#68 望まぬ再会



 月曜日からは、通常の授業と図書当番の時間以外は学校祭の準備に掛かりきりになっていた。


 宣伝用のチラシの各クラスへ配布分を学校祭実行委員に申請して提出しに行ったり、チラシ配りや宣伝活動に関する説明会に出席したり、当日放送部で料理部の宣伝をしてもらうお願いをしに交渉に行ったりと、宣伝係として一人で忙しく動き回っていた。



 料理部の方でも忙しく、普段は週に二日の活動だがこの週だけは月曜日から毎日放課後家庭科室に集まり、学校祭へ向けての準備に忙しくしていた。


 材料を軽量して混ぜ、タネを作る人。

 伸ばして型抜きする人。

 バッドに並べてオーブンレンジで焼いて行く人。


 クッキングチームを中心に分業体制で進めており、宣伝活動の仕事が一区切りついている俺も調理の方に周り、雑用ばかりだが手伝っていた。 焼けたクッキーを並べて冷まし、冷めた物からラッピングして行き、ラッピングした物をダンボールへ入れて行く。その作業を繰り返して在庫を積んでいく。

 マニュファクチュアと化した料理部は、家庭科室にある3台のオーブンレンジをフルで稼働させて、只管クッキーやマドレーヌを量産していた。


 いつもはのんびりとしている料理部だが、この時ばかりはみんな忙しなく、次期部長が決まっているアクア先輩も赤ちゃんプレイのママモードとは違い、俺のことも「マゴイチくん!直ぐコレ運んで!それが終わったらコッチのシンクに溜まってる器具洗っておいて!」といった感じでクッキングリーダー(親方)らしくテキパキと指示を飛ばしていて、付き合ってた以前に戻ってくれたみたいで嬉しかったのだが、そうは問屋が卸さなかった。





 ◇





 学校祭1日目の金曜日。

 この日は朝から準備する為に6時前に起床して、6時半過ぎには学校に登校していた。


 家庭科室に直行すると、まだ誰も来ておらず鍵も掛かっていたので職員室へ向かうと、丁度職員室からアクア先輩が出てきて手に鍵を持っていた。



「アクア先輩、おはようございます。 俺も鍵取りに来たところです」


「マゴイチちゃん、おはよ! 朝からご苦労さまね。今日は忙しくなるけど、頑張ろうね!」


「はい、がんばりましょうね」



 アクア先輩と並んで雑談しながら家庭科室まで歩いていく。

 二人きりになるのは、夏休みに別れてからは初めてだと思う。


 学校祭の準備が始まって忙しくなると、アクア先輩は以前の様な落ち着きが戻った様で俺に対するスキンシップも随分と少なくなっていたので、こうして二人きりでも俺は気まずさは感じず、そして警戒すること無く以前の様に二人きりでも雑談することが出来ていた。


 家庭科室に到着し鍵を開けて中へ入ると、「今日はガンバルぞ!」と気合を入れつつ荷物を置いて、窓を開けて室内の空気の換気をすることにした。


 アクア先輩は、荷物を置くとゴソゴソとカバンの中からエプロンを取り出し俺の所までやってきた。


「マゴイチちゃんにコレ使って欲しいの」


 アクア先輩の手には、黄色と白のチェック柄の同じエプロンが2つあった。


「お揃いっすか?」


「うん・・・ダメかな?」


 自信無さげにそうお願いしてくるアクア先輩の表情を見つめる。


 前髪は随分と伸びて、既にオモシロ金太郎ヘアでは無くなっている。

 頬を赤らめモジモジしてエプロンを差し出す姿がイジらしく、正直言ってとても可愛らしかった。 その姿が俺が好きになった頃の女神の様なアクア先輩の姿と重なり、俺は断ることが出来ず「有難く使わせて頂きます」と言って受け取った。


 試着してみようと肩紐に首を通すと、アクア先輩が俺の背後に回り「ママが結んであげる♪」と言ってくれ腰紐を結んでくれた。


「黄色って派手過ぎないっすか?」


「ううん!すっごくイイよ!すっごくカワイイ!」


 正面に回ったアクア先輩は興奮気味にそう言うと、ガバっと俺に抱き着いて「はぁ♡」と息を漏らして頬ずりを始めた。


「ちょっとちょっと!朝からナニ抱き着いてるんすか!」


 恐るべし母性のモンスター。

 俺の油断を誘い、隙を見せた途端喰らいついてくるとわ。


 俺が振り解こうとアクア先輩の肩を押すが、驚異的なパワーでガッチリホールドされて、離すことが出来ず、「この!離れろ!」「んんん!!!」「誰か来て見られたらどーするんですか!」「んんん!!!」というやり取りを続けていると、案の定、笹山さんと長山さんがやってきて「朝から楽しそうだね」と冷静に言われ、納得がいかない俺は「アクア先輩が抱き着いて来て離れてくれないんだよ!助けてくれよ!」と訴えたが、「あー忙しい忙しい」と言って取り合って貰えなかった。


 最近の笹山さんと長山さんコンビ。以前俺の事を狂犬だと怖がっていたのがウソのようにぞんざいな扱いが目に余る今日この頃。いつか思い知らせてやる!とささやかな復讐の炎を灯すも、アクア先輩のバカヂカラを振り解くことが出来ずにいた。


 5分ほど母性のモンスターに抱き着かれたまま「この状況ならドサクサに紛れて爆乳揉んでもバレないかも?いやダメだ!そんなことしたらアクア先輩の思う壺だ!」と内心で葛藤していると、ようやく3年の先輩たちがやって来てアクア先輩を引き剥がしてくれて、アクア先輩は「黄色いエプロン姿のマゴイチちゃんが余りにも可愛くて、キュンキュンしすぎて我を忘れてました」とシュンとしていたが、俺がエプロンを外すと「あぁ~ん、ママもうちょっと見てたかったのに~!」と全然反省の色は見られなかった。



 なんとか冷静さを取り戻し、準備を始める。


 雑用&力仕事担当の俺は、不要なイスを廊下に出して並べたり、テーブルの拭き取りしたり、室内の床掃除をしたりと開店準備をしていると予鈴が鳴ったので、みんな作業を中断し自由登校の3年以外は各自一旦教室へ戻りHRに出席することになった。



 1年8組の教室へ行くと、既に大半のクラスメイト達は登校しており、みんなから「マゴイチくん、おはよう!」とか「料理部に遊びに行くね!」と声を掛けて貰えたので、一人一人に挨拶を返しながら自分の席に着席した。


 HRが終わると、1年2年は一度体育館に集められ実行委員による学校祭開会式が行われ、それが終わるとソコでそのまま解散となったので、俺は一人で急いで家庭科室に向かった。


 本当は販売開始前に家庭科室内に掲示するメニュー表やポップなんかの作業もしたかったが、入場者へのチラシ配りのスタートダッシュがしたかったので、開会式に参加せずに家庭科室で待機していた3年の部長たちに教室内のことはお願いして、俺はアクア先輩から貰った黄色いエプロンを身に着けると1年8組の教室に向かった。


 教室では数名のクラスメイト達が残ってて、俺のエプロン姿を見て「マゴイチくんカワイイ!」とか「写メ写させて!」と言われたのだが、急いでいたので「少しだけだよ~」と我ながら満更でもない態度で応じて、すぐさまロッカーに仕舞っていたチラシの束を回収して玄関へ向かった。


 靴に履き替え外へ出ると、既に来場者が来始めていたので、早速行きかう人に「家庭科室で焼き菓子販売してま~す!」と声を掛けながらチラシを手渡しして行った。


 近所の住民や生徒の家族とか、2~3人のグループでの来場者がほとんどで、どの人たちも俺が差し出したチラシは笑顔で受け取って貰えた。 しかし、朝から沢山の来場者が来てる訳でも無く30分程チラシ配りを続けたが、思った程すぐには捌けそうにないので、移動しながらチラシ配りをすることにした。



 1年の教室がある1階から順番に周り、教室には入らずに廊下に居る生徒にチラシを配り始める。


 俺が声を掛けてチラシを差し出すと、「え!?」とか「うお!?」とかビックリした表情を浮かべ、戸惑いながらもチラシを受け取ってくれた。

 その反応に、「やはり生徒の間には狂犬マゴイチのイメージが未だ残っているのだろうか。ココは料理部宣伝課課長として営業スマイルが必須だな!」と考え、普段は絶対にやらない様な、イヤ、最近はちょくちょくやるようになった爽やか風イケメンスマイルで、「料理部で~っす!焼き菓子販売してるんで~よろしくお願いしま~す!」と元気溌剌はつらつモードでチラシ配りを続けた。


 1階の4つの教室の前を歩きながら配り、次に2階へ。

 階段とかでも行きかう人に配り続ける。

 2階でも同じように、爽やか風イケメンスマイル&元気溌剌モードで声を掛けつつ配る。

 3階でも4階でも続けたが、チラシは用意していた分の半分程度しか減っていない。


 西高生らしく自主性を発揮している俺は「よし!次行くぞ!」と一人気合を入れ、職員室へ向かう。


「失礼します!」と元気よく挨拶してから職員室へ入り、手前の席に座っているドコの誰か知らない職員に「料理部です!焼き菓子販売してるんで、お願いします!」と声を掛けつつチラシを渡し、同じ様に隣の席の職員にも声を掛けてチラシを渡す。 職員室には職員が10数名程しか残ってなかったが不在の職員には机にチラシだけ置く様にして全員の席を回り、校長にも教頭にもしっかりチラシを手渡ししてから、「失礼しました!」と元気よく挨拶して職員室を後にした。



 しかし思ってた程チラシが減らず手詰まりな感じになってしまったので、ココで一旦作戦を練る為に実行委員が作成配布しているプログラムを確認して、人が集まりそうな場所の目星を付けることにした。


 体育館ではもうすぐ10時から吹奏楽部の演奏が予定されており、始まると人の出入りが止まるけど、開始前なら人が沢山集まるのではないか?と思い、急いで体育館へ向かうことにした。



 体育館では予想通り人が集まり始めていたので、正面の入り口の外に立って、「家庭科室で焼き菓子販売してま~す!」と再び爽やか風イケメンスマイルでチラシ配りを開始。


 ペース良くチラシが減って行ったので、調子に乗ってガンガン配り続けていると、ウチの制服の男女数名のグループが来たので同じ様に「料理部で~っす!焼き菓子販売してるんで、よろしく~!」と愛想よく声を掛けてチラシを渡した。


 すると、制服の上に羽織ったカーディガンのポケットに片手を突っ込んだまま空いてる方の手でチラシを受け取った女子が、「マゴイチくんだ。ウケる」と言って俺の顔を真っ直ぐに見つめてきた。


 この程度の反応ならさっきから何度もあったので気に留める程では無いのだけど、俺を真っ直ぐ見るその顔に微かに見憶えがあった。 でも、誰だったか直ぐには思い出せそうになかったので気にしないようにして、「家庭科室で販売してるんで、よろしくね~!」と再び声を掛け、行きかう他の人達へのチラシ配りを再開する為、その場を離れた。



 が、チラシ配りを再開すると、直ぐにさっきの見憶えある人が誰だったのか、思い出した。



 1年3組『柏木アカネ』

 俺が中1の時に付き合ってた元カノだ。






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