#9



― アマイア暦1328年桜の月4月21日 深夜 ―

  <コルト樹海 エルフの里跡地付近 野営地>



「…で、なんでここにシュゼットがいるんです?」


「えへへっ☆」


シュゼットが舌を出して、自分の頭をコツンと軽く叩く。


となりにいたシスカは項垂うなだれて「すまない…」と謝罪する。


「こっそり寝床を抜け出した筈なのだが…その…」


「事情は聞かせてもらいました!…先生ぇ、こんな面白そうなことにアタシを置いてくなんて酷いですよぅ」


シュゼットがほおほおらませて抗議する。


「睡眠薬、バレてしまっていたようなんです」


カタリナが苦笑いする。


「睡眠薬で女の子を眠らせるなんて、悪い男の常套じょうとう手段ですからね!レディとして一応、いつでも警戒してますよぅ」


と、シュゼットは得意げに胸を張る。


朝、全員が起床しても最後までぐーすか、と寝息を立てて寝ているクセによく言う。


「…というのは冗談で、最近寝不足なんですよぅ。で、先生が買った薬とおんなじヤツを毎日飲んでるんですが、沢山飲んでも全っっっ然効かなくてぇ…。だから今回も効かなかったんだと思いますけど。…先生、アレ、不良品ですかぁ?」


「え?ちょっと待て…。沢山って…あれ、え?…もしかして原液で飲んでる?」


一口含めば即座に眠気で昏倒こんとうするような睡眠薬だ。そのまま飲めば日中活動にも大きな支障がでるレベルの薬なので、高野は何倍にも希釈きしゃくして服用している。


「は?睡眠薬なんだからそりゃぁ、薄めませんよぅ。何言ってるんですか」


シュゼットが首を傾げる。


「…一応聞くけど、それ、飲むのはひと口ふた口だよね?」


「毎晩1本丸々くぴくぴ飲んでますけどぉ?」


「嘘だろ…」


固有スキルに「睡眠耐性」でもついているのだろうか?しかし、「麻痺耐性」を持っている高野が「麻痺攻撃」を付与した水を飲んでも多少はしびれがあるのだが…。


「そもそもなんで寝不足…?」


その不用意な高野の一言にシュゼットが「はぁ!?」と形の良いまゆひそめて詰め寄る。


「先生は私のことなんだと思ってるんですぅ!?…だって、あんなこと・・・・・があって、まだ1ヶ月経ってないんですよぅ?あの日、私は耳も目も聞こえない状態で袋づめにされてたんですからね?どんだけ怖かったと思ってるんですかぁ!」


どうやらティルの事件で不眠症になっていたのは彼女も一緒だったようだ。身近にいるし、普段明るい彼女だが、あの一件は流石にこたえたらしい。


しかも、話から察するにどうやら彼女はドアを触った時、「スリープ」の魔法で眠らず、意識があったようだ。―――確かに麻袋から助け出した時、彼女は意識があったようだったが…。


意識があって、あの血の匂いのする部屋に視覚と聴覚を奪われ、四肢ししの動きを封じられていたのだとしたらその恐怖は相当だっただろう。むしろ、よく今、不眠症程度でいられるものだ。


涙目で「う~~~」とうなるシュゼットに「ご、ごめん」と思わず謝る。


「………まぁ、その件については先生ぇのせいではないですけどぉ~。…まあそういうわけでぇ、シスカさんがこっそり起きたのを見て、ついてきたんですが…まさか一服盛られているとは夢にも思いませんでしたよぉ」


「…すまない」


薬を飲み物に混ぜたシスカが謝る。


「いや、その薬はそもそも俺のだ…ごめん」


「いや、先生のせいじゃない。それ言ったら俺たちが先生に薬を頼んだから俺たちのせいだよ」


アンドレイが高野をフォローする。


「ま、誰のせいかはどうでもいいですぅ。と・に・か・く!アタシも一緒について行かせてください」


「「…」」


アンドレイとカタリナが顔を見合わせる。


「さっきも言ったけど、正直、もし、なにかがあったら、君たちを守れるかどうかわからないよ?」


「大丈夫ですぅ。いざとなったら先生が頼りになるので」


シュゼットが高野の腕にガシッと抱きつき、「大丈夫」をアピールする。


「いや…言っとくが俺は全然大丈夫じゃないぞ?」


「何言ってるんですかぁ。先生はレベル5の魔法使い『魔炎』を撃退した男ですよぉ?自信持ってください」


「「「!?」」」


アンドレイとカタリナ、そしてシスカまでもが高野を見て驚く。


「『魔炎』って…あの『黒雲』の『魔炎』ですか?」


カタリナがシュゼットに尋ね、「そうですぅ」とシュゼットが、胸を張る。


「え?なんで戦って……どういうことですか?」


「いやいやいやいや…違う違う!!!おい、シュゼット、適当なことを言うな」


「なにが適当ですかぁ~。あの時、先生がいなかったらリュウさんも、ジェラルディさんたちも全滅でしたよ?」


「「「…………?」」」


シュゼットが約1ヶ月前に体験した出来事を掻い摘んで3人に説明する。


微妙に真実が混じっているので否定し辛いが、事実を都合よくつまんでカッコよく盛り付けているに過ぎない。


「あれは全部ハッタリで…」


「でも…」


シュゼットは腕に抱きついたまま高野の顔を上目遣いで


「あの時は本当にカッコ良かったですよぅ」


と言いながら笑いかける。


「~~~」


…不覚にもちょっとドキッとしてしまった。だが、シュゼットはケロッとした顔でアンドレイにビシッ、と人差し指を向けて


「…なので、人間が相手なら先生はレベル差があってもいい勝負をする筈ですぅ!」


とポーズを決める。


「ほぅ…それは頼もしいね」


…なぜ、彼女が自慢げで、自慢された本人がこんな恥ずかしい思いをしなければならないのだろうか、と高野は心の中で呟く。


「…私には2人を連れてきた責任がある。頼りないかもしれないが、2人はできるだけ私が守ろう」


黙っていたシスカが決意を表明する。


「カッコいいですぅ~!」


シュゼットが「ひゃ~」と声を上げる。


「頼りにしてるよ、シスカちゃん」


シュゼットが高野に抱きついた時に「ムッ」と布の下で口を結んだシスカの様子を見逃さなかったアンドレイがその様子を見て笑った。






― アマイア暦1328年桜の月4月21日 深夜 ―

     <コルト樹海 エルフの里跡地>



「…さて」


ルッカの里があった場所に戻ってきた5人は目の前に広がる木々を見て立ち止まる。


たいまつによって照らされた木々はどこか不気味な雰囲気をかもし出している。


「どうしたものかね」


アンドレイが口元に手を当てて「うーん」とうなる。


「…アンドレイさんはさっき『確かめる』って言ってましたが、そういえば答えてもらっていませんでしたね。なにを『確かめる』んです?」


高野が尋ねるとアンドレイは「ああ、そうだったね」と頷いた。


「この木々だけど、樹齢千年くらいはある…そうだよね、シスカちゃん」


アンドレイはエルフであるシスカの方を向いて確認する。


「ああ」


シスカは頷き、シュゼットは「むむむ…」と首を傾げる。どうやら木についてはシュゼットは本当に頼りにならないらしい。ハイエルフも頑張って欲しいものだ。


「だが、ルッカちゃんも君もこれらに見覚えがない」


「そうだ。…ただ、このエリアの周囲の木には見覚えがあるものもある」


「ふむ…」


アンドレイは頷く。そして今度は高野の方を向いた。


聡明そうめいな君にも意見を聞きたい。タカノ。…ルッカちゃんの言う通り、魔神教がここにあった里を滅ぼして、その証拠を隠滅いんめつしたんだと仮定する。…この一帯の木が元々はここになかったものだとするなら、昼間に検討したもの以外でなにか可能性は思いつくかい?」


「…呪いや幻覚、植林以外ってことですか?」


「そうだ」


「…」


高野は口に手を当てて考え込む。高野のいた世界なら植林しか考えられないことだが、魔法があるこの世界では色々な可能性が全て完全には否定できない。


「あと考えられるのは…薬品や魔法で木を成長させるか、あるいは時間を進めるような魔法?」


「ふむ…興味深い発想だ。前者ならば痕跡こんせきを見つけるのは無理だな。後者だとさらにマズい。そんな魔法は知らないが…カタリナ、君の種族の主神なら可能かい?」


「…ライラ様ですか?…それは『時』をつかさどるあの御方ならもちろんできるでしょうが…そんなことのために神が人間界にわざわざ顕現けんげんするでしょうか?」


アンドレイの問いにカタリナが首を傾げる。アンドレイもその反応を予想していたようで「そうだね」と頷いた。


「まあ、神がこの世界に顕現けんげんして、それも魔神教の手伝いをするなんてことはまずあり得ないだろう。時を操る魔法っていったら対象の時を一瞬止める『ストップ』くらいしか知らないけど、『ストップ』は大魔法だ。それこそ『魔炎』クラスの魔法使いしか扱えないだろう。…そんな魔法を使える者をアリバイ工作のために呼ぶだろうか?」


「…わかりませんが、情報を秘匿ひとくするためにこれまでもそうした魔法使いが暗躍あんやくしていた可能性も考えられるのでは?」


だからこそ、今まで「都市伝説」のままでいられた可能性もあるだろう。


「なるほど、一理あるな。だが、それならお手上げだね」


アンドレイはそういって肩をすくめる。


しかし、そういう物言いをするということは、彼は他の可能性を考えて戻ってきているに違いない。


「…あと考えられるのは」


高野が呟き、木の一本を見つめる。


「?」


奇妙なことだが、木の樹皮が一瞬動いた気がした。


「…………?」


高野は首を傾げる。カタリナが「どうしました?」と尋ねるが「いえ…」と首を振った。きっと気の所為だろう。目が疲れているに違いない。


だが…そういえば、昔、遊んだRPGで木に擬態ぎたいしたモンスターが迷宮を生み出すというストーリーがあった。


「…あと考えられるのは木に偽装した魔物とかでしょうか。森が物理的に歩いて移動する、的な」


「ははは、面白いね。先生!」


アンドレイは高野の言葉に笑う。


「…だが、もうそれくらいしか考えられないんだよなぁ」


彼は急に真面目なトーンで呟くと、帽子を目深まぶかにかぶり、詠唱を始める。


よどみない詠唱に呼応するかのように、足元に魔法陣が展開され、アンドレイの魔力に反応して輝きを放つ。


魔法陣をあらかじめ設置していたティルは別として、アンドレイは高野がこれまで見てきた誰の魔法陣よりも早く、そして力強くて繊細せんさいな魔法陣を足元に書き上げる。


まだ放たれていない魔法陣の雰囲気だけでも彼の実力を示すのには十分だった。何気ない呼吸や動作だけでも一流は異なるのだ。


「『エネルギーショット』!!!」


まばゆい水色の光が暗闇を照らし、数本の木に大きな穴を開ける。しかし、それによって木が「ギャー!!!」と悲鳴を上げる、ということはない。


「…うーん。ひょっとしたらなにか反応があるかと思ったけど、ダメか」


木の穴の向こう側を覗き込んでアンドレイは呟く。どうやら彼の確認したかったことはこれだったようだ。


「…………………」


しばらくあごに手を当てて木の穴を除き込み、やがて冒険者バッグからハンカチサイズの布を取り出す。


木の穴に布を押し当てるのかと思ったが、その布をシュゼットに「はい」と差し出す。


「?」


布を受け取ったシュゼットはぽかん、とした表情で小首を傾げた。


「シュゼットちゃん、わき汗掻あせかいてる?」


「………!!!は、はいいいいいぃぃぃぃ!?え?え?に、においます?」


一瞬の沈黙の後、シュゼットは顔を真っ赤にしてその場から大きく飛び退く。


「え?あ、アタシ、そんなにくさいですかぁぁぁぁ?」


涙目で高野の方を見るが、高野は特に彼女がくさいと思ったことはないので、


「あ、か、がないでくださいぃぃぃ。お願いしますぅぅぅ」


鼻から空気を吸い込もうとして全力で止められる。


「だ、大丈夫だ。皆1日中歩いているんだ。汗くらい誰でもく」


シスカが助け舟のつもりで明るく言い放つが、シュゼットは「勘弁してくださいぃぃぃ」と手をバタつかせる。


「…アンドレイ、それは女性に対していくらなんでも…」


カタリナが冷たい目でアンドレイを見るが、当の本人はシスカとカタリナにもハンカチサイズの布を渡した。






「…3人共、悪いけど腋汗わきあせを布で拭いてくれる?」


アンドレイはにっこりと笑って頼んだ。


…女性3人が「「「は?」」」と同時に不機嫌そうな声をあげたのは言うまでもない。



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