第17話 エッグ・タルト
先に動いたのは緋奈子だった。彼女は助走をつけると一気に距離を詰めていく。
「やあああっ!!」
叫びながら飛びかかる緋奈子に、ベルゼバブが右腕を振り下ろす。だが、緋奈子はそれを見切ってひらりとかわすと、カウンターの要領でフォークを突き刺す。
「グウゥ……!」
ベルゼバブが苦悶の声をあげた。緋奈子の攻撃が効いている。
「やったね!」
「まだだよ!」
緋奈子が喜ぶのも束の間、すぐに異変が起こった。
「な、何これ……!」
突如として緋奈子の身体が硬直したのだ。彼女の手足が石のように固まっている。
「我ノ能力ダ。我ガ体液ニ触レタモノハ皆、石化スル。魔法少女トイエドモ例外デハナイ……!」
「そんな……!」
「コノママ、砕ケ散レ!」
ベルゼバブは吠えると、今度は左腕を振り上げた。その腕が巨大なハンマーのようなものへと変化する。
「危ない!」
私は咄嵯に緋奈子を抱きしめてその場から転がった。直後、振り下ろされたベルゼバブの腕が地面を叩きつける。轟音と共に地面に亀裂が入った。
「きゃああぁっ!」
衝撃に吹き飛ばされた私たちは校舎の壁に叩きつけられる。
「ぐぅ……!」
「あう……」
痛みに耐えながらもなんとか立ち上がろうとする私たちだったが、その時、目の前に黄色い塊が滑り込んできた。
「ふぅ、お待たせー! 魔法少女【マンゴープリン】、遅れて到着ぅ! ウチを呼んだ悪い子はどこのどいつだぁ?」
「──現レタカ、魔法少女【マンゴープリン】」
またしても助けに来てくれたのは魔法少女マンゴープリンこと、私の妹の木乃葉だった。
「なんだぁ犬っころ。ウチと勝負したいんだって?」
「無論ダ。我ハ強者ヲ望ム」
「んー、でも残念。ウチは犬は別に好きじゃないんだよねぇ」
「……」
「──ってことで、
木乃葉は「よいしょ」という掛け声と共に自分の縞パンを脱ぎ、それを頭に被った。するとパンツは光り輝いて、木乃葉の黄色いツインテールが長く伸びる。相変わらずの変態っぷりだけど、あれが強いのは知っているので許してあげるしかない。
「──ストライカーフォーム!」
「フン、少シハ楽メソウダナ……」
ベルゼバブは嬉しそうにそう呟くと、両手に力を込める。次の瞬間、ベルゼバブの両腕が巨大な鎌へと変貌した。
「へぇ、面白いじゃん。じゃあこっちも本気でいくよぉ!」
木乃葉はそう言うと、腰を落として構えをとる。そして、ベルゼバブに向かって一直線に駆け出した。
先手を取ったのはベルゼバブの方だった。
「死ネェッ!」
大鎌を振りかざし、木乃葉を迎え撃つ。しかし、木乃葉は身を低く屈めると、ベルゼバブの懐に飛び込んだ。
「はああっ!」
「グッ……!」
強烈なアッパーカットがベルゼバブの顎を捉えた。怯み後退するベルゼバブに対して、さらに追撃をかけるべく木乃葉は高く跳躍した。
「とおっ!」
そのまま空中で一回転し、踵落としを繰り出す。だが、ベルゼバブも負けてはいない。彼は両脚を揃えて、まるで鉄球のような蹴りを繰り出した。両者の攻撃がぶつかり合う。
「うぐぅ……!」
「ヌウッ……」
互いに拮抗していたかに見えた戦いは、すぐに決着がついた。木乃葉の足がベルゼバブの胸を貫いたのだ。
「ガハッ……!」
ベルゼバブは口から血を吐き出すと、その場に倒れ伏す。どうやら心臓をやられたらしい。
「や、やった……!」
「いや、まだだよ」
私が安堵していると、緋奈子が厳しい顔で言った。その視線の先では、ベルゼバブがゆっくりと起き上がっている。
「なんで……!」
「あいつの魔法だよ。さっき言ってたでしょ?『体液に触れたものは皆石化する』って。多分、ベルゼバブは自らの細胞を変化させてるんだと思う。だから、心臓を破壊しても生きていられる」
「そんな……」
なんて厄介な能力だろう。これじゃあ倒しようがないじゃないか……。
私は絶望的な気持ちになる。だが、そんな私とは対照的に、木乃葉は余裕綽々といった様子だった。
彼女はベルゼバブに近づくと、その顔を覗き込む。
「まだやるつもりぃ?」
「グウゥ……! マダ、終ワリデハナイ……!」
ベルゼバブは立ち上がると、再び鎌を構えた。それを見て木乃葉は溜息をつく。
「仕方ないなぁ。ウチもあんまり手荒なことはしたくないんだけど、どうしてもって言うなら相手になってあげなくもないかなぁ。でもさぁ……」
木乃葉はそこで言葉を区切ると、右手を高く掲げた。彼女の頭上に大きな光の玉が現れる。それはみるみると巨大化していき、やがて巨大な槍へと姿を変えた。
「──魔法少女マンゴープリン奥義・
木乃葉が技名を唱えると同時に、光輝く槍は天高く放たれた。空に打ち上げられた槍は、幾千もの流星となって地上に降り注ぐ。
「グアアァッ!?」
流星雨を浴びたベルゼバブは全身から煙を上げながら地面に倒れた。そして、特撮作品でよく見るような大爆発を起こして木っ端微塵になってしまう。と同時に呪いが解けたのか、緋奈子の石化は解除されたようだった。
「ふうっ……見た目ほど大したことはなかったね」
「お疲れ様、木乃葉」
戦いを終えた妹の元に歩み寄る。すると緋奈子が首を傾げた。
「木乃葉……って誰?」
「あっ……しまった」
「……お姉のバカ!」
言われて気づいた。木乃葉がマンゴープリンちゃんだってことは秘密のはずだったのに、強敵を倒せたのが嬉しくてつい口を滑らせてしまったどうしよう!
木乃葉の顔をうかがうと、彼女は呆れたように肩を竦めた。
「ポンコツ晒しましたごめんなさい……」
「ねぇ、木乃葉ちゃんって確かハルちゃんの妹さんの名前だったよね? マンゴープリンちゃんの正体は木乃葉ちゃんだったってことなの……?」
「えっとぉ……」
困ったことに、緋奈子はすっかり木乃葉のことを気になってしまっていた。私があたふたとしていると、木乃葉は大きく溜息をついた。
「まあ、隠しててもしょうがないからバラしちゃってもいっかぁ。そう、ウチの正体はそこのお姉の妹の木乃葉」
「へぇ、やっぱり姉妹なんだ……あれ? でも、どうして木乃葉ちゃんが魔法少女に変身できたの?」
「あー、それは多分聞かない方が──」
「それはね。これのお陰」
私が止める間もなく、木乃葉は自分が被っているパンツを指さして答えた。
「それって……パンツ?」
「そ。お姉の使用済みパンツ」
「そこまで言わなくていいよねぇ!?」
「……ん?」
私は思わず叫んだが、緋奈子は全くピンときていないようだ。きょとんとした表情を浮かべている。
「どういう意味なの?」
「ああ、えっとぉ……」
木乃葉の方をちらりと見ると、「説明よろしくぅ」とでも言いたげな顔でこちらを見つめていた。仕方なく私が口を開く。
「緋奈子にはまだ早い話だから気にしないで」
「そうなの? わかった!」
緋奈子の純粋さが今は恨めしい。いつか大人になった時にこの話をすれば、きっと緋奈子は卒倒するだろう。──もしくはなんとなく触れてはいけない雰囲気を感じて聞かないでおいてくれているか……。
いずれにせよ、これ以上突っ込んで来ないのはありがたい。私は話題を変えるべく、木乃葉の方に向き直る。
「それより、木乃葉は大丈夫なの? あいつの体液に触れてるけど……」
私の問いに対して、木乃葉は得意げな顔で答える。
「平気だよ。あいつの体液が危険なことは分かってたから、あらかじめ身体を魔力でコーティングしておいたの」
よくみると、木乃葉の全身はぼんやりと黄色く輝いているように見える。それ以上にツインテールの輝きが強かったから気がつかなかった。
「そうだったんだ……」
私は感心しながら木乃葉の姿を眺める。
「うん。だから、さっきもあんなに余裕があったんだよ」
「すごいね木乃葉ちゃん! 私なんか怖くて動けなかったのに……」
緋奈子も感心した様子でそんなことを言っている。マンゴープリンちゃんの正体についてはあまり衝撃を受けていないらしい。まあ、私とマンゴープリンちゃんがただならぬ関係だってことは薄々気づいていたみたいだから当然かもしれない。
「ウチだって最初はちょっとビクビクしてたもん。でも、ウチにはお姉がいるし、なんとかなるかなぁって思ってたのもあるかも」
「もう……。あんまり頼りにならないかもしれないけど、何かあった時は相談に乗るくらいはできると思うよ」
「ありがとう、お姉!」
木乃葉は嬉しそうに笑う。その笑顔を見てると、自然とこちらも頬が緩んでしまう。
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