第16話 パート・ド・フリュイ

 魔法少女ではない私にとって、それが一番木乃葉を守ることに繋がるだろう。危険には近づかず、できるだけ逃げるとか。変な正義感を発動させたりしない……とか。


「いや、そうじゃなくて……あの……お姉がウチのことを……?」


「うん、大好きだよ」


「うそ……」


「ほんと」


「うぅ……うれしい……」


「木乃葉が喜んでくれるなら何度でも言ってあげる。私は木乃葉のこと大切な妹だと思ってる。……木乃葉が打ち明けてくれる前からずっとね」


「……お姉っ!」


 木乃葉が抱きついてきた。その私よりも豊満な感触に一瞬だけイラッとしたけれど、今はただこの存在が愛おしかった。

 私は木乃葉を抱きしめ返した。抱擁ほうようなんていつぶりかなとぼんやりと考える。記憶にない。きっと、うんと小さい時だろう。木乃葉はそんな昔の私と重なって見えた。うん、間違いない。この子は正真正銘私と血の繋がった妹だ。


「これからはもっと素直になっていいよ。私は木乃葉のお姉ちゃんなんだから」


「うん……ありがとうお姉。ウチ、頑張るよ……」


 木乃葉の目尻に溜まった涙を指先で拭いながら微笑む。木乃葉は頬に朱を差しながら嬉しそうに笑っていた。


「じゃあさ、帰ったらイチャイチャセックスしよ!」


「はぁ? しないよ?」


 木乃葉はまた変なことを言ってくる。そんな木乃葉の頭をはたくと、彼女は「いってぇ……」と笑う。きっと照れ隠しのつもりで言ったのだろう。


「……この、バカ妹」


 そして、私たちはどちらともなくキスをした。軽く触れるだけの軽いものだったけど、それでも今までで一番幸せな時間だったと思う。

 ずっとよく分からないやつだと思っていた木乃葉の気持ちがやっと理解できたのだから。



 それから私たちが帰宅したのは日が完全に暮れてからのことだった。どこに行ってたんだ? と聞かれて、二人で誤魔化したりして、その後はお母さんに少し怒られたりした。

 木乃葉との距離がグッと縮まって、家族としての関係が深まった気がした。



 ☆☆☆



 翌日、学校に行くとまたしても緋奈子に真っ先に声をかけられた。


「ハルちゃん、昨日魔法少女協会で襲撃騒ぎがあったらしいんだけど、あれマンゴープリンちゃんのせいでしょ?」


「……」


「やっぱりそうなのね。でも、どうしてあんなことになったの?」


「……」


「ちょっと、何か言ってよ。私とハルちゃんは親友でしょ?」


「えっと……その……」


 私はどうしようか迷った。昨日の一件は私と木乃葉の二人だけの秘密にしておきたいのだ。それに、まだ緋奈子には木乃葉がマンゴープリンちゃんだってことは言うわけにはいかない。緋奈子にも迷惑がかかるかもしれないし。


「ごめんなさい、言えない」


「なんで!?」


「どうしてもダメなの」


「むぅ……最近ハルちゃんいじわるだよ……」


 緋奈子は頬を膨らませていじけてしまった。でも、本当に言えないものは仕方がない。いつか話せる時が来るまで待ってもらうしかない。今は余計なことを話して緋奈子や木乃葉を危険に巻き込みたくないのだ。


「ごめん、ヒナちゃんのことを思って黙ってるの」


「えっ……それってどういう意味……?」


「あっ、チャイム鳴っちゃう! 」


「えっ、ちょっ……ハルちゃん!」


 私は逃げるようにして自分の席に向かった。



 午前中の座学を乗り切り、一人で昼食をとる。緋奈子と一緒にいるのはなんとなく気まずかった。緋奈子もそんな私の気持ちを察してか、そっとしておいてくれている。


 午後の最初の授業は体育だった。体操着に着替えてグラウンドに出ると、ふと違和感を感じた。空が異様に暗い。だが、雨が降りそうかといわれるとそうでもない。──この景色に見覚えがあった。クラスメイトたちも何事かとソワソワしている。


「ヒナちゃん……」


 私は緋奈子に声をかけた。緋奈子は真剣な表情で頷く。


「うん、間違いない……デストルドーが現れた時と同じだね」


「大変……!」


「とにかくみんなを安全な場所に避難させて原因を見つけ出そう」


 緋奈子はクラスメイトの前に立つと大声で呼びかける。


「みんな、落ち着いて校舎の中に避難して!」


 突然のことに困惑していた生徒たちも、その言葉を聞いて動き出した。


「さあ、私達も行こう」


 緋奈子が私の手を取る。

 私は周りを見渡す。今のところヴィランらしき姿は見えない。だけれど、この音羽市になんらかの異常事態が発生しているのは明らかだった。もしかしたらデストルドーやそれ以上のヴィランが現れるかもしれない。


「そうだね、急ごう」


 生徒たちが校舎の中に逃げ込んだのを見届けると、私と緋奈子も続いて校舎に入ろうとした。

 その時、何か黒いものがものすごい勢いで私たちの目の前に着地した。


「うわぁ!」


 驚く私の前で、ソレはゆっくりと立ち上がる。

 奇妙な見た目だった。首から下は人間にそっくりだが、その首は犬にそっくりで、オマケに2本生えている。はっきり言って気持ち悪い。

 そいつは犬の首のうち右側の口を開き、低く不気味な声を発した。


「……我ガ名ハ、冥界七将──『暴食』ノ【ベルゼバブ】。貴様ラガ『ヴィラン』ト 呼ブ者 ダ……マンゴープリン ハ 何処ダ?」


「は? 喋ったこいつ!」


「マンゴープリンちゃんが目当てなの!?」


 私と緋奈子が同時に叫ぶと、ベルゼバブと名乗ったヴィランは犬の首をボキボキと鳴らせた。


「我、強者トノ戦イヲ望ム。──マンゴープリン ハ 何処ダ?」


「ざ、雑魚に用はないなら見逃して貰えないかな?」



「…………」


 緋奈子の問いかけに対して、ベルゼバブは無言で右手を振り上げる。するとその腕は巨大な爪を持った獣の腕へと変化した。


「ひっ……」


 緋奈子は悲鳴をあげると、私の後ろに隠れる。


「貴様ラヲ襲ウト、マンゴープリン ガ 現レル……ソウ聞イタ。早ク、マンゴープリン ヲ 呼べ」


「マンゴープリンちゃんを呼び出す? 私はそんなこと出来ないよ?」


 私がそう尋ねると、ベルゼバブは再び犬の頭を持ち上げて低い声で笑う。


「フッ……愚カモノメ。デハ、死ヌカ?」


「くっ……! 話が通じない!」


「当たり前だよヴィランなんだから!」


 緋奈子の言葉に私はハッとした。確かに、この怪物に話し合いなんて通じるはずがない。


「やるしかないみたいね……」


 緋奈子はそう言うと、ポケットの中からミニチュアのフォークを取り出す。変身アイテムだ。そして、光り輝くフォークを右手で持って天に掲げると──叫んだ。


「ミラクルスイーツ・アドベント!」


 フォークから溢れ出た光が緋奈子の右手を──上半身を──全身を包んでいく。

 光の中から姿を現した緋奈子の髪は銀色に染まり、魔法少女【マカロンショコラ】に変身した。


「シャイニングチェンジ! 外はカリッと中はフワフワ、フランス生まれのスペシャリテ! 魔法少女【マカロンショコラ】、エンゲージ! です!」


「えっ、それ毎回言わないといけないの?」


「様式美だからね!」


「そう……」


 どうやら変身セリフには決まりがあるらしい。まあ、ちょっとダサいとはいえ、基本的にはかっこいいし別に良いんだけど。


「我ハ貴様ナゾニ興味ハナイ。【マカロンショコラ】」


「ハルちゃんは下がってて、こいつは私が……!」


 緋奈子は私を庇うように立つと、巨大化したフォークを構えてベルゼバブと対峙した。


「気をつけて、そいつはデストルドーと同じかそれ以上に強いよ!」


「わかってる」


 緋奈子はじりじりと後ずさりしながら間合いを測っている。対するベルゼバブは特に反応を示さずに、黙って緋奈子の様子を眺めていた。

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