第11話 羽衣
鏡鬼とあのひとは読んでいた。
わたしを模した鏡鬼。
伸一を模造した鏡鬼。
邪悪な性根が浮かぶ。
多英が見かけた男女の鏡鬼。
「ここあたりが潮時なのかな」
「まあ売女の伝手でさ、ちまちまと集めてきたけど、喧嘩を知ってる兵隊の頭数を一気に揃えるにはいいかもね。コレが抱けるってことなら、連中は並んで順番待ちするわ。そして取り込むのよ。足軽は粗暴で、頭数が多い方がいいのよ」
「だな、未だに駒が足りてない。まだ時期を待つか」
「この鏡にも、根づけをしといてね。すぐに芽吹くのを。コレにとっては苦痛だろうけど。連中にも感染させていかないと」
「コレならすぐに罹患させて回るさ。それはおれが保証する」
女鏡鬼が胸から手を離して、一歩引いたようだ。
その瞬間に落雷のような電撃が襲う。青白色の燃える花火が身体を駆け回っている。ブンが意識の底で、途切れる自我の隅でこう女鏡鬼が呟くのを、聞いた。
「・・・そして鳴神六花は必ず来る」
「あの・・」と消え入りそうな声で訴えた。
ブンは少なくとも5時間はこうしていただろう。
それを引き継いだわたしには限界点が来ていた。
濫造された羽衣を持つミカにもじもじと乞うた。彼女は陶磁器のように無表情に「なあに」と答えた。やばい。下腹が痺れてきて、何度かの波を迎えている。
「あの、ちょっと・・」の声に大仰な声を上げた。彼女もわたしを辱めることに躊躇はないようだ。
「ああ、おしっこね。構わないから漏らしちゃいなさい。それが堪らないってのが、そこに並んでるから」
卑しい嘲笑が薄暗い室内で不協和音で反響した。
「違いねえ、マキムラなら顔から浴びてもいいくらいだ」
「手前ぇこそ、先頭に這って舐めとるずら」
お話にもならない。
遠く目線を上げると、裸電球がぶら下がっている。
羽衣のなかに隠れて、外の光景を見ずに済んでほっとしていると、連中の哄笑に紛れて「いいから」と耳元でミカが囁いた。
「ここから逃げるにはそうした方がいいわ」と付け加えたが、その声音には真実味があった。
わたしの心の、ある部分のスイッチを。
ぱちんと切り替えた。
大丈夫、やれる。
「ああ、靴が汚れちゃうと厄介よね。ちょっと待ってくれる」と
ミカのダウンジャケットの背中から、羽衣は生えているわけではない。円筒状に羽衣だけが単独で宙に浮いていた。しかしながら足元からをすっぽりと覆うことは、羽毛の量が足りなくてできないようだ。
ー「あと一息、我慢して」とこそこそ言い、羽衣の向こうへ響く声で「誰か!パンツ欲しい人!」と叫んだ。園児の教室みたいに差し上げた手がはためき、俄然と「欲しい」とか、「脱ぎたて!」とか
「それからパンスト欲しいひと!」
小声で「あー、これ解かないと脱がせられないわね」と独り言のように言う。
さりげなく両脚の拘束を解いて、靴を剥がした。さらに下着ごとパンストをするりと一気に引き抜いたし、私もお尻を持ち上げて手伝いもした。
脱がされたそれを外に投げやると、餌をなげられた猿山の騒動を苛立たしいほど聴かされた。これでとうとう全裸となった。
さあ、とミカが小首を引いて促した。
中空の目線は羽衣が塞いでくれている。足元はがら空きでそこに痛いほど注視してくる牡どもの眼がなければ、個室と大差ない、はず。
両腿をぴっちりと合わせてちろちろと吹き出して、木製椅子の隙間に体温よりも生温かい液体が溢れてきた。もう止めようがない。奔流が噴き出して、盛大にしゃばしゃばと水音を立て椅子の足を滴った。
吠え狂ったような歓喜の声を上げても、猿山が寄ってこないのはミカがきっと睨みつけているからだ。
全裸に革靴を履いて、その部屋を出た。
先頭はわたしで、腕の拘束は解いてもらってはいない。
背後からミカがついてきたが、羽衣は部屋を出るときにさっと畳まれてしまった。それを背後から覗いていたらしく、お尻を認めて口笛を浴びせかけられた。これから連中の玩具になるのかと、口惜しい気分だった。
劣化して亀裂だらけの階段があり、その天窓はステンドグラスで極彩色の夕日が差している。西向きの建物らしく、それが山脈の山際に呑み込まれていく時間帯だ。崩壊しつつある建物だけど、かつては美麗な建築だったのがわかる。
「あら。さっきの騒ぎはどうしたの。その鏡のくぱぁでもサービスしたの?」
「お漏らしよ。ちょっと洗っておこうかと世話を焼いているの」
廊下を歩くわたしとミカに、室内で会議でもしていそうな女鏡鬼が声をかけた。その部屋は執務室とでも使っているのか、分不相応な革張りのソファが対面で設置されていた。
その正面には男鏡鬼が興味もなさそうに、わたしの全裸を斜め見にしてソッポを向いた。デートの際も提供された料理を口に含みながら、レシピを考えている横顔によく似ているのが、無残なものを見る思いだ。
「芽吹いてきたな」
「そうね。かなり無茶をさせたわね」
「最初は黄皓からだそうだよ。あそこは丁寧に洗うなよ。味がある方がいいんだってさ」
冷酷な声が胸に沈澱していくのを感じた。
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