恋する僕と迷わない君。

叶和 奈夢

第一章 出発

第1話

春の柔らかな風が頬を撫でる。命の誕生の季節を称えるように鶯がさえずる。今は春休み。誰もが新生活に期待と不安に胸をふくらませる出会いの季節。そんな中僕は…絶賛遭難中である。


市道進哉。この春から高校一年生。ゲームと読書が趣味の典型的なオタク。しかしながら僕を異常たらしめるのはこの極度の方向音痴だ。


――迂闊だった。ちょっとコンビニに行くだけだと油断していた。最近まともに外に出ていない所為かまさかコンビニに行くことすら出来ないとは…

と、とりあえず家に戻…絶対無理。スマホ…やべ家に置いてきた…タクシー…いやそんな金無いわセレブか。


サァッと、全身の血の気が一気に引いていくのを実感する。兎にも角にもこのままじゃ――


「どうしたの?」

「………へ?」

つい、反応が遅れてしまった。鈴の音のような、優しくてよく通る声。その主は――可愛らしい女の子だった。ちょうど、僕と同じくらいの。

「あ、急にごめんね!?この世の終わりみたいな顔してたからさ。私、友枝真宵ともえだ まよい。あなたは?」

「えっと…市道進哉いちみち しんやです」

「市道くんね。それで、どうしたの?」

「あっ…えっ…み、道に迷って、しまいまして…」

我ながらひどい吃りだ。

「なんだ、そんなこと?どこまで?」

どうやら案内してくれるようだ。お言葉に甘えるとしよう。

「…コンビニまでお願いします」

OK!と、彼女は指で丸をつくり、迷いなく歩き始めた。


道中彼女は「家、この辺なの?」とか「高校生?どこの高校?」とか聞いてきた。僕の個人情報の何がそんなに面白いんだ。全部しっかりと答えたけども。


程なくして、コンビニに着いた。意外と近かったな…

僕が買い物をしている時も、会計で10円玉が無くてあくせくしてる時も、コンビニを出るまで彼女はずっと僕を待っていた。なに、怖い。でも礼は言わなきゃな。うん。

「今日はありがとうございました。では」

「あ、ちょっと待って!」

まだ何かあるのか。

「市道くん、帰りの道もわかんないでしょ?」

「…駅までお願いします」

「よろしい」

そして駅までの道でもまた質問攻めに遭うのだった。


駅での別れ際、彼女は

「それじゃ、またね」

と微笑んだ。

…またね?

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