魔界
地獄だった。
そこは地獄だった。
常に誰かが苦しみ、悶え、焼かれて、刻まれて、呪われて、粉々になって、死ぬ。
死んで、まだ苦しんで、歪められて、穢されて、踏みにじられる。
趣味も悪ければ出来も悪い地獄だ。
何故こんなにも苦しまなければならない?と、誰かが泣いた
負けたからだ。答えはすぐにやってきた。
ではどうすればいい?
答えは一つだ。勝つことだ。
勝たなければならないのだ。次こそは。今度こそは勝利しなければならない。
それも半端ではいけない。絶対に負けられない。
長い地獄を経験した彼らは、2度目の敗北を耐えられない。
次の地獄を経験したら、もう2度と立ちあがることは出来ないのだと知っていた。
だから勝つ。絶対的な勝利を彼らは求めた。
必要は、発明の母だ。
絶望は、暴虐の父だ。
彼らは全てを行った。なにもかもをした。2度目の勝利のために出来ることはなんだってした。それまでやっては成らないことにも手を染めた。その残酷がそれを望まない者達との離反をうみ、訣別し、先鋭化を繰り返し、それでも尚続けた。
そして彼らは、たどり着いた。
至ったのだ。絶望的な状況で、地獄のような有様で、かつての仲間達が目を背け、顔を顰め、此方を指さして口汚く罵るほどの残酷を繰り返した果てに、そんな彼らで持ってもこれ以上無いと確信するほどの代物が生まれたのだ。
忌まわしくも悍ましい、呪わしいのソレに彼らは命じた。
勝利を。
次こそは勝利を。
その為に、その力を見せてくれと願った。
彼らの望みは、果たして叶った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ウルは身体を起こした。
「…………へんな夢を見た」
身体を起こす。同時に全身に激痛が走り、ウルは身体をくの字に折り曲げた。
「…………ぐ」
身体の傷は、スーアが癒やしてくれていたはずだ。回復痛も収まりつつあった。にもかかわらず身体の芯、骨に響くような痛みが継続している。
この痛みにウルは覚えがある。これは――
「成長痛だな。グリードを殺した分け前は尋常じゃないらしいな」
その声の主にウルは聞き覚えがあった。顔を上げると、いつものボサボサ髪の無精ひげが此方を見つめていた。
「よお、師匠殿、無事――――じゃねえな」
グレンの失われた右腕を見て、ウルは顔をしかめる。だが、グレンはその視線そのものを鬱陶しく払うように残った腕を振った。
「こっちの台詞だよ。そのまま死ぬかと思ったわ」
ウルはため息を吐いた。気遣われている事を理解し、顔を上げた。
「ありがとう。助かったよ」
「そりゃどういたしまして。さっさと起きろ」
腕を失っても何時もの調子のグレンに少し安心する。すると現金なもので身体の痛みも少し薄らいだ。
「此処は……」
周囲を見る。今、ウルが居るのはなにやら、小さな洞穴のような場所だ。やや、空気は淀んでいるが、少なくとも周囲に魔物の気配はない。グレンも警戒している様子はないのでそこは安心だろう。
「…………ぅ」
「ユーリ……も、無事か」
少し離れた場所に天剣のユーリも眠っていた。強欲の戦いで、恐らく最もダメージが深かったのも、一番貢献したのも彼女だった。だが今は、顔色も大分回復している。スーアの治癒が大分聞いているらしい。安心した。
周辺から得られる情報は以上だ。だが、確認しなければならない事はまだ山ほどある。
「それで、状況を聞いてもいいか?グレン」
痛みを堪えながら、傍に重ねてあった自分の服を身に纏い、無事な鎧を装着し直しながらウルはグレンに尋ねた。
――門が開く。
魔王ブラックの言葉が頭に響く。
情報を集めるにしろ、行動に移るにしても、急いだ方が良い。そんな気がしてならなかった。すると、グレンは自分の背後、洞穴の出口の方角を顎でしゃくる。
「言葉よりも、直接見た方が速いな。お前の一行もいる」
「仲間」
「橙髪の小人、赤髪獣人、天衣」
「リーネ、エシェルにジースターか……他は?」
グレンは端的に「知らん」と首を横に振った。
ウルは顔を顰める。死んで、は、いない筈だ。少なくともグリードが墜ちるまで、全員は奇跡的に無事だった、筈だ。
「鬱陶しい面しやがって、さっさと外見てこい。どうせ悩みなんて吹っ飛ぶんだから」
「……それは、もっとえらいことに直面するって事か?」
「そーだよ。部外者の俺が混乱するのは不公平だろ。お前も精々混乱しろ」
グレンは何時もながらの適当な物言いだったが、その表情にはいくらかの疲労と、困惑があった。図太い彼であってなかなかに受け入れがたいような混乱がこの先に広がっていると考えると、外に出たいという気力が全く沸いてこないのだが、そういうわけにもいかない。
「ユーリを見といてくれ」
「子守歌くらい唄ってやるよ」
グレンはつまらなそうに無事な方の手を振った。ウルは感謝して洞窟の道を進んだ。
洞窟の道は、狭くて、細くて、入り組んでいた。そして奇妙だった。此処は、明らかに都市の中ではない。外だ。そして外で、こんな入り組んだ地下洞窟のなかであるなら、魔物の一体や二体が出現してもなにもおかしくない。
あるいは、魔物がいなくとも、それ以外の動物たちや、虫たちの気配の一つや二つが無ければおかしいのだ。
でも、何も無い。魔物達の気配は何処にも見当たらない。異様なほどに静かだった。
気味が悪い。
ウルはそう思いながらも足を進める。やがて、洞窟の大きさが広がる。空気の流れを感じ取り、ウルは外が近いことを理解した。
心臓の音が大きく聞こえてくる。自分が興奮しているのだとウルは気がついた。狭く薄暗い場所から解放される喜びで、ではなく、待ち受ける未知への不安と恐怖によって。
今自分達の置かれている状況については全く理解できていなかったが、しかし、「此処がどこか?」という一点については、ウルも察しがついた。つかないわけがなかった。
此処は――――
「外」
ウルは、外に出る。そしてその瞬間、目の前に広がった光景をウルは見て、顔を歪めた。
そこは、ウルが見たことの無い光景だった。
時間帯は不明だった。空を見上げても、そこには日中を告げる太陽神の姿は無い。夜中を告げる満天の星空も存在しない。空は赤黒かった。太陽も星も存在せず、しかし太陽の代わりに何かがあった―――
「……なんだありゃ」
空に“黒い太陽”があった。目の錯覚と疑ったが、確かにそこにはソレがあった。禍々しく大地を照らすが、そこから太陽神のような温かみはわずかたりとも感じられない。
それだけでも言葉を失うような様相だったが、異様な光景はそれだけではない。
ウル達が身体を休めていたのは小高い山の中にある、自然に出来た洞穴だった。丁度、周囲の景観を見下ろして見渡せるような場所だった。だから、周囲の状況はよく分かった。
光源に思えるものは一つも存在していない。にもかかわらず奇妙なことに景色は隅々まで見渡せた。そして見渡す限りに、誰かが住んでいたような建造物――――の残骸が転がっていた。
大量の建造物の残骸だった。大罪都市の住宅区画にも近い大量の建造物が見渡す限り続き、それらが軒並み倒壊し、崩れ、何かしらの破壊を受けていた。ものによっては既に風化が進んでいるものもあったが、その殆どが形を保っていた。
その景色がずっと続いている。どこまでもどこまでも。地平線の彼方まで。
ウル達が知る最大の都市部。大罪都市よりも遙かに広範囲にヒトの生存圏の痕跡が残り続け、それが破壊され続けていた
その光景が、どのような意味を示しているかはウルには分からない。
分からないが、ここがどこかはウルにも分かった。
「【魔界】だ」
ウルは達は最終目的地点にたどり着いていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
あまりにも現実離れした禍々しい光景を前に呆然としていたウルだったが、そのまま立ち尽くしていてはしかたがない、と行動を開始した。間もなく周囲の散策をしていたエシェル、リーネ、そしてジースターと再開した。
「無事で良かったよエシェル」
「うりゅううううううあああああああ」
「なに言ってんだかわからんわからんがなんかめっちゃ安心するわ」
ウル達を置いて遠くに移動する事はない、と理解していたが、泣き崩れて抱きしめてくるエシェルを見ると安心する。どうやら思った以上にこの得体の知れない光景はウルを畏れさせていたらしい。
「……全員、とは言わないけど、再会できて良かったわね、ほんと」
リーネもまた少し疲れた表情をしながらも安堵していた。ウルはそれに頷いて、周囲を見渡した。
「やっぱり此処に居るのはこれだけか。」
「そうね。シズク、ディズ、アカネ、ロック。それにアルノルド王達、ブラックもいない」
「…………なるほど」
全ての状況を説明した後、リーネは眉をひそめてウルを見る
「貴方に白王陣を施した後、気を失っていたのだけど、此処、王が言ってた魔界よね?」
「私も最後はあまり覚えてない!急にワケがわからない!」
リーネもエシェルも混乱している。二人とも、目を覚ませばこんな地獄のような光景に放り込まれたとあってはそうなるのも当然だろう。
勿論、それはウルも全く同じだった。大変に混乱している。誰かに説明はして欲しかった。そしてこの場でそれが可能なのは、一人しかいない。
「ジースター」
ウルは天衣のジースターに声をかける。二人の後ろに立つ彼の表情に混乱はない。この異常な魔界の景色に身を置いても、それが当然であるように落ち着きを払っていた。
「あんた、あの時の状況とこの魔界の現状について説明できるか?」
「ある程度は可能だ」
ウルの質問に対してもジースターは特に戸惑う様子も躊躇う様子もなかった。これで彼もサッパリわからないと言ってしまったらお手上げだ。
「だったら説明を頼む」
「構わない。が、その前に身がまえろ」
「なに?」
と、ウルが確認する前に、ジースターが身構える彼の視線はウルには向かわず、その反対側に向けられていた。そしてその時点でウルも気付く。なにかが近付いてきていることに。
「魔物?」
「違う」
輪郭が見え始める。それは真っ黒な泥の様に見える。粘魔種の類いかとも思ったが、それとも様子が違う。体毛も鱗も無い、中の肉が剥き出しになっているような印象だ。
しかし、魔物とも違う気配にウルは覚えがあった。
「竜だ」
『AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』
「マジか―――」
ウルは武器を構える。が、やはり全身に痛みが走る。コンディションは言うまでも無く最悪だ。流石に大罪竜グリードのような怪物ほどの強さではないだろうが、しかし満身創痍の状態で何処まで戦えるか分からなかった。
だが、それでもまだ動ける自分がやるしかない。そう思いながらウルは槍を振るい―――
『AAAAA―――――― 】
「…………は?」
次の瞬間、ウルの一撃で“竜”らしきものは粉砕した。
ジースターもウルの横で“竜”を撃退するが、軽く【天衣】で造った剣を一振りするだけで砕けていく。戸惑いながらもウルは戦い続けるが、その内全てがグズグズに砕けて消えていった。
「終わった」
そしてその結果を見届けて、ジースターは頷く。
「コレで?」
「そうだ」
「死体がいきなり増殖したり、パワーアップして復活したりは?」
「しない」
「嘘だろ……?」
ウルは信じられんと言うような顔で竜達の死体を見たが、しかし確かにその死体がまた動き出すような事にはならなかたった。実にあっけなく、簡単に、竜が対峙できてしまった。
もしも黄金級になる条件の一つ、竜の撃退がコレで果たされるなら、冒険者は黄金級だらけになってしまう。
「皮も肉も骨もない、
ジースターは淡々と補足する。リーネはその傍で竜の死体を興味深そうに見つめ、観察する。
「魔石、落とさないのね、この竜達」
確かに、ウル達が破壊した竜の遺体はぶすぶすと解けていくだけで、紫色の鉱物を落とすことはなかった。
「そうだろうな」
「……ほんと、何でも知ってるって顔だな」
その事に対してもジースターは驚かない。当然というように頷くだけだ。その彼にエシェルは疑わしそうな目を向けるが、ジースターはその追求の目に肩を竦める。
「多くを知るわけでは無い。
「……それは」
「ウル!!」
だが、会話は再び中断された。リーネが警戒をとばし、ウルは再び身がまえる。彼女の言うとおり、またなにかが接近していた。先程と同じように竜が来たのかとも思ったが、聞こえてくる足音はそうでは無い。
ノッペリとした奇妙な鎧を身に纏った者達が出てきた。
「動くな貴様等!!」
「――――めっちゃ変なのが来たぞオイ」
間違いなくそれはヒトだった。しかし、ウル達がはぐれてしまったアルノルド王達でも勿論ない。ともなれば、つまり、
「魔界の、住民……」
問答無用。そんな声色と共に彼らは訓練された動きでウル達の周囲を囲む。魔導銃と思しき代物を構え、銃口を此方へと向けてきた。
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