伝説の着付け師が小娘では箔が付きませんから!

高峠美那

第1話

 かつて…、業界でその名を知らない者などいない着物の着付け師がいた。


 彼女の名はYUKIゆき

 YUKIの着付けは、着物と帯の見せ方が圧倒的にうまかった。


 一見、合わないと思える黒地の中振袖に、小麦色こむぎいろの帯で福寿草と言われる創作帯結びで演出したり、雪柳と呼ぶYUKIオリジナルの創作帯結びは、複雑だがあでやかで、彼女以外に結べる者はいなかった。


 そして、どんなに動いても着崩れする事はない優雅で美しい着付けを、着物を扱う業界だけでなく、花街でも彼女の腕を欲しがった。


 だが…、彼女はある日突然、姿を消した。

もともと気ままな性格で有名だった彼女を、マスコミは男と駆け落ちしたとか…、酒に酔って海に落ちたとか…、はたまた皇室のお抱え着付け師に召し上げられたなどと報道。


 しかし真相はわからぬまま…五年の時が流れてその名も忘れ去られていた。


 * * *


 春の京都。

 昔、都で栄えたこの街で、注目のファッションショーが行われた。


 今、若者の間で大人気のデザイナー夜城やしろリュウである。


 今回、お披露目された初の着物デザインは、雪柳ゆきやなぎの白やピンクの小さな花が無数に咲く見事な振り袖だった。


 枝垂れる枝に、雪のように咲く小花が藍色の生地に雪を連想させる明媚めいび


 着物離れと言われる若者に溜息を吐かせるほど、粋なショーで幕を閉じた。



「本日のショーは大成功でございますね」  


「ありがとう…」


 夜城やしろは、立食パーティーが設けられた会場で報道陣に囲まれていた。


 ショーが終わり、関係者やモデルたちも一様に晴れやかな顔をしている。


 しかし…、京都ということでショーのはじめに踊った舞妓の 豆春まめはるが、失敗をやらかした。


 「YUKIでないとあきまへんな〜」と、今日の着付けにYUKIが関わっている事を、ぺろりと言ってしまったのだ。


 業界で久しぶりに出た名前に、報道陣が食いつくのは言うまでもない。


「リュウさんは、着付け師YUKIとはずっと交流があったのですか?」


「あ…いや」


 歯切れの悪いリュウに数人が詰め寄る。


「そう言えば、リュウさんがデザイナーとして活躍される前から、YUKIさんとは親しかったと噂されましたよね?」


「ええ。まあ…仕事で会う事がありますから。でも、あの頃は、自分もかけだしでしたし、それ程親しくはなかったですよ…」


「今日お披露目の着物は素晴らしい雪柳でしたが、あのモデルの着付けも、YUKIですか?!」


「えっ」


「では、ぜひ、そのモデルさんにもお話を!」


「いや、彼女は…」


 なんとか笑顔を貼り付け固まっていると…「リュウセンセ」の助け舟の呼びかけに、やっとその場から逃げ去る。


「…リュウセンセ、お疲れ?」


 にんまりと笑うのは、雪柳の着物を着た花奈かな。夜城にグラスを渡すと綺麗なお辞儀を見せる。


「ショーの成功、おめでとうございます」


 それから花奈は、ぐいっと、夜城の腕を引っ張った。


「…リュウにい。豆春の着付け、うまくできてた?」 


 トーンを下げた悪戯交じりの小声。

 そう、この十七の娘が豆春の着付けをしたのだ。


 ――まったく。


 呆れながらも素直に頷く。

 子供の頃から着物に囲まれているとは言え、舞妓の着付けだぞ? 


 花奈は、老舗呉服屋の娘で夜城が愛した沙月さつきの娘。

 夜城が沙月と知り合った時には、沙月は花奈を育てながら、実家の呉服屋を継いでいた。


 年上美人で、ミステリアス。夜城が恋に落ちるのに時間はかからなかった。


 だが…、五年前…沙月は病気で亡くなっている。


 結婚はしていなかったので、花奈の父親はわからない。


 けっきょく…、夜城は気持ちを伝える事なく、沙月は天国へ逝ってしまった。


 言わなくてもわかっていたはず…と思うのは、夜城のいいわけだろうか?


 沙月と病室で会った最後の時…、痩せ細った手を差し出し「もっと…早くに出逢いたかったわね」と、言って笑っていた…。


 夜城が早く言葉にしていたら、何か変わっていたのかもしれない。


「…豆春には、口止めしなかったのか?」 


 夜城は豆春の軽率さに注意を促す。 


「もちろん、したよ。うっかりだって」  


「うっかり?」


 くくっと、苦笑いしながらも、花奈の成長が眩しくて目を細める。


 夜城に見つめられた花奈は、ぱぁっと破顔した。


「あんなに小さかったのにな…。花奈かなは妹みたいなもんだから」


「…血なんか、繋がってない」

 

 ぷいっとそっぽを向いた頭を、いつものように撫でた。


「それにしても…。お前が豆春の着付けをしたせいだぞ…」


「だって…、私の着付けじゃないと踊ってくれないって言うんだもの。でも上手いでしょ?」


「花奈の着付けか? 彼女の舞いか?」


「両方ですっ」


「…舞いは百点。花奈の着付けは二百点」


「わっ。嬉しいっ」


 年相応の反応に、夜城の気分も浮上した。


「あの舞妓には、いつから着せてるんだ?」


「んー。一年くらい前かな?」


「…俺の事は?」


「ふふん。超売れっ子のデザイナーが、若かりし頃女装癖があったって?」


「っ。おいっ」


 話せるわけないでしょ…と、花奈が笑う。


 もともと沙月の頼みで始めた着付け仕事を、花奈は何もかも知っている。


「…そうじゃない。女の格好していた方がモデルが気を許すから…、その方が着せやすかったんだ。いつの間にかイメージが一人歩きしたせいで、こっちは大変だったんだぞ」


「おーや? リュウセンセともあろうお方がいいわけですか?」


「違う! だいたいおまえがYUKIの名前を使って着付けなんか始めたから。モデルだけでもバイト代は出てるだろ?」


「モデルは、ボランティア。着付けは仕事! それにYUKIの名前が消えちゃうのは悲しい…」


 急にしょぼんとする花奈に、愛おしさを感じ溜息をつく。


「…花奈は、あの頃の俺より充分上手いよ。…おまえこそ、なんで着付けの仕事が入ると、大人っぽい格好で出かけるんだ?」


「だって! YUKIは美人で有名だったでしょ? それに…小娘だからって、ばかにされるのもイヤ」


「なるほど。なるほど。…いいわけか?」 


 さっきの仕返しとばかりに夜城が笑う。


「花奈は美人で、腕も一級品さ」


「兄ばか。そこは…もぅ。汲み取って欲しいんですけどね~。リュウセンセ」


 ふと、舞妓の豆春がパーティ客に囲まれているのが見えた。


「どうえ? この、つけ襟の見せ方。着丈も長めのはんなりで…」

 

 垂れ下がる帯をクルリと見せる豆春に、口が軽そうだと、すかさずライターらしき男がYUKIについて詰問をする。


「すんまへん。これ以上は怒られてしまうさかい…、えろ…かんにんえ〜」


 そこは、お座敷でならした豆春に上手にあしらわれ、二人の心配は必要なさそうだ。


「…豆春にも、後でいいわけさせないとな」


「大丈夫よ。あんなかわいい顔してるけど、本当は私の着付けでないと、苦しくて舞妓なんてやってられないんだって」


 でも…と、花奈は続けた。


「くやしいけど…YUKIにはまだ追いつけない。これ…すごく動きやすい。リュウ兄はもう、着付けの仕事はしないの?」


「三十過ぎに女装させたいのか? …おまえ以外には着付けはしないさ」


「私…、YUKIのファンだよ」


「それは俺のセリフだな。おまえが今のYUKIだろ?」


「…私じゃ、ダメかな?」


「ん?」


「私じゃ、相応しくない?」


「……花奈が、着物に携わった仕事をするのは、沙月も喜ぶんじゃないのか?」


「もうっ。そうじゃなくて!!」 


 真っ赤な頬の花奈に、夜城の心臓もドキリとする。


 花奈が自分に恋心を向けていることくらい、気づかない程うぶではない。


「…まだ、お母さんが忘れれない? 私じゃあ、ダメ?」


 花奈には、沙月の面影がかぶる。


 必死の涙目をまっすぐ見返した夜城は、いつのころからか、沙月の面影でなく、花奈自身を見ていたと気付いていた。


「…年の差ありすぎだぞ」


「気にしない! リュウ兄は、格好いいよ」


「……ばか」


 沙月が生きていたら…、なんて言うだろうな。


 まだまだ華やかなパーティーは続いている。


 誰よりもあでやかな豆春が、相変わらず会場の視線を集めていた。



              おわり

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