風花の舞姫 羽衣
百舌
第1話 羽衣
女心は秋の空、という。
季節の狭間に位置する秋は、夏の残り香のような日差しもあれば、冷たい秋雨もあり、山肌を紅葉させる風も吹かせ、時に冬の訪れを知らせる雪が舞う。
気まぐれといえば、気まぐれであるし。
多様性といえば、多様性とも思えるし。
移ろいやすい感情を表現したものだろう。
乙女心といえば、わたしは上の空というだろう。
女子校にいた時分はそれこそ閉鎖的な空間で、自分を主人公に見立てて、授業中には様々な妄想に耽っていた。
クラスメイトには極端にボディタッチをしてくる娘もいて、自分では触らなかった場所に電流のように快感が走って驚いたことがある。オマセな同級生はまだ他にもいたし、真剣な思いを込めたチョコを体育館裏で先輩から貰ってしまい、その先輩の彼女になって、初めて唇を合わせた。
それでもノーカウントで済ませてしまえるのは、その閉鎖的な空間の封印された秘密であるようだった。
「・・
「なんのコトかな?」
クリスマスを控えた最初の土曜日のことで、バイト明けに二人で居酒屋にいた時のことだ。わたしは来年度に、留学をするために働きづめだったので、たまには息抜きが必要だったから。
予想外の散財で、留学は半年伸びてしまったけれど。
「だってさあ、別れたって言ってたでしょ。でも昨日さ、ヨーカ堂にいったらシネマライツ座の前で彼氏と腕組んで歩いていたじゃん。デートじゃないの」
生憎とそれは、わたしではないのだけど。
そうとは言い出せない事情があるの。
わたしにはドッペルゲンガーがいる。
姿形は全く同じで、性格が微妙に違う。その子は彼氏とまだ繋がっていて、わたしはさっぱりと切れている。
そればかりはわたしは最大数で6人いた。
夏休みの間、困ってしまった私は鳴神六花さんという陰陽師の助力を得て、そのドッペルゲンガーをひとりひとり祓っていただいた。それで彼女たち、というかわたし達は、今のわたしに同期されてひとつになった。
あの時、彼女はこう言った。
「全ては貴女自身の、あり得た側面が出ているの。人生の選択肢のひとつひとつに自分自身がいるっていうのかな。それはそれで贅沢よね」と。
つまり彼の隣にいるわたしは、それを選択した自分自身らしい。
それはそれで迷惑よね。
けれどもその子をお祓いで消せなかったのは、また彼が今のわたしに執着してくることを避けたかったからだ。あの頃のわたしはそれなりに愉しんでいたので、あまり罪悪感は持ってはいなかったし、お祓い代で消えた貯金分を上積みしておきたかった。
視線を感じていた。
店内はやけに客数が
それよりも気になるのは、角のテーブルにいる一団の男たちだった。その中でもリーダー格らしい男は、黒レザーを着て剃髪した頭に刺青がある。簡体字のようであるが、文章はよく見えなかった。
柄の悪そうなところが共通しているグループで、言葉は北京語というより普通話のようで、時々は大声で笑い、焼き鳥の串や刻んだキャベツはお構いなしに床に捨てていた。トロフィーでも飾るかのように、食べ散らかした皿を積み上げて、悦にいっていた。
わたしに相対して座っている多英にはその光景は映らない。
最初は、騒がしいな、くらいは思っていたようだけど、流石に場の空気が伝わってきたようだ。眉を
多英が立つと、その剃髪した刺青の男が、わたしの顔に舐め回すような視線を突きつけ、それがスッと胸に下りる。わたしの目線を無視して、揉みしだくような
もう慣れてしまったけれど、肩が凝るばかりで、迷惑なわたしの名詞みたいなものだ。このせいで必ず顔と名前を覚えていただける。
会計を済ませて、夜気を浴びる。
暖房に慣れた身体に、容赦なく冷風が飛び交っている。
松本駅周辺の、レンガ舗装されている飲食店街だった。
この場所からは自転車ですぐの距離だったけど。自転車はバイト先に置いたままでタクシーで帰るつもりでいた。
そこで背後から声をかけられた。
「お・お前だよ・・お前」と呼び止められた。
先刻の一団が追いかけてきたので、多英がわたしのコートの袖を掴んだ。頼られても仕方がない。わたしは距離を置くために狭い路地に向かって、多英と進んだ。ビルの狭間で、長方形に切り取られた空間に、LED電灯の青白い光が差している。そちらは車道のようだ。そこまで歩けば逃げられるし、もしくはスマホで警察に連絡してもいい。平穏な世界への入り口に見えた。
そう考えたときに、前方に影が現れた。
「今日は逃さないよ」と妙な訛りのある、その人影が言った。
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