竜呑ウーガの死闘Ⅱ⑤


 ハルズの意識はぼやけていた。


 自分がどうなっているのか分からない。視界は明らかに広がった。まるで全てが小さな玩具のようになってしまった光景だ。しかしその光景を彼は解さない。それを判断するだけの知性は、彼には残っていない。


 元々、機神スロウスを操る試みは無茶があった。


 いくら外の世界の技術を流用したとはいえ、自分の肉体と同じように、あまりにも図体の異なる物体を操ろうとしたのだ。その時点で彼の心身はズタボロになっていた所に、魔王の介入があって、彼はとうとう完全に“人間”ではなくなった。


 “人間”、イスラリアに住まう“ヒト”とは違う、正しき人類。


 勿論、ここに至るまでの経緯を考えればとっくの昔に“真っ当な人間”なんてものはなくなっていた。その事に目を背けてやってきた彼のプライドも消し飛んだ。

 だけど勿論、今の彼にはその事を気にしている余裕なんてみじんもない。考えられるほど、思考はまとまっていない。彼は今怪物として荒れ狂っている。


『OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOONNNNNNN!!』


 声を発そうとすると奇妙なうめき声になる。

 不自由だった。不愉快だった。ハルズはどこまでもいらだった。ソレが自身の内側からあふれる物だったのか、それとも人形が暴走したことによって引き起こされたものなのか、それとも戦いの最中に自分の内側に混じり合ったヨーグの感情なのかも判別つかなかった。あるいはその全てなのかもしれなかった。

 だが、今ハルズがしなければならないこと、その衝動は一貫している。


 全ての破壊。ただその衝動に任せて彼は動く。


『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』


 ハルズは機械と粘魔が入り交じり、異様に長く伸びた腕を振り上げる。たたきつける先は目の前の巨大亀だ。何故、目の前の巨大な亀が空を浮遊しているのか、何故それが自分の目の前にあるのか、その判断もハルズはつかなかった。


 今、どういう戦況にあるのか。

 自分はどうすれば、目的を達成できるのだろうか。

 どうすれば、家族を守れるのだろうか――――否、もうとうの昔に家族は死んでいる。


 もう、この世界に流れ着いて長い。長命施術を受けて、帰る手段を模索しながら破壊活動を続けたが、その全ては実を結ばなかった。とっくの昔に自分の我が子も老衰している程の時間が流れて、それでも忌々しきイスラリアは変わらずそこにある。


 どうして自分はこんなにも苦しんだのに、今此処にまだ存在している???


 ならば壊そう。彼は衝動の赴くまま、拳を握りしめた。

 目の前の大亀もイスラリア由来のものであるのには間違いはないのだから。

 狙うは、大亀の背中、防壁に囲まれた内側。このまるで楽園のように広がる美しい都市の中だ。それを全て、ぐしゃぐしゃに破壊してくれると、ハルズは拳を握り、振り下ろした――――


『――――A?』


 その瞬間、ハルズの目の前が光に包まれた。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 【ロックンロール二号機】にて


「な、な……!?」


 浩介はモニターに映し出された光景に言葉を失っていた。

 この世界にたどり着いてから、言葉を失うような光景は山ほど、本当に山ほど見てきた。もういい加減慣れてきたと自負していたが、全くそんな事はないのだと浩介は自覚した。

 自分たちが乗る大亀をひっつかむ超々巨大怪物。形がくずれたバケモノ、【禁忌生物】すらかわいく思えるような存在を前に、浩介は呆然となった。


「あ、あんなもんどうす……!?」


 戦おうという気すら起こらない。どうすることも出来ない。ああ、このまま死ぬわ。と、彼は率直に思った。美鈴のことが頭をよぎったが、彼女に何か思い残すことを考える暇すらも無く、拳はまっすぐにウーガにたたきつけられ――――


『――――――VA』

「は?」


 ようとした、瞬間、重く響く声が聞こえた。

 それがウーガ自身の声であると浩介は気づくことはなかった。

 ウーガの中心、都市を取り囲むようにして存在している巨大な防壁、浩介達の乗る戦車用の移動通路も存在するその防壁の壁から無数の光が放たれた。それは大きく大きく刻まれた【術式】の類いであったのだが、勿論浩介にはその事はわからなかった。


 分かったのは、防壁から放たれた光が満たされた瞬間、爆発が起こったと言うことだ。


「な、な、なあ!?」

『GAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!?』


 巻き起こった爆発は、不思議と浩介達の乗る戦車を吹き飛ばしはしなかった。どういう理屈によって起こった力なのか、浩介の近くにいる神官の少女や仲間達に害意をなすものではなかった。代わりに、自分たちをたたき殺そうとした巨大粘魔だけを一気に吹き飛ばしたのだ。

 外からみれば、まるでウーガの背中が大噴火したように見えたことだろう。勿論浩介にはそれはわからない。分かるのは、なんとか自分たちが九死に一生を得たという事実だけだ。


「やっ――」


 その事実に浩介は安堵の言葉を漏らした。

 否、正確には漏らそうとした。


『AAA――――――』

「っだああ!?」


 その暇は一切なかった。先ほどのウーガ内部の大爆発にすら怯むことのなかった巨大な銀竜が目の前に現れたのだ。ジースターが相手していた個体ではない。それとは別の、女王が相手にしていた個体が、爆発の隙を突いてこっちにやってきたのだ。


「撃てェ!!!」


 そのあまりにもめまぐるしく変わる状況の中にあっても、宍戸隊長の言葉に即座に身体が動いたのは、彼自身が愚直に続けてきた訓練の成果だった。どれだけ異常な状況下で混乱しようとも、こなしてきた訓練が身体を動かした。

 砲撃音が響く、光が竜を打ち抜いた。しかし、


『AAAAAAAA――――!!!』

「直撃!ですが、銀竜は発光を続けています!!」

「攻撃は通っている!!怯むな!!!」


 隊長の呼びかけと共に、更に砲撃を続ける。だがそれでも銀竜は怯まない。間もなく光は限界に到達し、モニターは何も見えなくなった。今度こそ浩介は死を覚悟した。が、


「――――お前の相手は、私、だ!!!」

『AAA!??』

「んな!?」


 次の瞬間、上空から飛翔した女王エシェルの飛び蹴りが直撃した。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「油断も、隙も無い……!」


 エシェルはこちらの隙を突くようにしてウーガに侵入した銀竜に突撃する。力任せの突進に等しかったが、敵が攻撃する直前だった為か、物理的に吹っ飛ばすことが出来た。


『AAA――――』


 魔術による攻撃は自在に反射する。あらゆる衝撃は吸収される。攻撃の前後にのみ、ダメージは通る。生態としてはおおよそ判明したが、分かったところで対処するのは死ぬほどやっかいだった。

 何せ速い。鋭い。こちらの攻撃を読み取って理解し、回避してくる。

 敵は竜だ。容易いわけがない。


「だけど……!」


 エシェルの感情の高ぶりに応じるように、装備した冠がうごめき、輝く。

 それは、以前までエシェルのお守りとして装着していた魔本ではない。グレーレがもたらしたアレは、強欲の迷宮にて紛失したし、そも役割からして違う。

 【冠】は、エシェルの力を押さえつけ、封じるものではない。


「【写鏡】」


 御し、強化し、高める為の強化装置だ。


「来い……!」


 構える。武術の真似事、ではない。エシェルに格闘術を極めぬいた経験は無い。だが、記憶の中にある戦士達、その再現を肉体にて行う。


『【AAAAA――――】』


 攻撃が来る。それを見た瞬間、彼女は特攻した。後の先、攻撃を撃たせた後に、それを叩き潰す絶技が、この瞬間、彼女の肉体に宿る。強欲の戦いで共にした勇者のそれにも見えたし、あるいは土壇場で救助に来てくれた紅蓮の拳士のそれにも見える。

 彼女が見て、知ったものが、彼女の力となった。


「くだ、けろ!!」

『AAAA!!!?』


 彼女を知るものが見れば信じられないような速度と体術によって、銀竜の首を蹴りつける。手応えはあった。銀竜の首はあらぬ方向にへし曲がり、一気に落下していく。だが、エシェルはまだ油断はしなかった。油断など、できるわけが無い。

 この程度で、彼女の攻撃が終わるはずも無い。


「本番か……!」


 その予感を肯定するように、エシェルがたたき落とした銀竜は強く輝きを放った。





              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




《――本番か……!》


 浩介は自分たちを助けてくれた女王の声を通信越しに聞いた。

 彼女の声はあっという間に自分たちの目の前から銀竜を吹っ飛ばしてくれた少女の声とは思えないほどに、どこまでも苦々しげだった。だが、その理由もすぐにわかった。


『A――――――』

「な…………!?」


 竜呑ウーガへと襲いかかってきた二体の巨大銀竜が光り輝く。また全方位攻撃が来るのかと身構えたがそうではなかった。美しい鈴の音を鳴らす二体の竜の声は共鳴し、周囲に響き渡る。

 そしてその声に引きずられるように、ウーガの周囲を飛び交う小型の銀竜達が発光を開始した。


《何?!》


 ウーガの地上部で戦ってる戦士達からも驚愕の悲鳴が響いた。小型の銀竜達は共鳴を開始する。首を落とされ、転がった死体に至るまで、その全てがだ。


 まるで、最初からそれが狙いであったかのように、至る所に転がっていた銀竜達の死体が一斉にその形を解いて、広がる。上空で共鳴する二体の銀竜へとその身体を伸ばし、蜘蛛の糸のように、あるいは植物の樹木のように伸びていく。そして伸びたその意図は、ウーガの地表や防壁に結びついて、根を張るように一体化していく。


『A――――』


 瞬く間に、ウーガは銀竜の身体に飲み込まれたかのように、覆い尽くされてしまった。

 それがシズクの得手とする【銀糸】の再現であると、彼女の仲間だった者達は気がついたことだろう。


「な、な……!!」


 だが勿論、浩介にはそんなことは分からない。

 彼に分かるのは、善戦していたと思っていたら、突然あっという間に、自分たちの陣地が敵に飲み込まれてしまったという事実だ。勿論窮地であり、急ぎなんとかしなければならないのは間違いなかった。

 間違いなかったのだが――――


「ふ、ふ、ふ……!」


 ――――だがその前に、浩介は言いたい事が一つあった。


「ふざけんなあ!?イスラリアっていっつもこんなめちゃくちゃなのかよ!!?」


 すると、浩介の声が通信に流れたのか、返事が来た。


《んな訳あるかあ!ウルが関わってるときだけだこんな大馬鹿騒ぎは!!!!!》

「じゃあウルふざけんなあああ!!」


 条件反射で浩介は叫ぶ。すると、


《同意見だッ!!ふざけんなウル!!!》

《あいつほんとマジでどうなってんだ!!!!!》

《生きて帰ってきたら百発殴らせろ畜生があああ!!!!》


 通信から自分たちのリーダーである男への不平不満の大合唱が響き渡った。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 一方その頃、ウルは


「くしゅ」

「あれ、ウル、風邪?」

「風邪で済むなら奇跡だがな。両足ぶった切ったし……お、高回復薬。神薬ねえかな」

「流石に無いと思うけどねえ」


 エクスタインと共に、崩壊した魔法薬店の家捜しをしていた。


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