少女たちを救うための方法⑤

「……」


 装備を切り刻まれ、ボロボロになったウルはしゃがみ込み、友が残していった小さな小さな骨の欠片を拾い上げていた。だが、拾い上げても、何時ものように形を整えて、あの陽気なる友が復活することも無かった。残された骨には、何の力も残されてはいなかった。

 ウルは痛みを堪えるように皺を寄せると、その痛みを全て吐き出すように大きく長く息を吐いた。


「……まあ、遊び倒して、思い出話持って行って、悔しがらせてやるか」


 ウルはその骨の欠片を胸元に入れ、そして顔を上げる。

 嘆いている暇はない。螺旋の奈落、その底から聞こえてくる神々の戦闘音が聞こえてきていた。決戦の場が間近に迫っている事をウルは理解した。が、しかし今すぐにそちらに向かうわけにはいかなかった。


「流石にこのままじゃあな……」


 現状のウルの防具はボロボロだ。竜化によって存在そのものを強化していた二つの槍は兎も角、鎧の方はどうしようも無かった。今の自分の鎧はグリードとの戦いで身につけていた改修版であり、ダヴィネ製の傑作鎧であったが、どのような頑強で優れた鎧であっても一刀両断してしまうユーリ相手ではいくらなんでも分が悪い。


 ――【灰炎】で傷を打ち消していなかったら、百回以上は死んでいたなあ……


 無論、この先の戦場も同等かそれ以上の脅威が待ち受けているのだが、だからとて防具による護りをないがしろにして良いわけがない。【灰炎】で全部護りを補っていたら魔力はいくらあっても足りない。

 ウルは周囲に敵がいないことを確認し、ボロボロに破損した鎧の全てを脱ぎ棄てる。そして懐から黒と白が入り交じった奇妙な石を取り出した。綺麗にカットされた宝石のように見えるそれを掌にのせ、ウルは自身にとりついた存在に呼びかける。


「ノア」


 次の瞬間、パキリと、まるで何かが割れるような音と共に、ウルが手に持っていた宝石が一気に“解けた”。同時に、ウルだけが聞こえる声が響く。


〈圧縮機構・ダヴィネ製魔機螺装甲解放〉


 解放された宝石の内側から無数の鎧の部品のようなものが飛び出す。どう見ても宝石の内側に収まる筈のない量のそれらがウルの周囲を飛び交い、そして間もなくしてウルの身体を覆った。

 あっという間に、それらはウルの身体を護る鎧と化した。一見すると奇妙な鎧だった。魔界の戦士達が身につけていた鎧と、方舟の中で利用される鎧が混じり合ったような意匠の代物だった。


「あいつ…………ほんっとうの本当に天才だな……」


 身体の動かしやすさも問題なし。動作の邪魔にもならず、しかも軽い。文句のつけようがなかった。魔界の技術を知って僅かな時間の間にダヴィネは本当に技術の粋をモノにしてしまったらしい。

 本当に頼もしい男だとウルはため息をつく。


「うし、全快……じゃねえな……」


 防具は兎も角、身体の方は違う。全くもって全快ではない。全力を尽くしすぎた。魔力なんて本当に欠片も残っていない。流石にこの状態で修羅場に突っ込んでいっても何も出来ない。薬店から持ち込んだ魔法薬なんて戦いの最中の激闘で全部消し飛んでしまった。

 後先考えないにも限度があったとウルは自嘲する。さてどうしたものか――――


「ユーリ、も似たようなもんだよなあ……神薬なんてもっちゃいねえだろうし」

「そうやってると、乙女に不審行為に及ぼうとする犯罪者ですね」


 声がしてウルは跳ねるようにしてその場を離れ、振り返り竜牙槍を向けた。が、その穂先にいた人物にウルは驚く。


「ジェナ?」

「はい」


 勇者ディズの従者ジェナがいつの間にか、姿を現していた。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ディズの使いとして彼女の影で雑用をこなしていたジェナがウルの前に現れた。その格好も使用人のドレスであり、汚れ一つ無い。こんな世界が終わりそうな状況であっても変わった様子がなかった。


「無事だったのか」

「危なかったですが。今はバベルの住民達の救助作業の途中です」


 そういう彼女はナイフを片手に握っていた。そういえば卓越した姿隠しの魔術を操っていた気がする。彼女ならばそれも可能だろう。

 しかしそれならば尚のこと、ウルは警戒を解くわけにはいかなかった。

 彼女がディズの味方であるのは間違いなく、そして、今の自分は彼女の味方であるユーリを倒した。普通に考えれば敵である。

 しかし、どれだけ警戒しても彼女が此方を攻撃してくることは無かった。そのまま彼女はウルへと近付くと、そっと懐から何かを取り出して、ウルへと差し出した。


「此方をどうぞウル様」

「…………それは」


 彼女が差し出したのはウルが今もっとも必要とする回復薬、【神薬】だった。あらゆる傷も病も、体力も魔力も全てを癒やす万能薬。今のウルが喉から手が出るほどに欲しいものを彼女は差し出した。


「どういう真似だ……?」


 無論、だからといって即座にとびつく訳もなく、ウルは眉をひそめ尋ねた。


「今の貴方に必要でしょう?ユーリ様の分も合わせて一本ずつですが」

「そりゃ必要だが、毒入りか?ユーリは兎も角、俺はマジで施される理由が無いが」

「毒を仕込んでも、今の貴方に通じないでしょう」


 随分と買いかぶってくれているらしい。

 流石にウルも即死するような毒を飲んだら、【灰炎】で回復する暇も無く死ぬだろう。しかし、この機会を逃せば回復薬は手に入らない。こんな深層で、コロンと都合良く神薬が転がってる可能性は低い。

 ノアを使った転送は術式程度。物質そのものを転送するなんてできやしない。しばし顔に出さず悩んだ後、ウルはため息を吐き出した。


「……どうも」


 ウルは受け取り、覚悟を決めて飲み干す。幸い腹が焼けて死ぬようなことは無かった。完全に全てを使い尽くして、倒れる寸前だった肉体に急速に力が満ちていく。その心地の良さは大罪迷宮グリードにて口にしたものと変わりなかった。

 つまり本物だ。その事にウルはまず安心し、そして疑問に思った。ならばなおのこと、彼女がそれをウルに差し出した理由が不明だ。


「今からこの先へと?」


 不審に思うウルに対して、ジェナは気にすること無く視線を奈落の中心へと向けた。二人が会話している間も激しい爆音が何度か発生している。その修羅場へとウルもまた視線を向けた。


「ああ、いく」

「ではお願いが御座います」


 するとジェナはウルの前で、ゆっくりと頭を下げた。


「ディズ様をどうか助けてください」

「……アイツが望む方にはいかないと思うぞ?それでもか」

「はい。どの様な形であれ、彼女を助けて下さい」


 ジェナは即答した。

 既に神薬を飲んでしまった以上、もう交渉もへったくれもない。無視したっていい話だし、それはジェナも分かっている筈だ。その上で、彼女は先に神薬を渡して頭を下げている。


「……なるほどな」


 ウルは苦笑した。こちらの性格というのを大変良く理解しているらしい。このような形で頼まれた方が自分には有効であると言うことを良く理解している。


「元からそのつもりだよ。だけど、良いんだな」

「私にとってディズ様が無事であることは、彼女が救世主となるよりも大事ですから」

「あんたも大概だな……まあ、努力するよ。期待しないでくれ」


 神薬による肉体の回復は終わった。装備も整った。後は先に進むだけだ。ウルは身体の状態を確認すると、足先を最下層へと続く奈落へと向けた。

 そして最後に「ああそうだ」とウルはジェナへと視線をやった。


「悪いけど、ユーリは見といてくれ。その内目覚めるから、神薬渡してくれ」

「話をしなくても良いのですか?」


 それだけ言って、ウルは一気に階段から飛び降りた。

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