陽月騒乱
太陽神と月神
この二つの神は魔力が尽きる事は無い。人類から供給される負と正の感情を介した魔力が常に送り込まれる。人類は、敬うべき神と成り果てた二人に対して否応なく、正と負の二つの感情をむけざるをえない。
故に二つの神はほぼ無制限の力を操ることが可能だ。
しかし一方で、その力を十全に発揮することは、出来ていなかった。
混ざりである以外出自に何一つ特別をもたないディズはもとより、最初から力を操ることを目的として創り出されたシズクすらも使いこなすに至っていなかった。
当然ではある。元々の自分の有する力からはあまりにもスケールが異なる。
存在しなかった身体の部品が5つも6つも生えてきて、それを自在に使いこなせと言われても出来るものではないだろう。双方の神は顕現してからずっと、“ならし”を続けていた。
そして能力の確認作業は、戦争が激化し、自身と同等の力を有する存在との激闘の末、急速に研ぎ澄まされていった。同格の能力を有する者との対峙は、ヒトを辞めるにあまりにも最適だった。
そしてここに至って、彼女たちは覚醒へと至った。
「【無貌ノ月/終焉災害】」
嘘、偽り、そして模倣。
その力を有する月の女神は、自らの力を顕現する。
「【終焉模倣/飢餓】」
彼女の周囲に展開する不死者の空間から、再び無数の死霊兵達が出現する。それらは小型の、小さな形をとっていたが、それらが次の瞬間、銀色の粘魔を羽織り、血肉を持った羽虫へと変わる。
「【喰らえ、飲み干せ】」
それらは激しい羽音と共に彼女の周囲から飛び立った。その数は尋常ではなく、瞬く間に白銀の津波の如く、周囲一帯を飲み干すほどの嵐と変わる。それは統率の取れた動きで、相対する二人へと猛進を開始した。
「【救世執行/神剣展開】」
一方で、ディズもまた、真実を照らし、一切を焼く太陽神の力を解放していた。
自他共に認める程度に、彼女は戦闘技術において卓越した才覚を持たない。だが彼女は自分以上の才能を持つ者達が、神の断片を自在に操る姿を間近で目の当たりにして、共に戦ってきた。
経験が、知識が、彼女にはあった。それは卓越したシズクのそれと見比べても遜色ない。
「【魔断・陽炎】」
空間が断ち切られる。
星天の刃が空間を自在に切り開く。満ちるようにして展開していた銀色の飛蝗たちを粉みじんにして切り裂いて、偽りの終焉を焼き払っていく。嵐のように切り裂き進む刃はまっすぐに、月神へと突き進む。
暴食と神刃の嵐が最深層で激突する。そしてその狭間の中で、
「だあああああ!!!?なにやってんじゃああいつら!?」
ウルとユーリはまあまあ死にかけていた。
『貴方は何かないのですか!?』
眷属のユーリが飛びかかってくる刃と飛蝗を切り裂きながら尋ねてくる。ウルは【竜牙槍】の咆吼にて周囲を焼き払いながら、死に物狂いで駆け回り、大声で叫んだ
「ないっ!」
『死んで下さい!!!』
罵声が飛んできた。反論のしようがない。しかしないものはない。神の力を簡単にどうこう出来るような策略を持っているなら、ユーリを強引に引き抜くような真似はしていない。
『よくそんなで二人にケンカ売れましたね!?バカなんですか!?』
「俺の戦いは!大体いっつもこんなだよ!!!」
『泥・船!!!』
叫びながらユーリは振り返り、自分に迫る飛蝗と刃を見据え、剣を振るった。
『【終断】』
一閃を振るった瞬間、刃は断ち切れ、飛蝗は粉微塵へと変わった。
「味方にしといてよかったぁ……!」
『急げ!』
言われるままに空いた空間に飛び込み、破壊の嵐を一気に抜け出し、跳躍する。巨大な地下空間には不死と暴食を司る白銀と、星天の刃を振るう黄金が相対したまま、こちらを睨んでいる。
二つの神に対してこちらの戦力は微々たるものであるが、何一つとして油断はしてくれないようだ。
『――で、本当にどうするんですか』
「双方をぶつけながら隙を突く以外ない。正面からやったら確実に死ぬ」
作戦といって良いか怪しいが、実際そうするしかない。小賢しい策でどうこうなるような状況下ではないのだ。
「一応聞くが、正面から戦闘不能に出来るか、あいつら」
『力を“斬る”ことは出来ますが、飽和攻撃されればどうにもなりません』
「だよなあ……」
ユーリの能力が異常であるのは間違いないが、特化しているのは攻撃のみだ。彼女の本質は護りではない。嵐のような攻撃をかまされれば厳しい。そして攻撃に転じたとて、既に双方ヒトの形から逸脱している。ウルと同じように【心臓】を処理しなければ幾度となく復活するだろう。
そして魔力の供給は実質無限だ。元よりユーリがいればどうにかなる戦いではない。
『【心臓】……どちらかを先んじて眷属化出来ますか?』
「狙うが、その間にもう一方から狙われたら終いだ」
魂の接触時、その内部での時間経過は外のと比べてズレがあるが、そこまで都合良くはない。そもそも、魂で接触したからと言って、その後スムーズに相手を眷属化できる保証なんて全くない。
ウルの眷属化に相手を洗脳するなんていう都合の良い方法は存在していない。ユーリが協力してくれたのも、事前に約束を取り付けたからだろう。
『同時に墜とすか、一方を私単身が抑えねばならないと。死んで下さい』
「甘んじて罵倒を受け入れるよ。ひっでえ作戦だ」
言っている間に、空がうごめいた。巨神の拳が握りしめられているのが見えた。ディズが動いたのを確認し、ウルとユーリは互いに目線を送り、即座に散開する。
「【救世執行/神罰覿面・天照】」
目が潰れるほどの光を放つ拳が振り落ちる。衝撃だけで焼き切れそうになる。だが拳は直接はこちらに向かわず、シズクへと振り落ちた。
「【餓蟲蚕食】」
だがシズクへとたたき込まれる寸前に、飛蝗が嵐のように飛び交い、その直後、拳は突然真っ黒に欠いて消え去った。残された拳が不安定な状態でシズクに向かって直撃し、周囲に炎が広がった。
やはり彼女達はこちらを直接は狙っていない。
ここまでの攻撃はシズクとディズ双方への攻撃の余波であり、牽制だ。
シズクもディズも、ウル達が自分たちと比較すれば微々たる力しか持たない事を理解している。しかし一方で油断して放置出来ないことも知っている。だがウル達に注力しすぎれば、もう一方の神にその隙を突かれるということも分かっている。
結果、アンバランスでありながら絶妙な拮抗が生まれている。
その拮抗の狭間でなんとかウル達は生存出来ているのだ。それはほんの僅かでも踏み外した瞬間に全てが崩れうる拮抗である。
「維持出来ている間になんとか出来りゃ、な!」
宙を蹴り、跳ぶ。激しく燃えさかる炎の狭間を乗り越える。視界は最悪だ。
四肢は狙っても再生される
ならばやはり狙うは心臓、直接狙い、干渉する!
黄金の鎧を身に纏ったディズの心臓部を狙い、ウルは槍を構え、放った――――が、
「っ!」
《だーめよにーたん》
ディズの背中から、緋色の手が槍を押さえ込む。それが何なのか、勿論ウルにはすぐに理解出来た。生まれてからずっと連れ添ってきた肉親の声と動きを見間違える筈もない。
《わたし、いまはディズのみかたよ?》
「妹よ、さっきまで甘えてきたのに」
ディズの背中を守るようにして、上半身だけ出現したアカネは、ウルの抗議に対してにっこりと微笑みを浮かべた。
《それはそれ、これはこれ》
「ごはあ!?」
そして握りこぶしをウルの顔面にたたき込んだ。
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