#7

「…先生?」


ティルは驚きの表情を見せるがその反応が高野の予想とは異なる反応だったため、首を傾げる。


…この中の誰かが異世界転移者なのだろうか?


しかし、とりあえずスマートフォンの存在は知らないようだ。


「その板は私の世界の壊れた…その…なんでしょう」


話しながらティルの反応を探る。




仮に誰かが異世界転移者であり、ないとは思うが地球からの転移者だった場合にはハッタリを間違えると嘘が一発でバレる。


この世界はバーテンダーのマルクとファッションデザイナーのグラシアナの話では、様々な世界と繋がっている。


異世界転移者は極稀と言うし、ゲブリエールも高野が初めて会った転移者だと言っていた。


ティル、もしくはティルの知り合いが地球出身である可能性は限りなく低いだろう。


だが、この世界のメートル法やところどころに垣間見える地球に似た文化を見ると、地球出身の転移者は高野が初めてでは無さそうだし、気をつける必要がある。




「『電話』という…あー…通信機器のようなものなのですが…」


「デンワ…?あ!ケータイ!」


ティルが表情をパッと明るくする。


「…は?」


今度は高野が面食らう番だった。


「遠い所でデンワを持っているとお話できる、そうでしょう?」


「そ、その通りです」


「確かデンチというものがないと壊れてしまう、と。なるほど、これはデンチがなくて壊れてしまっているのですね?」


ティルは高野のスマートフォンをあらゆる角度から眺めて頷く。




電話、携帯、電池…


間違いない。ティルの知り合いは地球出身の転移者のようだ。


「でも私が知っているデンワとは違いますね」


「どんな形だったんですか?」


高野はケータイ、という言葉に違和感を覚え確認する。


一昔前は…いや、高野世代は未だにスマートフォンを「ケータイ」というが、今は「スマホ」と略すのが一般的だ。


ティルは「んー…」と人差し指をあごに当てて考える。


「数年前だったので…ええと、半分に折り畳めるものでした。それにカチカチ押せるボタンもあって…」


「やはり…」と高野は頷く。


どうやら彼女が見たのはガラケーだったらしい。


リュウさん・・・・・のケータイはどうなったんですか?」


「えっと『デンパというのがなくて、シャシンしか撮れない』って、私の顔そっくりの絵を沢山撮ってくれたりしました…って、私、リュウくんが『迷人』まよいびとって言ってませんよね?」


ティルは自分が油断して情報を抜き取られた事に気づき、高野を睨みつける。


「…すみません。気になったので心を読みました」


さも架空かくう職業ジョブ「カウンセラー」の固有スキル「読心どくしん」を使って心を読んだようなふりをして、高野は頭を下げる。




実際にはカマをかけてみただけだったが、やはり、リュウが転移者だったらしい。


歳は高野よりも下だと思うが、ガラケーを持った転移者、となると彼は同じ地球の、しかもどうやら近い時代の人間である可能性がある。


…ライトノベルの主人公のようなヤツだと思ったが、地球からの異世界転移者だとしたら文句なく異世界転移もののラノベ主人公だ。


もっとも地球に似た文明をもつ世界から来たという可能性もあるが…。


しかし、こんな偶然があるのだろうか?




「油断も隙もありませんね。あまり勝手に心を読まないでください。…『迷人』まよいびとならば特殊なスキルを持っていたりするのも納得です。リュウくんが『迷人』まよいびとなのはギルドにも秘密なので絶対に口外しないでくださいね」


どうやら高野の嘘が「迷人」まよいびとだというだけで説得力を増したことを考えると、「迷人」まよいびとの中には本当にチート級の能力を持っている者もいるらしい。


確かに、神々のあの対応を見れば、気分次第ではそういう待遇を受ける可能性もありそうだ。


ひょっとするとリュウもチート級なスキルだかステータスを与えられたクチかもしれない。


…完全に異世界転移ものの主人公じゃないか、と内心で魔法の才能もない自分の待遇と比較してリュウに嫉妬する。


「わかりました」と高野は睨むティルに頷く。


「元々、生きてここから出すつもりはないだろうに…」と思いながら、「それで?」とそのケータイがどうなったのか、と続きを促す。


「…結局、デンチがなくて壊れてしまい、二度と動くことはありませんでした。壊れたケータイは商人に売って、結構いいお金になりましたけど…」


「そうですか…」


当初は「元々は異世界の実物そっくりの絵を書く黒い板だったが、壊れてしまっていたので、『上書き』リライトで直しました」とか適当なことを言って、写真を数枚とってティルをだますつもりだった。


しかし、携帯電話の存在を知っているならもっとそれっぽいことが言える。


「…実は私のもこの通り、電池がなくて壊れているのですが」


高野はティルからスマートフォンを受け取り、「上書きリライト」と呟きながら電源ボタンを長押しする。


「!?」


しばらくすると画面が光り、起動し始める。


画面に機種のメーカーのロゴが出て、パスコードの入力画面が現れた。


電池の残量は赤く15%と表記されている。


日本語を読めず、内容も理解できないティルは「直った!」と驚くだけ。


高野はその反応を見つつ、素早くパスコードを入力し、スマートフォンの操作画面を確認する。


電波はやはりゼロ。外部と繋がる様子はない。


アラーム機能を開き、「30分」に設定すると「写真も撮れますよ」とティルの写真を撮ってみせる。


「本当ですね。すごーい」とティルは興奮して歓喜の声を上げる。


スマートフォンの電源が入ったことで「上書き」リライトのスキルを信じ込んだ彼女は「見たことのない言葉ですね」といいながら、しばらくスマートフォンを触った後、頷いて高野にスマートフォンを返す。


高野は彼女に見られないように素早くスマートフォンをスリープモードにしてポケットにしまった。


「これで今度こそ、信じていただけましたか?」


「そうですね。先生は嘘をおっしゃっていないとわかりました。…今まで失礼なことをしてしまってごめんなさい」


ティルは素直に頭を下げる。


「それでは…」


「ええ」


ティルはシュゼットの唾液まみれの万能草を高野に渡す。


「まずは先生の要求を聞きます。シュゼットさんを治したら今度は先生が約束を守ってもらいますよ?」


「もちろんです。やれることはしてみましょう」


高野は頷き、万能草を持って部屋の隅でぐったりと壁に寄りかかっているシュゼットに近づく。


「ライト」で光りを奪われ、「サイレンス」で音を奪われ、そして「ゾンビの体液」で時間が経過するごとにアンデッドに近づいているシュゼットだが、大半の状態異常を解除することができる万能草であれば、それらの症状はすぐに解決できるという。


視覚と聴覚はないが、触覚はある。


「…シュゼット」


高野はシュゼットの腕にそっと手を当てる。


シュゼットはビクリと顔を震わせた。




―――まずは害意がないことを彼女に伝えなくては。


高野は彼女の緊張が和らぐまで手を動かさず、体温を伝える。


そして、ティルではない男性の手であることをわからせるために彼女の手を握る。




「!?」


シュゼットはハッとなったような顔をして、「せんせ?」と尋ねる。


高野はそれに応えるように彼女の手を少しだけ強く握る。


シュゼットは反対の手で高野の手を握り返した。


ぐったりとしていた彼女の表情にわずかに希望が宿る。


高野はシュゼットの手を握ったまま、もう片方の手に持った万能草をシュゼットの唇に当てる。


「!?」


シュゼットは突然唇に当たった葉の感覚に、わずかな抵抗を示す。


高野は手で「大丈夫」とばかりに少しだけ力を込め、同時に葉を唇の間に差し込んだ。


「はむっ」


シュゼットは覚悟を決めて葉を咥える。


「にがっ…まずい…うぅ…なんか湿ってますぅ~」


湿っているのはシュゼットが何度も口から吐き出したせいだが、ともあれシュゼットは文句を言いながらも万能草を飲み込む。




「…」


高野は部屋を見回してシュゼットの混乱を出来るだけ抑えるため、彼女の目を手で覆った。


「? ちょっと、先生ぇ?」


「…静かに。俺の声、聞こえる?」


「聞こえますぅ」


シュゼットはいつもの調子で応える。


「一体どうなって…」


シュゼットに「しーっ」とささやき、そしてティルを振り返る。


状況を伝えていいか?という意味で彼女の目を見ると、ティルは頷いた。


「…俺たちは今、ティルさんに捕まってる。ティルさんもすぐそこにいる。その…部屋が凄い状況なんだ。できれば見せたくないけど…」


「…あー、はい。さっきから血の匂いが凄いんでぇ、まあ状況はなんとなく察しがつきますぅ。叫ばないんで手、どけてもらっていいですか?」


「…」


高野は精神衛生上、彼女に見せたくない光景だったが、シュゼットは高野の手をすり抜けて目を開いた。


「え?わぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!!…うぇ…えええええええ!!!!」


シュゼットは目の前に広がる光景を見るなり、絶叫し、部屋の隅で嘔吐おうとする。


「ちょっと…部屋、汚さないでください」


シュゼットが嘔吐おうとする原因を作った張本人であるティルが顔をしかめる。


「やっぱり…大丈夫?」


叫ばないと宣言していたが、絶対に無理だろうと予想していた高野は予想通りの反応をするシュゼットの背中を優しくさする。


「だって…想像以上に…うぇ…マジですか。ちょっと…」


「頼むからあんまりティルさんを刺激しないでくれ」


高野はそう言いながらもシュゼットが視覚と聴覚を取り戻したことに安堵あんどする。




「…そろそろいいですか?」


シュゼットが落ち着いてきた様子を見届けてから、ティルはれたように高野に声をかける。


「…はい。約束を果たしましょうか」


高野はティルを振り返って頷いた。


「じゃあこちらへ」


ティルは隣の部屋に続く扉へ高野を呼ぶ。


「シュゼットも一緒でも?」


「ええ。他のコを連れ出されたり、逃げられたら困りますから」


ティルは笑って頷き、扉を開いた。




隣の部屋は木のテーブル1台と椅子が4脚、そして白い清潔なシーツのあるダブルベッドが置かれているだけのシンプルな部屋だった。


4脚あるうちの1脚には、手足を椅子に縛りつけられた黒髪の男性ヒューマンの冒険者が座っている。


…リュウだ。


ティルは高野とシュゼットを部屋に招き入れると扉を閉める。


そしてティルは万能草をくわえるとリュウの頬を両手で挟み、口移しでリュウに万能草を食べさせる。




「…ぷはっ、なぁ、ティル…いい加減に…。あれ、アンタ…確かギルドの」


リュウは視覚と聴覚を取り戻すとティルに抗議しかけて、視界に入った高野を見る。


「…どうも。また会いましたね、リュウさん」


高野は苦笑いしながら椅子に縛り付けられた諸悪の根源に挨拶した。

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