解消して参ります!」


「…うまく行くかは怪しいが、頑張ってきなさい。どう転んでも私はミリアの味方だ」



少し弱気なところが気になるが、温かい言葉で送り出してくれた父には感謝しかない。




休日の今日、先日ハルト様に予定を聞いてもアカリさんと過ごすとしか言われなかった。


だから彼がどこにいるのかさっぱり分からなかったので、とりあえず夕方になるのを待ち、必ず家にいるだろうというタイミングで公爵邸に向かう。



日が暮れた頃、辿り着いたそこにはしっかり馬車が止められていて彼が屋敷にいることを示していた。




先触れもなく足を運んだ私を使用人は丁寧な対応で応接間に案内してくれた。



緊張で胸の鼓動がいつもより早い。


口から心臓が飛び出しそうだ。



デビュタントの時だってこれほど不安になることはなかった。




しばらくすると、どこか焦った様子のハルト様が少し息を切らせながら入ってくる。



「ハルト様、御機嫌よう。いきなり訪問してしまってごめんなさい」


「…ミリア、一体どうしたの?」


困り顔を浮かべてそう聞くハルト様にチクリと胸が痛んだ。



彼はやはり私がここに来ることが迷惑らしい。



「ハルト様に大切なお話があって…」


「大切な話?」


ハルト様はどこか不安そうな表情を浮かべて部屋の隅に立っていた使用人にお茶の準備を頼んだ。



ひとまず話は聞いてもらえるようだ。



お茶の準備が整い、淹れたての紅茶に口をつけると少しだけホッとした。




「それで、話って?」



「率直に申し上げます」



ぐっと両の拳を握りこんで口を開く。




「ハルト様との婚約を解消したく存じます」


「え…?」



できるだけ凛とした表情を浮かべるよう努めながら口にした言葉に、ハルト様は呆然として固まってしまっていた。




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