陽月騒乱⑦ 王を支える者達


 決戦が始まる少し前の事。


 ウーガでは決戦に向けたありとあらゆる準備が急ピッチで進められていた。だが時間はなかった。おおよそ把握出来る全ての情報を獲得してから、やるべき事は山ほどあった。

 プラウディア市街地に一気に近づくため、ウーガという巨大移動要塞を一気に移動させるため、大地の聖遺物を利用した飛行機能までつけようというのだから本当に大慌てだ。元々計画していたものとはいえ、ここまで急ぐ必要になることになるとは思わず、ウーガに残ることを決めた術者達は寝る暇も惜しんで働いていた。


「【白王陣】の威力を更に上げて欲しい?」


 そんな状況下において、その中心人物であるリーネにこんな頼み事をするのは、正直言って殺されても仕方ないのではないかと、ウルは思わないでも無かった。

 それくらい、ウルの依頼を聞いた時の彼女の表情は不機嫌さに満ちていた。


「そんなに嫌か」

「自分にとって完璧だと思う芸術品にケチつけられるのってどんな気分かわかる?」

「分からん」

「相手の鼻の穴に岩石突っ込みたい気分になるのよ」

「鼻と一緒に頭蓋が割れるな」


 つまり、ぶち殺すぞてめえ、と、そういう事らしい。

 今すぐ踵を返して逃げ出したくなったが、リーネは正座したこちらをまるでそこに縫い付けるかのように睨み付けてくる。どうやら納得するまで逃がすつもりはないようだ。


「で、どうしてそんな事を言い出したの。白王陣の強化もちゃんとしているでしょう」


 これまで休むことなく培い続けてきた彼女の研究が実を結び、白王陣の使い勝手は飛躍的に向上している。実際、決戦に向けてウル以外の者達も試験的に使っているが、その全員の能力は飛躍的に向上しているのを見た。


 幾多の死闘と挫折の果てに、間違いなく彼女は最強の魔法陣の使い手へと成った。


「分かってるよ……だが」


 その上で、ウルは更なる性能向上を求めた。それはこれまでウルが培っていた経験から導き出された確信からの行動だった。このままではシズクにもディズにも勝てない。あの二つの存在に、ただ「万全」を期するだけで勝てないのだという確信。


「そもそもどうしてほしいの、具体的には」

「瞬間的な火力を上げたいんだ。他の安定性とか削ってでも」

「【白王降臨】は起動速度、強化量、持続時間、消耗量、全てが極めて精密なバランスを保つことで成立しているの」


 ウルも頷く。その点については否定するつもりはない。誰よりも彼女の力をその身に受けて、活用してきたウルはそれを良く理解している。


「ここを少し削れば他が向上する。なんて都合良い真似は出来ない。どこかを削れば、途端に大きくバランスが崩れる。それでも威力上げたいと――――不足だと?」


 リーネはウルを睨んだ。


「二つの神を相手にするのに、白の魔女様の英知が、レイラインの研鑽が、不足だと」


 それを口にした瞬間殺す。


 と、それくらいの殺意が視線には込められていた。ウルは冷や汗が浮かんでくるのを感じと。だが、ウルはためらわず、それを口にした。


「不足だっごああ!?」


 次の瞬間、リーネの額がウルの額に叩き付けられた。一切の自傷ダメージを考慮していない全力であり、頭が切れて血が吹き出たが、それがウルとリーネどっちの血かわかったものではなかった。そのままリーネは倒れるウルを襟をひっつかみ、切れた額をこすりつけながら、獰猛に笑った。


「――――良いわね。素敵、最高。力不足を突きつけてくれてありがとうウル」

「……頼もしいよ、全く」


 恐るべき戦友の言葉に、頭から流れる血を抑えながら賞賛した。



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「説明したけど、火力をあげるって、言うは簡単だけど実行は困難よ」


 そうして立ち上げられた“白王陣改造計画”は、本当に僅かな時間を縫うようにして、時に同時進行で行われた戦争準備を応用する形で、ありとあらゆる分野の知識人達をも巻き込んで強引に進められた。

 そして進捗の話し合いは、【名も無き孤児院】の中で、ザインすらも巻き込んで進められる事もあった。


「継続時間を削った分だけ威力が上がる、なんて単純な話じゃ無い。それでも強引にリソースを火力に注ごうとしたら、持続時間は極限まで短くなる」


 恐らくただの一撃のみになる。と、彼女は孤児院の地下研究室のなかで力説する。神に対する対策会議を行っている最中、突然割り込まれるように始まった白王陣研究会議の参加者に突然させられたザインとグレーレは、しかし特に面倒くさそうな顔もせず真面目に話を聞いていた。(グレーレなど楽しそうにニヤニヤしている)


「で、じゃあどの瞬間を強化するかだけど」

「まあ、【魔穿】を使うタイミングだろうな」


 ウルは難しい顔になりながらそういう。現状、ウルの最大の火力はソレしかない。色欲や憤怒の竜の力も考えたが、出力勝負になるとどうしたって、同等以上の力を持っているシズクに勝てるとは思えなかった。

 だが、それに対してザインが小さくうなった。


「先も説明したが【魔断】は神にも届くが、お前では練度が足りない」

「それを補助する……は、ダメなんだったか」


 問われるとザインは、足下に転がっていた小さな石の破片を拾い上げるとテーブルにのせ、そのまま指で叩いた。途端にその石が真っ二つに両断され、隣で見ていたエシェルは目をまん丸にして硬直した。


「断ち切る、穿つ、そういった現象を極めぬき、技量でもって【権能】を再現する。補助魔術は、極論その阻害になりかねない」


 だから、強化術を自身にかけていたディズを「未熟」と断じていた。以前ここを訪ねたときのザインの言葉はウルも覚えている。つまり、ウルより遙かに濃密なる経験と鍛錬を重ねてきたディズでもまだ至れぬ境地と言うことだ。

 それを、ウルが今から身につけられるとは思えないし、強化を施そうとして逆に損なわれてしまうのであれば本末転倒も良いところなのだが――――


?」


 ――――しかし、それに対してリーネは一切怯まずに断言した。


「理屈としてはそうだが――――」

「ザインさん。貴方の凄まじい技術には敬意を払うけれど」


 剣士として、極限へと至ったザインに対してリーネが向ける視線は、どこまでも挑戦的だった。


「こっちも数百年の研鑽の果てよ。なまっちょろい“補助”なんてする気はないわ」

「だが――――」

「カハハ!やはり良いな、レイライン!」


 その彼女の宣戦布告に対して、グレーレは吹き出し、笑う。


「良いだろう。俺も知恵も貸してやる」

「珍しいな、お前からそんなことを言い出すとは」

「白の継承者だ。手を貸したくもなる」


 ザインが僅かに眉を上げる。本当に珍しいものをみたといった顔であったが、グレーレは肩をすくめた。


「それに、我らが天才の作った最高の芸術品に挑むには、良い機会だ」


 彼にしては珍しい、相手を嘲弄するようなニタニタ顔ではなく、リーネのそれにつられたような、実に獰猛な、高き壁へと挑む挑戦者の顔となっていた。



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 【ダヴィネの工房】にて


「おら!!出来たぞコラァ!!!」


 天才鍛冶師であるダヴィネが力強い言葉とともに提供されたソレは、とても小さかった。掌にのるほどのサイズの黒と白が入り交じったキューブのようにもみえる。知る者が見れば、それが最近彼が生産する魔界とイスラリアの技術融合、“魔機螺”の一品であると分かるが、それだけではない特徴がある。

 表面には非常に細かな文様と術式が刻まれている。それはリーネが描く白王陣と同じだった。ダヴィネ、グレーレ、そしてリーネの技術の結晶が今、ウルの掌の上に収まっている。


「とんでもないものっぽい」

「頭の悪い感想言うな!俺の作品がアホっぽくなる!」

《だが実際ヤバい代物だぞ?バベルの素材を勝手に使ったからなあ?》


 現在、再びバベルに戻り仕事しているグレーレの言葉に、ウルは顔を引きつらせた。


「おい」

《なあに、ガルーダを改造するための必要部品をちょおっと横流ししただけだとも》


 バレるなよ?怒られるからな。

 と、実に楽しそうな言葉とともにグレーレからの通信も切れた。向こうは向こうで修羅場らしい。バベル側のスパイ活動のような事までやりつつ、こうして素材の融通までしてくれることには心底感謝しかないのだが、純粋に感謝しづらいのは彼の性格の所為だろうか。


「おいウル、使い方は分かってんだろうなあ?」

「ああ、つっても、分かってるのは俺じゃあないけどな」


 そう言って、ウルは自分の指先にはまった指輪――――黄金級冒険者で在ることを示す指を逆側の指輪で弾いた。


「ノア」

〈ノアれす〉


 すると、黄金の指輪から聞こえてきた。これはウルだけに聞こえる声ではなく、その場にいる全員に聞こえている。

 方舟の管理者、ノアの意思は最初の段階ではウルにしか聞こえなかった。しかしノアからもたらされる情報は全員に共有しておきたいものだったため、伝達手段が必要だった。(いちいちウルが眠っては聞き出して、それを主にリーネに伝言ゲームするにはウルの知識が不足していた)

 だが、その問題は当のノアに相談したことで即座に解決した。都合の良い容れ物は誰であろうウル自身が身につけていたのだ。


「黄金級の指輪は、あらゆる魔術の付与が可能な媒体とは聞いていたがな……」

〈広い・容量・ます〉


 聞こえてくる奇妙なる声にジャインは珍妙なものを見る顔だった。まあ兎も角、この結果ノアという存在がウルの妄想の産物では無く、実在しているものであると理解してもらえたのは大変に助かった。(妄想ではないかという疑念が誰であろうウル自身にもあった)

 おかげで、“ノアの補助”を前提に作戦を組むことが出来るのだ。


「元から記録した形を再現するのでなく、状況に応じて【魔機螺】の形を変えなければ成らない。その為にはノアの補助は必須よ」

「そのうさんくせえ奴に任せなきゃいけねえのは気に入らねえがな」

〈ぴあ……〉

「泣いた……」


 泣き虫なのが玉に瑕だが、頼りになるのは間違いない。あとは実践だ。


「ノア。やってみろ」


 そう言うと、黄金の指輪が輝き、キューブが花開いた。

 明らかにキューブのサイズからかけ離れた大きな金属板が規則正しい距離で並び、ノアの指示通りに動いていく。怖ろしく規則正しい動きだった。ジースターにダヴィネが渡した魔機螺とも明らかに動きが違う。異様な精度で複雑怪奇な形を建築していく。


「どうやってあんなに一杯のが収まってたんだろう……」

「他人事みたいに言うわね。ミラルフィーネの収容技術の応用なのに」

「なにそれしらない……」

「“鏡映し”による増強効果、シンタニの魔界技術も全部ぶちこんだわ。大仕事よ」


 そんなエシェルとリーネの会話を続けていく内に、形は完成する。どの様な悪路であってもウルが駆けるに十分な滑走路、左右には円形の魔導機が設置してあり、白王陣の術式が刻まれている。

 そしてウル自身の装備にも追加装甲が設置された。それはウル自身の動きを補正し、制御し、そして強化するための推進装置ブースター


「ごっついな……」

「貴方の専用“道”よ。といっても、今見たとおり準備には時間がかかる。戦いの最中に用意するのは、本当に難しいでしょうけどね」

「バチバチのタイマン中は無理と」

「混戦状態なら扱えるかも、って所」


 リーネは悔しげだ。とはいえ、ソレばかりはウルもそれ以上の贅沢は言えなかった。ある程度のリスクは承知だ。これをどう使いか考えるのは、現場で戦う自分の仕事だ。

 すくなくとも戦いが始まる前に、ここまでの準備が出来たのは上出来と言っていい。


「これで、ディズの魔断と同じ事ができるようになるんだな……!」


 エシェルも嬉しそうにリーネを褒めようとした。が、その言葉を聞いた瞬間、リーネはぎろりとした目でエシェルをにらみ返した。


「は?同じ?」

「怖い」


 エシェルは速やかにウルの後ろに隠れた。リーネはそのままウルを睨む。


「ウル、貴方はあの二人に勝つのでしょう?」

「ああ」

「だったら、同じでどうするのよ」


 そう言って、まっすぐに彼女はウルを指さした。


「超えなさい。その為の知識も技術も全て注いである。後は貴方次第よ」


 こうしてウルは無数の天才達の英知技術の結晶。【ロード】を獲得した。




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「さて」


 状況の混沌とユーリの協力によって構築完了した【道】の上にウルは立つ。


 魔力量は神と比べるべくもない。だが施された術式が、魔機螺から注がれる術式がその僅かな魔力を極限まで研ぎ澄ます。その力は僅かも溢れることもなくウルの内側に収まり、彼を一本の槍へと完成させた。


「いくか」


 ウルは大きく深呼吸を一つついて、前を見据えた。


「いざ【神穿ち】」

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