巡り巡ってどこまでも!

春瀬三千七

第1話

 小さいころに読んだある旅の話を、ココンはずっと覚えている。それは村を訪れた商人のおじさんが、特別に安く売ってくれたものだった。最初は綺麗な表紙に興味を引かれたのだが、読み進めていくうちにココンは素晴らしい世界に釘付けになった。広い海、そびえる山、冷たい洞窟、燃える砂漠。どれもココンの村にはないものだった。ココンはずっと、自分は村の中で一生を過ごすのだと思い込んでいた。けれど、それは本当にもったいないことだと、気づいたのだ。物語の主人公は、愉快な仲間たちとともに、さまざまな場所を訪れる。その冒険にココンはワクワクし、いつしか自分も、この物語のような旅をすることを夢見るようになった。そしてその良い口実が、ココンにはあったのである。


「父さん。僕、『巡り』になりたい」

 七歳になったココンがそう言ったとき、お父さんは驚きと戸惑いと喜びが混ざったような表情を見せた。薪を割っていたお父さんは斧を置き、しゃがみ込んでココンと目線を合わせた。

「ココン、『土地巡り』は大変だ。隣町に行く時みたいに、父さんがついて行くわけにもいかない。それでも大丈夫か?」

 『土地巡り』。それはココンの住む国の、歴史ある伝統だ。十年に一度、村から十二歳の子供がひとり選ばれて、世界中を回る旅に出る。子供たちが旅の中で学んだこと、知ったことをそれぞれ故郷に持ち帰ることで、国全体の結びつきをより強くするのだ。そしてその子供のことを『巡り』と呼ぶ。次にこの村から『巡り』が選ばれるのは五年後であり、ちょうどココンが十二歳になる年なのであった。

 お父さんの言った通り、『土地巡り』をすることはけして簡単なことではない。けれど、この機会を逃すわけにはいかなった。

「僕、隣町に行くだけの旅じゃ満足できないんだ。もっと遠くの、知らない場所に行ってみたい。本に出てくるような、冒険がしたい」

 当然不安はあったが、ココンは一生懸命訴えた。『土地巡り』に行くためには、両親の許可が必要不可欠なのである。お父さんは黙って考え込み、ココンはそれをドキドキしながら見守った。やがてお父さんは、「うん」と頷いて、微笑んだ。

「ココンの気持ちはよく分かった。本気なんだな」

 お父さんはココンの頭に手を置いた。

「五年後までに、たくさん勉強しなさい。『巡り』になるには試験に合格しなきゃいけないんだぞ」

 ココンは顔を輝かせた。

「ありがとう、父さん!」

 家の中から、お母さんが心配そうにこちらを覗いているのが見えた。お母さんにはすでに『土地巡り』の許可をもらっていた。お母さんもココンを一人で旅に出すのにためらっていたが、自分がどれだけ『土地巡り』に行きたいかを熱弁すると、なんとか許してくれたのだ。お父さんはどう言うか、心配しながら見守ってくれていたのだろう。ココンが元気に親指を立てると、お母さんは嬉しそうに手を叩いていた。


 お父さんにいわれたとおり、五年間、ココンはたくさん勉強した。村の学校へ行き、村の子たちと一緒の宿題をするのに加えて、先生に頼んでもっと難しい問題を出してもらったりもした。お母さんとお父さんだけでなく、村の人たちもココンの夢に協力してくれた。それでも心が折れそうになったときは、ココンは思い出の本を読むようにした。あの本を読むと、いつでも、冒険をしたい気持ちがよみがえってくる。そしてとうとう、ココンは無事試験に合格した。村長から『巡り』の資格をもらうことができたのである。

 旅立ちの日、お父さんは小さな首飾りをココンにプレゼントした。これは『巡り』が皆身につけるものだった。飾りには、自分の出身地で取れた自然のものを使うのだ。お父さんがくれたものには、ツヤツヤとした黒い木の実が通されていた。小さな頃からよく森で見かけた、なじみ深い木の実である。丁寧に編まれた麻紐を首にかけると、木の実はココンの胸の辺りでキラキラと輝いた。

 最後にお父さんとお母さんと強く抱きしめあってから、ココンは隣町行きの荷車に乗り込んだ。村のみんなの姿が見えなくなるまで、ずっと手を振り続けた。不安も悲しさも溢れて来たが、それ以上に期待と喜びで、頭がいっぱいだった。


 それが、二週間前のことである。

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