物理でまかり通す!(※強いのはデッキブラシのほうです)

第一章 異世界初心者

1-1 理不尽はいつだって唐突

 天草あまくさきょうの前世は大罪人である。


 それは、たかだか十年と九年八ヶ月を生きた小娘には、余りにも重い業だった。業としか言いようがないくらい、運がなかった。


 万年おみくじで凶を引き、道を歩けばスリにあい、目の前に看板が落ちてくる。人違いで通り魔に刺されそうになったことだってあった。運の絡むゲームはいつもビリッけつ。


 故に、周りからは『貧乏神』または『人生のファンブラー』だと囁かれ、終いには、前世でやらかしたツケを今世で払っているとまで言わしめた。それが、"天草京"という女だった。


「今もそのツケを払うために、夏休みに掃除にきてるって? ハッ、んなわけ」


 誰が前世大罪人か。冤罪も甚だしい。心のなかで、もはや誰が言い出したのかわからないため、イマジナリーいじめっ子を作り出してそいつに文句をいう。

 くじ引きで掃除当番を引き当てたぐらい、居眠り運転のトラックに轢かれそうになった時と比べればどうってことはない。規模が違うのだとふんぞり返った。


「大体、夏休みの最中にワンフロア一人で掃除とか、正気の沙汰じゃないよ。ボランティア活動の一貫? 私立大学なんだから清掃業者を雇えよまったく」


 掃除中愚痴を吐いたところで、ボランティアの学生が増えるわけではない。――もう、いっその事バックレてしまおうか。


 京が不真面目なことを考えながら廊下を歩いていると、ブォンという擬音がどこからか聞こえてきた。


「え、めっちゃきもい。いまの音なに?」


 耳を澄まし、音の原因を探る。どうやら視聴覚室からしたようだった。視聴覚室の薄く開いた扉からは、微かな光が漏れている。


「誰かいる……?」


 遮光カーテンが閉まったままの部屋。スクリーンがおりていて、プロジェクターが動いていた。室内に人影は無い。


「何これ」


 プロジェクターがスクリーンに映し出していたのは、真っ白な背景に一言だけだった。


『刺激が欲しくない?』


 大学のPRの文言だろうかと首を傾げ、いや違うなと否定した。私の大学のPRの文言が、こんなダサい一言な訳がない。京はあまりのダサさに半目になった。


 カチャッ。


「は?」


 きっと学生がいたずらしてそのままにしたのだろうと決めつけ、プロジェクターを止めようと伸ばした手は、勝手に切り替わった画面のせいで止まる。


 カチャッ。


『最近退屈じゃない?』


 カチャッ。


『楽しいことがしたくない?』


 カチャッ。


『異世界に興味ない?』


 だれも何も触れてないのに、スクリーンの文字がどんどん流れていく。前述のとおり、室内に人影はまったく無い。


「きもいきもい。なんで勝手に動いてるの? まじで気持ち悪いって」


 薄暗い部屋に勝手に動く機械など、気味が悪いにもほどがある。京はドッキリ企画かなにかを疑った。


 カチャッ。


『ドッキリじゃないよ』

「うわ、反応した!」


 やはり、室内に誰かが潜んでて、近くで様子を観察してる。そうに違いない。そう思って近くの机の下を覗いてみたが、誰かが隠れている訳ではなさそうだった。


 カチャッ。


『そんなとこに、オレはいないよ』

「ねえ、ほんとうきもいし怖いんだけど。どこから見てるの?」


 カチャッ。


『きもいだなんて酷くね? オレはえらーい神さまなのに』

(神さま。すごい。すごい胡散臭い)


 カチャッ。


『いま、胡散くせーって思ったでしょ』


 京はスクリーンからスッと顔を逸らした。


 カチャッ。


『その態度、人間のくせになまいきー』


 カチャッ。


『初回だし、出血大サービスで村とかを拠点にしてやろうと思ってたけどやーめた!』


 カチャッ。


『オレの考えたさいきょーでさいこーに面白い、"急転直下、高難易度異世界転移コース"に予定変更しまーす!』

「はぁ……(急転直下、高難易度異世界転移コース? なんだその不穏なワードは)」


「てなわけで、はいこれ」

「エッ、アッ、はい……?」


 いきなり横から何かを渡され、ほぼ反射で受け取ってしまう。手元をみると、そこに鎮座するは真新しいデッキブラシ。


「……? ……???」

「じゃあ、一名様、ごあんなぁ〜い」

「ご案内? どこに?」

「下だよ、しーた」


 誰かがパチンと指を鳴らす。

 その直後だった。地面が消えたのは。


「エッ」


 ふわりと内蔵が浮く感覚。この感じは階段の踊り場でぶつけられて、階段から落ちたときの感じとよく似ていた。


「なんでええええええええええ!!」

「あはは、どんどんちっさくなってく〜」


 転移と銘打ってるがこれは転移じゃないだとか、このデッキブラシは何なのかとか。言いたいことは山ほどあったが、これだけは直接叫んでおきたかった。


「急転直下って、こういうことかよおおおおおおおおおおおッ!!!」


 遠く離れていく視聴覚室で、京がさいごに視界に捉えたのは、ローブを纏った見知らぬ男だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る