#38 夏休み最終日の憂鬱




 夏休みの最終日。

 楽しかった夏休みが終わってしまう。


 俺の部屋にずっと置きっぱなしになっていた優木会長のマクラは、昨日優木会長が家に持って帰ってしまった。 あのマクラ凄く塩梅が良くて、俺、あのマクラないと安眠出来ない体質になってしまい、今は優木会長のマクラが恋しい・・・


 って、そんなことはどうでもいい。

 夏休みが終わってしまうことよりも、明日からの事を考えると憂鬱だ。


 学校が始まると、三日前にウチにお迎えしたテンザンと日中離れ離れになってしまう。


 テンザンの奴、ウチに来る前は母犬のアキラや兄弟のムトー達とずっと一緒だったのにウチに来て急にひとりぼっちになったせいで凄く寂しそうにしてたから、庭に犬小屋用意してあったんだけど結局普段から俺の部屋に入れて寝る時とかも一緒に寝てて、そしたら俺の方がテンザン居ないと寂しくなっちまって、明日から学校行ってる間、テンザンに会いたくて泣いちゃいそうで・・・


 って、そんなことはどうでもいい。

 部活が再開すれば、アクア先輩と会うことになる。その事の方が重大で頭の痛い案件だ。



 別れて直ぐの頃はアクア先輩のことを考えると辛い気持ちになってしまうので、なるべく考えないようにしてきた。だから夏休みはアクア先輩の事は忘れようと優木会長達と毎日の様に遊んで、現実逃避するかのように過ごしてきた。 

 と、ナイーブを装っているが実際のところは、俺はやはりメンタルが強い様で、気付けばベビー服にトラウマは感じないし、ロコモコ風ハンバーグも普通にバクバク美味しく食べられる。赤ちゃんプレイはキツかったがアクア先輩との別れ自体はトラウマというほどでは無かったんだな、多分。


 問題なのは、次に直接対面した時にどういう態度でどんな風に話せばいいのかがよく分からない。


 過去に別れた彼女、アンナちゃんやアカネさんは同じクラスだったから別れた次の日からも顔を会わせていたが、二人の場合は俺の方が浮気された被害者という立場だったから、相手の事を気にすることなく存分に被害者として振舞えたので、デリケートな対応を考える必要が無かった。


 だが、アクア先輩の場合は違う。

 別れた頃は精神的ダメージあったし、多少は憎む気持ちも恐怖心もあり、完全に自分は被害者だと思い込んでいた。

 だがしかし、アンナちゃんとの仲直りを経て、俺自身にも問題があったのではないかと気づかされた。 ベビー服を着た時、フードを被った時、赤ちゃん言葉を強要された時、ヨダレ掛けを首に巻いた時、おしゃぶりを咥えた時、もっと早い段階で「嫌です」と伝えて、お互いの妥協ラインを話し合っておけば『紙おむつの悲劇』は生れなかったのでは無いかと今なら思える。


 それに俺は自分がアクア先輩に何を求めているかを自分からは伝えていなかった。

 なのに「自分ばかりが我慢して耐えている」と被害者意識を強めていた。

 俺からも「おっぱい揉みたい」「おっぱいちゅぱちゅぱしたい」と伝えていれば、アクア先輩は拒否しなかったのではないか。結局俺は童貞を言い訳にしてビビって守りに入っていたから、結果的にアクア先輩の欲求ばかりが先走り悲劇が生まれてしまったのではないかと考えるようになった。


 だから、今はアクア先輩を一方的に責める気持ちは薄れているし、自分だけが被害者だとも思ってはいない。


 それに、料理部の他のメンバーには俺とアクア先輩が付き合ってたことは言ってない。学校では隠してたからな。だから1学期は仲良かった俺とアクア先輩が2学期冒頭から気不味い空気を醸し出すと「何かあったのかな?」と心配かけてしまう。そして、その理由が「付き合ってたけど赤ちゃんプレイに耐えられずに別れました」と言えるわけがない。



 色々考えるが気持ちがザワついて落ち着かない。

 みんなと遊んで気を紛らわしたい所だが夏休みも最終日ということで、優木会長は学校に用事あるとかで今日は来ないし、アンナちゃんとアフロは、子犬引き取ってから子犬ばかり構って、この三日間俺んちには来ていない。


「いい加減現実逃避せずにしっかりと覚悟決めろ」ということになるのだろうが、やはりいざ明日から2学期!となるとビビってしまっている。


 因みに4人のグループチャットがあるのだが、この三日間はお互いの子犬の画像ばかりが貼られて、「ウチのわんちゃんが一番可愛い!」自慢のコミュニティと化しており、悩み相談などしても軽く流されてしまいそうだ。

 それに、そもそもアクア先輩のことは優木会長には話せない。 未だに5人目の彼女のことは何も話していないからな。

 アフロには話しているが、アフロにはこういったデリケートな相談は期待できない。最終的に「ウチでドーテー卒業しちゃえばオールオッケーじゃん?」とか言いだして何も解決しないだろう。


 だが今の俺には、残る一人アンナちゃんが居る。

 アンナちゃんなら元カノという立場上、同じ元カノとなったアクア先輩とのことを相談するのは有意義なアドバイスが貰えるのではないかと思える。

 仲直りして以来、俺もアンナちゃんも本音で言い合えるだけの関係が築けている。 アンナちゃんがやさぐれて悪態つく姿は何度も見て来たし、俺も当時の気持ちなんかを包み隠さずオープンにしている。お互いに遠慮する態度はかなり無くなっていると言えよう。


 元カノに他の女の子との悩み相談というのは、ちょっと気が引ける部分もあるが、だからと言って俺には他に悩み相談できる程の仲が良い友達は居ないし、アンナちゃんなら学校が違うから情報漏洩も心配無用だ。



 そういった流れで、俺はこの日の午前にアンナちゃんへ電話を掛けた。



「もしもしアンナちゃん?おはよう」


『おはよマゴイチくん。朝からどしたの?何かあったの?』


「いや、これから一緒に犬の散歩でも行けないかなって思って」


『散歩に行くのは良いけど、急だね』


「うん。テンザンが寂しそうだから、タナハシに会わせてあげたいって思って」


『そっか、ウチのタナハシもたまに寂しそうにしてるよ。これからマゴイチくんちに行けばいい?』


「いや、散歩したいから公園で待ち合わせしよう」


『うん、わかった。アッコ先輩も呼ぶ?』


「いや、アフロは声かけてない。ちょっとアンナちゃんに聞いてもらいたいこともあるから」


『そっか。 そっちが本命?』


「まぁそだね」


『じゃあ直ぐ準備して行くね』


「うん、ありがと」





 ◇





 公園に着くとアンナちゃんはまだ来ていなかったので、テンザンのリードを外してお気に入りのゴムボールで遊ばせて、俺はベンチに座ってその様子を眺めながらアンナちゃんが来るのを待った。


 5分程すると、タナハシに引っ張られ無理矢理走らされておっぱいぶよんぶよん揺らしながらアンナちゃんがやって来た。



「ごめん、お待たせ」ゼェハァゼェハァ


「いや全然待ってないから大丈夫。タナハシめちゃ元気だね」


「うん、元気過ぎて散歩の度にアンナもヘトヘトになっちゃうから大変なの」


 そう言いながらアンナちゃんもタナハシのリードを外し、タナハシはテンザンとじゃれ始めた。


「はぁ~、テンザンが相手してくれるから今日はめっちゃ楽ちん」ふふふ


 アンナちゃんはそう言って、ベンチで座る俺の隣に腰掛け、一息ついた。


「急に呼び出してごめんね。明日から学校始まること考えてたら、色々不安になってさ、それでアンナちゃんに話聞いて貰いたくなって」


「そっか、アンナも今朝はそんな感じだったかも。だから散歩誘って貰えて丁度よかったよ?」


 少し汗をかいているアンナちゃんから、女の子の甘い香りがする。

 優木会長の良い香りにはすっかり慣れたが、優木会長と同じくアンナちゃんの香りにも随分と慣れてきたことを自覚して、それだけこの夏休みに一緒に過ごした時間の長さを改めて意識した。




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