番外編 リバースレイド*レイシアⅧ

 私はノックせずにドアノブを回し、元病室に入る。

「あっ、」

 雑巾がけをしていたメイドが驚いて後ずさりした結果、バケツに入っていた水が床にこぼれる。

「大丈夫?」

 メイドは、数枚の雑巾で水をごしごしと拭いているから、私も手伝った。


「ご迷惑をおかけし、申し訳ありませんでした」

 謝罪を乞うようなことを私はしただろうか。

「いや、それより。荷物をすぐにまとめてほしいんだけど」

「かしこまりました」

 礼儀の良いお辞儀をしたメイドは、私とリーナの皮のカバンにドレスや下着を詰め込み始める。

「夕までによろしくね」


 私は部屋から出て、お父様とお母様の部屋に向かった。

 ノックし、合図がある前に部屋に入る。

「準備は頼めた?」

 お母様は膝にリーナの頭を乗せ、頭を撫でながら私に目を配る。

「うん。夕までに終わらせてくれるみたい」

「そう」

「お父様は?」


 お母様は伯母様と使用人の足止めを頼まれていたはずだが。

「お父様は伯母様と話に行ったわ。私はお留守番」

 身内同士で話すと、ヒートアップする可能性があるからか。

 確かに、お母様は気分が悪くなると口も比例して悪くなる。

「…正しい選択、そう思ったのね?」

 私は頷くと、お母様は呆れつつ、乾いた笑いを零した。


「さすがお父様の子。七歳でここまで頭がいいとはねぇ」

 手招きされたから、私はお母様の元へ行くと、頭をぐしゃぐしゃに撫でられた。

「こんな贅沢な生活はこれからできなるかもしれないから」

「アイリスはそんなに貧しいの?」

「いいえ。持っていくお金も十分贅沢に暮らせるけれど。アナタたちの学費を考えたら、一般市民並みの暮らししかできないから」

 ごめんね、と付け足して、お母様は窓の外を見ながら口をつぐんだ。



 ◇◇◇



 私は深呼吸を繰り返しながら、奥方の屋敷の無駄に長い廊下を歩いている。

 ふぅ…。

 数十秒歩くと、奥方の執務室の大きな扉が見えてくる。

 もう一度深く深呼吸すし、ノックした。

「ガレア・ローデンです。今よろしいでしょうか」

「…どうぞ」


 中に居たメイドが扉を開いてくれたので、私は堂々と部屋に入る。

「お忙しいところ、申し訳ありません」

「そんなこと、どうでもいいの。何か用?」

 ぶっきらぼうにそう答えて、視線を逸らす奥方。

「アイリスに出張することになりまして。明日出発する予定を伝えるために参りました」


「そう。それで?」

「僕たちに今後一切干渉してほしくなくて」

 僕。久しぶりに使った気がする。

 お兄様が追放されて以来、使っていなかった本来の一人称。

「そんなこと気にしていたの?」

 あざ笑うようにそう言い、手を鳴らした。

「紅茶を頂戴?」


「ガレア様も分も?」

「ええ。すぐに持ってきて頂戴」

「かしこまりました」

 メイドは扉を開くと、礼儀良く腰を折り、部屋を出て行った。

 本意ではないが、奥方は私に話すことがあるらしい。


 私は奥方と視線をばっちり合わせて、メイドの帰りを待った。

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