音のない音楽
KeI
音のない音楽
ある日のことです。わたしがベッドの横にある椅子に座り、うとうとしていたところに、なにかしらの囁き声が聞こえてきました。あたりを見渡しても病室にはわたしとベッドで寝ている祖母しかいません。わたしが腰を上げベッドの方に近づくと、祖母はなにか呟いていました。私はおもむろにポケットからメモ帳をとりだし祖母の声に耳を傾けました。
祖母の付き添いを母から言い渡されたのは、3カ月ほど前になります。母が夜勤のシフトに入ることになったので、よろしくとのことでした。心なしか母は少し嬉しそうでした。それまで昼は祖母の妹が夜は母が付き添っていましたが、その日から母に代わり夜はわたしが病院に行くことになりました。
わたしが大学を中退したのは入学して2度目の夏を迎えたころです。特別な理由はありませんでした。親しい友人などはいなかったですし、講義への興味はとっくに失せていて通う意味がないように感じたのだと思います。中退した後はアルバイトしつつも暇を持て余していたので、母のお願いもすんなり受け入れました。
付き添いと言っても特にすることはありません。祖母が起きて大きな声で話し始めたり外にでようとしたり、わたしが手に負えないことをし始めると看護師さんを呼ぶだけです。その時以外は仮眠をとったり、端末を見たりしながら過ごしていました。
ただ一つ気になることがありました。それは祖母の寝言です。はじめは気にしないように努めていましたが、なかなか声が大きくさらに長いためどうしても意識がそちらに向いてしまいます。わたしは諦めて祖母が寝言を言い始めたら最初から最後まで聞くことにしました。
寝言の口調は日によって変わり、話し手も祖母だけでなく性別も年齢もさまざまな人が登場しました。わたしは聞いているうちに面白くなりメモをとることにしました。
ここに書き記すのはその記録です。あまりにも支離滅裂なものを除き、最後まで聞き取れたものを並べたものです。なかには話が飛び飛びになったものをわたしが勝手に繋げたものもあります。ちなみに音楽に関連する話が多いのは祖母がむかし地域の合唱団や音楽隊の指揮者をしていたことがあるからでしょう。
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