#8


「ええと…ギルドの…そうだ。相談室のタカノ先生!あの時はお世話になりました。…あー…でもなんでここに?もしかして助けに来てくれたのか?」


どこまでもお気楽なリュウに、高野はため息をつく。


「…リュウさん、貴方には色々聞きたいことがありますが…」


高野はチラリとリュウの隣にいるティルを見る。ティルはにっこりと高野を見て微笑んだ。


「質問は洗脳・・を解いてからですね」


「洗脳?なんのことだ?」


リュウは首を傾げるが、高野はティルの方を見て頷く。


「洗脳されている場合、当然ですが本人には自覚はありません。薬物や魔法などを使って短時間で洗脳状態にした場合は、見た目でそれとわかる程意識レベルが下がっている人もいます。しかし、時間をかけて丁寧に洗脳された場合には一見普通の人となにも変わりません」


それっぽいでまかせを言いながら高野は拘束されたリュウに顔を近づけ、目の動きを見たり、口を開かせて喉の奥を見たりする。内科医の触診の見様見真似だ。


「それで…どうなんですか?先生。リュウくんは洗脳されているの?」


ティルは心配そうな声をあげ、高野に質問する。


「…十中八九、洗脳されていますね」


高野は重々しく頷く。リュウはそれに対し「はぁ?なにを言ってるんだ」と声を上げるが、ティルは「やっぱり…」と何度も頷く。


「おかしいと思った。そうじゃなかったらこんなことになってない筈ですよね」



「その通りです」


「お前ら2人とも頭おかしいんじゃない…か?」


リュウが憤慨ふんがいしてき散らそうとするが、その時、高野の目を見て口を閉じる。




この世界は様々な異世界と繋がっているということだが、高野は文明が地球に似ていることから、地球からの異世界転移者がこれまでにも何人もいるのではないかと考えていた。


例えば、バーの酒のラインナップにワインや焼酎、ウィスキーなどがあった。定規が使われていたり、メートル法が使われていたりもする。街並みや建築技術は中世にそっくりだ。


一方で、義手や義眼のなどは高野のいた地球の技術に似ているものの、そのレベルは地球よりも遥かに高い。このことから、地球に似た文明を持つ異世界があることも想定していた。


この世界は異世界転移者の持ち込んだ技術に色々な部分が大きく影響されていてちぐはぐな印象を受ける。


ギルドマスターのゲブリエールは「異世界人はまれだ」と言ったが、この世界に様々な技術と知識をもたらす異世界人はその存在自体が狙われやすい。


高野も基本的には口外しないようにゲブリエールにも言われていたし、リュウのようにギルドも把握していない「迷人まよいびと」は実際には相当数いるのかもしれない。




先程のティルの話から、リュウは「迷人まよいびと」で、「携帯電話」という言葉を知っているらしい。ひょっとすると地球によく似た文明を持つ、地球ではない異世界から転移してきた可能性もあるが、リュウは地球出身である可能性が極めて高い。


携帯電話…俗にいう「ガラケー」は高野と同じ地球ならば、1990年代後半から2000年代に普及したツールだ。ティルは「折りたたみ式」と言っていたから少なくとも背負ったりするタイプの「ショルダーフォン」の携帯電話ではないことは間違いない。


リュウの年齢は高野より若く見えるが、もし地球出身同士ならば世代的には近い筈だ。そして同じ地球出身ならば作戦の幅は一気に増える。


―――そして…それを確かめる方法はある。


「Can you speak “English”?」


「「?」」


高野は英語で「英語は喋れますか?」とリュウに尋ねる。ティルとリュウは高野が唐突に耳慣れない言葉を使うので驚いた様子だった。


「…失礼。洗脳を解くためのプロセスです。もし洗脳状態である場合にはこの「呪文」に反応する場合があります」


高野は真顔でティルに嘘の説明する。こちらの言葉である共通語は自然に話せ、読み書きも理解できるから忘れがちだが、日本語でも英語でもない。


地球出身だとしても日本出身であるかどうかはわからない。「リュウ」という名前は日本だけでなく、海外でも使われる名前だ。そのため、日本語では通じない可能性もある。


また、異世界転移の際、意識せずにこの世界の言葉、「共通語」を喋っていたことから、母国語と共通語はうっかりすると混同する危険性もあった。


一方で英語は意図しなければ喋ることができず、母国語とも共通語とも混同する心配はない。


そのため、高野はいきなり日本語で話しかけず、第1言語あるいは第2言語として広く使われる英語で話しかけたのだ。


「あ、あいきゃんと、すぴーく、い、いんぐりっしゅ!」


リュウがたどたどしい英語で「英語は喋れません」と返事をする。


「「!?」」


「先生、やっぱり…」


「そのようですね。もう疑いようはありません」


高野はティルに頷く。


「Well, do you know this device?」


高野は「英語は喋れません」と言うリュウを無視し、「この機械を知っていますか?」と英語で問い、スマートフォンの画面を指差す。


「の、のう!あい、きゃんと、すぴーく、いんぐりっしゅ」


馬鹿の一つ覚えに「英語は喋れません」を繰り返すリュウを無視し、高野はスマートフォンの画面を見るように指をとんとん、と叩く。


「!?」


画面の右上には電池が「14%」と表示されており、電波は0を示している。その下には翻訳アプリが開かれており、『Can you read this? これ、読めますか? 你能读懂这个吗?』と英語と日本語と中国語で書かれていた。ちなみに高野は、中国語については読み書きもできないので、調べたものを貼っただけだ。


そして高野の指が指し示している先はプルダウンで示された翻訳先の言語一覧だ。


高野は「洗脳を解く」ふりをして、翻訳アプリを介し、スマートフォンでリュウと筆談を試みていた。


インターネットのブラウザに翻訳機能が実装され始めたのは2006年頃。日本ではスマートフォンはその翌年2007年頃に普及している。


リュウが翻訳アプリという概念を知っているかどうかわからない。だが、この翻訳言語一覧から自分の知っている言語があれば選択できる筈だ。


「…」


リュウは恐る恐る指を伸ばし、日本語を指差す。タッチスクリーンは知らないのか、画面にタップする様子はない。


―――マジか。マジか!!


高野は心の中でガッツポーズを取る。一応、高野の中で「リュウが日本人なのではないか」という当たりはつけていた。


理由はティルがリュウの携帯電話の機種は「半分に折り畳めるもの」だと言っていたからだ。


日本の高機能な2つ折りの携帯電話は海外では人気がなく、売れなかったらしい。そして後に「ガラケー」と呼ばれ、スマートフォンにシフトしていったという歴史がある。


数ある異世界の中の地球出身が被っていることでも奇跡なのに、国籍まで同じ、時代も近いというのは宝くじで1等を当てる確率とどちらの方が奇跡だろうか。


高野の人生の中でもうこれほどの幸運は二度と起こらないだろうと心の中で思う。


―――神様、いや神様たち…本当に、本当に、本ッッッ当にありがとうございます。


高野は心の中で先程初めて会ったばかりの神々に感謝を述べる。


そして、高野は『私に話を合わせてください YESなら瞬きを大きく1回、NOなら2回お願いします』と入力し、リュウに伝えた。


リュウはスマートフォンの文章を読み、ゆっくりと瞬きを1回する。


「ティルさん、彼の精神と接続が完了しました。…これより私のスキル『上書きリライト』で洗脳を解いていきます」


「洗脳を解くことができるんですか!?」


ティルは目を輝かせる。


「任せてください。この電話を使って、彼の心と対話を試みます」


「そんなことが!」


ティルは嬉しそうに手を合わせ「お願いします!!」と声を弾ませる。




この場で暴走したティルを止めることができるとしたらリュウしかいない。


「…」


高野がスマートフォンの画面を見ると、残りの電池残量を見ると13%に減っていた。


日本語が通じるとわかったならば、日本語で話してしまったほうが楽だが、母国語は共通語と混同する危険がある。


一方で、先程ティルにスマートフォンを触らせた時、日本語を読めない様子があったため、筆談ならば彼女に気付かれずにコミュニケーションが可能なことはわかっていた。


また、先程、高野が「電話は心の対話もできる」というでまかせを言っているので、スマートフォンで彼とやり取りすることは自然に映る筈だ。


つまり、電池残量13%のスマートフォンが使用できる間に、リュウと筆談で状況を打開する作戦を打ち合わせる必要がある。


高野は翻訳アプリを起動する必要がなくなったため、スマートフォンの画面をメモ帳に切り替え、日本語を素早く入力していく。


『これからこの状況を打開する作戦を考えます。全員が生き残るために協力してください。YESなら瞬きを大きく1回、NOなら2回お願いします』


「…」


それを読んだリュウは高野を見つめる。高野もリュウを真剣な目で見つめ返す。


リュウは瞬きを大きく1回した。




―――さぁ、反撃の始まりだ。

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