バラン

 それから二度ほどのモンスターとの戦闘は僕一人で切り抜けいよいよ頂上に差し掛かった時、足元の雪が完全に無くなり寒さも一気に和らいだ。


 その瞬間、僕に纏とわれていた魔力が消えた。晒された素肌には春の日の穏やかな風がくすぐり、甘い花の香りがやってくる。


「着いた……」


 僕の呟きにバランさんが続く。


「あぁ…やっと着いたな。ここが【世界の屋根】か……」


 そう言って防寒着を脱ぎ捨てるバランさん。その横には既に防寒着を脱いだリアンさんとガルバラットさんも立っていてる。


 そしてその先、【世界の屋根】と呼ばれる山脈の奥に広がる眩いばかりの緑の草原が広がる中央に、ここからでもはっきりと分かる巨大な竜がこちらを睨みつけていた。


「あれが……竜王……」


 遠く先に居るはずなのに此方にかかるプレッシャーは今までのモンスターなんか比ではなく、僕ですらこの異世界に来て初めて恐怖を感じる程だった。


 その竜王が立つ足元には白い花が群生している。


「あれが白花はっかか。厄介な所で咲いていやがるな」


 その声を聞いたリアンさんは視線をそのままで言った。


「どうするバラン、とてもあそこにはたどり着けそうに無さそうだけど」


 さらにガルバラットさんが続く。


「バラン、何かいい考えがあるの?このままではラチがあかないわよ」


 三人が僕を無視するかたちで会話を始めるのは珍しかった。



 ━━━━━━━━━━━━━━━



 話は【世界の屋根】にたどり着く前の、僕がひとりで戦っていた時に戻す。



「ちょっとバラン、どうするの? この寒さじゃ私達の方が先に倒れちゃうわ」


 凍えながらリアンが言ってくるが、この寒さは想定外すぎてこっちまで倒れちまいそうだ。


 先遣隊の奴らは一体何を調べてきやがったのかと、憤って仕方ねぇ。


「おいガルバラット、この寒さは後どれぐらい続きそうか分かるか?」


 そう言いながら睨みつけると、ガルバラットも震えながら先を歩くカイトを見ながら小声で答えた。


「雲間の切れ目が大きくなってるからもうすぐ収まるハズよ、兄さん」


 昔から天気を読むのが得意だった妹だけに、その言葉は大いに信用出来た。


「だったら気合いで乗り切るしかねぇな。モンスターが出りゃ勇者様がやってくれるって言ってくれたしなぁ」


 ガルバラットは小声で言っていたが、頂上からの吹き下ろしの風のお陰でカイトにゃ聞こえねぇ。だから普通に会話したところでどうってことはねぇしな。


「ヤバい、またモンスターよ。しゃがんでっ!」


 そんなリアンの声に俺もガルバラットもその場に屈みこんでカイトの様子を眺めた。


 相も変わらず軽装で剣を振るいやがるカイト。その強さは散々見せつけられたが、ハッキリ言って気分が悪ぃ。


 他の世界からやってきたってだけであの強さ。更に勇者の剣を手に入れて魔力までも飛び抜けやがる。


 この世界に生まれた者は死ぬほどの鍛錬を乗り越えて手にした能力なのに、それを簡単に凌駕しやがるクソ野郎。


 ただまぁ、アイツのお陰で国境のモンスターを倒せたのはデカかった。


 その後、国境に兵士を向かわせ隣国に攻め込めたのは事実だしな。


「そうね、お陰で領土も広げることが出来てるしね。後は白花はっかを国王様が口にして不老不死の力を得たら、私達は遊んで暮らせるようになるんだし。正に勇者様さまね」


 違ぇねぇ。アイツのお陰で王国の悲願が、野望が達成されるんだから国王もホイホイと女を向かわせてんだろうよ。


 すると、ガルバラットが顔を歪めて言葉を吐き捨てた。


「あのエロ男、気持ち悪い」


 まぁ毎日毎日女を取っかえ引っ変えしやがって羨ましい限りだが、男を籠絡させるのにゃ最適だろうしな。


「あんたねぇ……」と、睨みつけてくるリアン。昔からヤキモチ焼きな女だが、そんな所も可愛らしくってついつい激しくヤっちまうんだが。


「もうつ!」と顔を赤らめてそっぽを向くのも庇護欲をそそりやがって仕方ねぇ。


 今晩も盛り上がっちまいそうだ。


 ただ、それには【世界の屋根】に咲く白花が必要で、何がなんでも摘み取って王宮に帰らなければならねぇ。


 なんせ何十年に一度しか頂上を拝めねぇ『嵐の隙間』に合わせて勇者を召喚したんだから、是が非でも成功させなきゃならねぇしな。


「でも大丈夫かなぁ? 竜王を見て逃げ出しちゃうんじゃない?」


 と言うリアンの心配は分からねぇでもねぇ。しかし、そうならねぇ人材に焦点を当てて召喚してるって聞いてるから問題はねぇんだと思うんだが。


「どういう事? 兄さん」


 そう言いながら戦い続けるカイトから俺に視線を持ってくるガルバラット。気がつけばリアンまで俺を見ていやがった。


 そんな二人に召喚士のオッサンが教えてくれたことを聞かせてやった。


「なんでも義理堅いヤツに焦点を当てて召喚したらしいぜ。カイトは俺たちよりは若ぇが年寄り並に義理堅いらしくてな、ついでにアイツの頭ん中に鑑賞して絶対に裏切られないようにしているとかなんとか言ってたな」


「なるほどね。だから国王様はカイトに手厚い接待をやってたって訳か。それに、私達も頑張ったしね」


 なんて言うリアンだが、確かに俺達は頑張った。


 ハッキリ言っちゃあ何だが、俺達三人はガキの頃からの仲だけに家族以上の絆を深めちまっている。


 まぁ、ガルバラッドは本当の家族だが。


 だから何人たろうと寄せ付けたく無かったが、国王が領土とその後の保証を、一生遊んで暮らせる財産をくれるっつうから我慢してアイツと接した。


 男にヘラヘラすんのはクソ喰らえだったが、根性で乗り切った。そしてそれも今日までだ。


 白花を手に入れればこんな所から速攻でおサラバだし、アイツの顔を見なくてすむ。


「でも大丈夫なのかな? 兄さん。カイトは竜王を倒してくれると思う」


 そんな疑問を投げかけてくるガルバラットに笑顔を見せて答えてやった。


「別に竜王を倒せなくっても問題はねぇ。要は白花さえ手に入れりゃそれでいいんだよ。それに、例えあの剣で強くなっても竜王と四天王の呼ばれる四体の竜が出てくりゃ勝ち目はねぇだろう。そうなる前に俺達は白花を手に入れてトンズラだ」


「何かいい考えでもあるの?」っと言うリアンに俺は親指を立てて見せた。


「任せとけ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る