液状化アイスクリーム

小狸

第1話

 一緒にアイスを食べようと思って、机の上に用意していた。


 カップに入った、少し高いやつである。


 私はバニラ味、相方はストロベリー味である。


 彼氏はいつも通り、一分の遅れもなく私の家のチャイムを押した。

 

 夏の暑い日である。


 こんな日にわざわざ会いに来たいだなんて――変わり者である。


 まあ、それでも、愛してくれるなら、別に何でも良い。


 誰でも良い。


 何人でも、良いのだ。


「やあ、こんにちは」

 

 彼氏はそう言って、柔和な笑みを浮かべた。

 

 そう言えば彼の夏服を見るのは初めてだったように思う。

 

「夏服も格好良いね」と言うと、「ありがとう」と返ってきた。


 大概男は、格好良いという台詞に弱い。


 特に彼のような、内向的な人間はそうだ。


 そして私のような容姿の整った者にそう言われることによって、そういう序列が彼の中に作られる。


 『自分もこの女と同列でいられる』という自覚を持つようになる。


 後は、大学生の男なんて簡単である。


 性欲の塊みたいなものだ。


 今日だって、きっとなのだろう。


 そんな風に思いながら、適当に彼を招き入れようとした。


 しかし、どこか素っ気なかった。


 暑いからかバテているのか分からないけれど、妙に対応がしおらしい。


 それに、かたくなに私の家に入ろうとしなかった。


 パパから防犯のためだと、せっかく良いアパートに住まわせてもらったというのに。


 どうしたのだろう。

 

 少し声色を変えて、誘ってみた。


「あのさ」


 彼は言った。


「別れたいんだ」

 

 その言葉の意味を嚙み砕くまでに時間が掛かった。


 その後に何か色々と言っていたような気がしたけれど、全て頭の中を通ってどこか別の場所へと飛んで行ってしまっているようだった。


 結婚を考えていたとか、不倫は嫌だとか、他にも付き合っている人がいるのはおかしいだとか、良く分からないことをつらつらと述べていた。


 私にとって何より衝撃だったのは、この私がフラれたということだった。


 この私が、だ。


 フることはあっても、フラれることがあるとは、思っていなかった。


「ねえ、ちょっと待ってよ、何、何が悪かったの?」

 まるで負け犬のような台詞を、彼に吐いてしまった。

 

 私の手を、彼は汚いものを見るように払いのけた。


「触らないで」


「え、ちょ――ちょっと、ちょっと待ってよ、なんで」


 そんな風に男から拒絶されたことなんて、今までなかった。

 

 私が触れれば、皆受け入れてくれたじゃないか。


 私が近付けば、皆笑顔になってくれたじゃないか。

 

 どうして私の元を離れる?


 どうして私の、思い通りにならにあ。


 理解、できない。


 内向的な性格だとか、男は単純とか思ったことが悪かったの?


 ねえ、何とか言ってよ。


 謝るからさ。


「僕は、君のことを知ったんだよ。知って、これ以上は付き合えないって思った。だから別れたい」 


 別にこいつ以外にも男のストックはいくらでもある。


 私に好意を持ってくれている人はいくらでもいる。


 だから全然平気なはずだろう。


 いつも通り、ヘラヘラ笑って誤魔化せば良いだろう。

 

 なぜか私の心は、締め付けられるように苦しかった。


 なんだ?


 どうして、こんなに痛い?


 そのまま、彼氏を追うことができないまま呆然としたまま、私は玄関に取り残された。


 どれくらい時間が経ったか分からない――ぼーっと、現実を受け入れられないまま、部屋の中へと戻ると。


 机の上に出したアイスが、二つ。


 全て溶けていた。



(続)

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