第13話 ガレット・デ・ロワ
☆☆☆
放課後、またしても校門の前で楓花が待っていた。
「やっほ〜! おつかれー?」
楓花は相変わらずテンションが高めだ。これが彼女の持ち味なんだろう。
「ところで、魔法少女協会ってどこにあるの? まだ説明受けてないし……」
「あ〜、ごめん。言うの忘れてた。今から行くよ」
「いや、ちょっと待って。場所くらい教えてくれても良くない? さすがに怖いんだけど……」
「大丈夫だよぉ。そんな怪しいところじゃないし。ほら、行こ?」
楓花は有無を言わさず、私の手を引いて歩き出した。
「ここが魔法少女協会の本部だよ」
着いて早々、私は絶句した。そこは駅からほど近い大きなビルで、入口には警備員まで立っているような高級感溢れる建物だったからだ。
魔法少女協会の本部が首都圏から離れているこの音羽市にあるということも驚きだったけれど、そもそも私の住む街にこんな建物あっただろうか。まるで幻のようだ。
ビル名も標識も、このビルの正体を示すものは一切見当たらないのも不気味だった。
「あ、あの……本当にここで合ってる?」
「うん? もちろん。ほら、入るよ〜」
楓花は私の手を引いたまま入っていったので、私は慌ててついていった。
中に入ると受付があり、美人なお姉さんが座っていたので、楓花と一緒に声をかけることにした。
「こんにちはぁ。コットンキャンディーです。今日は新人さんの見学に来ましたぁ」
「音羽市担当魔法少女のコットンキャンディーさんですね、確認しました。奥で会長がお待ちです」
楓花が身分証のようなものを見せると、お姉さんが頷く。
「はぁい。では、案内お願いしますねぇ」
「はい。こちらへどうぞ」
お姉さんに連れられ、エレベーターに乗り込む。
「ねえ、会長さんって魔法少女協会で一番偉い人だよね……? 聞いてないんだけど……なんか緊張してきたよ」
「マスター──会長さんはいい人だから大丈夫だってぇ。リラックス、リラックスー」
「そんなこと急に言われても……」
私がそう言った瞬間、チンッという音とともにドアが開いた。
「着きました。どうぞ中に。」
「失礼しまぁす」
私が恐る恐る足を踏み入れる。すると、ガラス張りで高級そうな家具や同じく天板にガラスが使われているオシャレなオフィスには、一人の男性が立っていた。
「……君か、新しい魔法少女候補というのは」
その男性は威厳のある声でそう言い放った。
私は思わず息を呑む。
「はい。本日はよろしくお願い致します」
私は深々と頭を下げた。
「ああ、楽にしたまえ。ここはそういう堅苦しい場ではない。まあ、座りなさい」
彼はソファを指し示しながら私にそう促した。
「は、はい。失礼します……」
私は言われるがままに腰掛ける。
「自己紹介がまだだったな。私は魔法少女協会の会長をしている
「えっと……はい。私は大嶋遥香っていいます」
「知っているよ。君のことは全てそこの【コットンキャンディー】が話してくれてね。──先日はうちの魔法少女を助けに動いてくれたみたいじゃないか。私からも感謝を述べさせてもらおう」
そう言ってマスターは私に頭を下げてきたので、恐縮してしまった私は両手をぶんぶんと振った。
「いえいえ! たまたま通りかかっただけというか……! むしろ助けたのは私じゃなくてマンゴープリンちゃんで!」
「それでも、だ。力を持たない者がヴィランに立ち向かうのは相当な勇気がいる。本来は我々、協会の魔法少女のみで一般人を守らなければならなかったのだが……」
マスターが悔しげに顔を歪める。
彼の表情から察するに、やはり魔法少女協会はマンゴープリンちゃんの力を買っていて、仲間に引き入れたがっているようだ。
「いやぁ、あの時はホント大変でしたよぉ。わたしも死んじゃうかと思いましたもん。遥香ちゃんとマンゴープリンちゃんがいなかったらあのままミンチになってたかもー」
楓花はあっけらかんとした態度で、とんでもないことを言う。
「いや、そんな軽く言わないでよ……。私だって、もうダメだと思っちゃったんだから……」
私は苦笑いを浮かべながら、楓花の肩を叩いた。
「まあまあ、結果的に無事だったわけだし。細かいことは気にしないでいこうよぉ。遥香ちゃんが魔法少女になれたら、みんなで力を合わせてヴィランと戦えるんだからさぁ」
「その通りだ。遥香くんに魔法少女としての力を授けるのは、共に巨悪に立ち向かって貰いたいからというのが私たちの考えだ」
楓花の言葉に同調してマスターも頷く。
私も魔法少女になることには異存はなかったけれど、一つだけ確認しておきたかったことがあった。それは、昼間に緋奈子に言われたことだ。
「あの、魔法少女になるのはいいんですけど、その……代償としてなにか大切なものを失うというのは本当でしょうか?」
私の質問を聞いた楓花は「あちゃー」と言いながら額に手を当てていた。
「その話は聞いているのか。なら話が早い。そのとおり、魔法少女となるにはそれ相応の対価を支払う必要がある。──だが、安心して欲しい。魔法少女となれば、失ったものを取り戻せるだけの力は手に入る。いや、それ以上のものが手に入ると言ってもいいだろう」
マスターは真剣な眼差しを向けてくる。どうやら、嘘は言っていないらしい。
「ちなみに楓花──コットンキャンディーちゃんは何を対価にしたの?」
「わたしは寿命かな。まぁ、長生きしてもいいことないかなって思ってたからねぇ」
「そっか……」
だとしたら、マンゴープリンちゃんになった木乃葉や、マカロンショコラになった緋奈子はいったい何を対価にしたのだろう……?
「ふむ。悩んでいるか。まあ無理もない」
マスターが顎をさすりながら言う。
「は、はい……」
私は俯きがちに答える。
「今すぐ決める必要はないが、時間か限られている。──ここ最近ヴィランの襲撃がないのは、大掛かりな攻撃を計画しているからだという情報もあってな。迎え撃つ魔法少女の数が足りていない」
マスターは眉間にシワを寄せた。
「なりふり構っていられないというわけですか……」
私は唇を噛む。私が魔法少女になれば、マンゴープリンちゃんや緋奈子たちを救うことができるかもしれない。だけど、そのために何かを犠牲にするのはやっぱり怖い。それに魔法少女になるということがどういうことなのかまだよく分からないのだ。
「ああ。だから君に魔法少女になって欲しい。そして共にヴィランをと戦って欲しい。……無茶な頼みなのは分かっている。しかし、今我々は一般人を守れるか守れないかの瀬戸際に立っている。もう後が無いんだ。頼む」
マスターが頭を下げた。楓花も一緒に頭を下げる。
私は二人を見て、胸の奥がきゅっとなった。
「わ、分かりました! 私、やります! 魔法少女になります!」
「本当かい!?」
「はい!」
「おお……! ありがとう、遥香くん!」
「やったぁ! これでわたしたちも救われるよぉ!」
二人は飛び上がって喜んでいた。
「では早速契約の準備に入ろう。【コットンキャンディー】、遥香くんを別室へ案内してくれ」
「はーい! こっちだよー」
楓花は嬉しそうにスキップしながら部屋を出て行った。
「遥香くん、本当にありがとう。この恩は忘れないよ」
マスターが私の手を握る。その温もりを感じながら、私も笑顔を浮かべて言った。
「いえ、お礼を言うのはまだ早いですよ。これからです」
私はマスターの手を強く握り返す。
「そうだな……。よし! 遥香くんが立派な魔法少女になれるよう、私もサポートさせてもらうよ!」
マスターも私の手を力強く握ってきた。
「はい! よろしくお願いします!」
「うむ。任せてくれ」
私とマスターはお互いの目を見つめ合う。そこには固い決意があった。
(魔法少女になる……。それがどんなことなのかまだ想像できないけど、きっと大変なんだと思う。でも、みんなのために頑張らなくちゃ)
こうして私は魔法少女となることを決意したのだった。
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