六輝竜神③ 到達点
【大罪迷宮グリード二十九階層】、安全領域にて
「スーア様!」
「ビクトール」
転移の術が起動し、中から現れたのは、プラウディア騎士団団長、ビクトールだった。彼の姿は、ややボロボロだ。髪もぼさぼさに逆立って、鎧のあちこちも汚れが跳ねている。しかしその状態でも必死に整えると、そのままの勢いでスーアの前に跪いた。
「全ての仕事を片付けて駆けつけさせていただきました。無論、問題が起これば、即座に転移の術でプラウディアに戻る所存です。どうか此処で、貴方の力とならせてください」
騎士団団長の責務を負えた後、慌てて此処に駆けつけた。
大罪竜との戦い、その全ての決着をつける決戦がこの地、グリードにて行われることをビクトールは勿論知っていた。自分の娘、ユーリが此処で戦うことも。だからこそ、ビクトールは全ての仕事をなんとか済ませ、部下達にプラウディアの守りを託し、駆けつけたのだ。
無論、この行動はプラウディア騎士団団長という立場を思えば軽率だ。
七天の大半が此処に結集している以上、それ以外の土地が危うくなる可能性は常に秘めている。プラウディアという都市を守る任務を放り出していると言っても良い蛮行である。
この場でスーアから咎められ、罰されても何ら不思議では無かった。
「―――顔をあげなさい。許可します」
「ありがとうございます……!」
が、スーアは彼を咎める事はしなかった。ビクトールは安堵し、感謝を告げる。スーアの表情はわからなかった。だが、あるいはスーアもまた、ビクトールの気持ちは理解しているのかも知れない。
最も大事な身内、家族が死地に飛び込んでいるのは、スーアも同じなのだから。
「それで、どのような状況でありましょう」
「救助部隊が動きました。一部は離脱しますが、本隊はそのまま先に進んでいます」
既に、途中の離脱者は救助部隊によって回収され、引き返しているとスーアは語った。
「では、ユーリも」
「無論」
「そうですか……」
出来れば、そのまま離脱して無事に帰ってきて欲しかった。と思うのは親心だろうか。
だが一方で、納得があった。やはり彼女であれば、きっと最後まで戦いに向かうだろうという確信。団長という立場故に、あまり彼女と接触することは出来なかったが、それでも彼女のことはよく知っているつもりだ。
どこまでも強い意思と、使命感。その二つを芯に抱えた彼女が、この戦いを途中で降りることはまず無い、という確信。それ故に、心配は増すのだが、それを言葉にすると彼女は鬱陶しがるので、なかなか難しい。
「ユーリは、きっと大丈夫です。彼女は最強です」
「……ありがとうございます、スーア様」
そんな心中を察してか、スーアが励ましてくれた。やはり表情は常人の自分には読み取りにくかったが、今の言葉は間違いなく、自分を気遣い、励ましてくれているものだった。ビクトールは感謝を述べた。そして、不意に疑問が頭をよぎった。
「おたずねしてもよろしいでしょうか」
「はい」
「何故、スーア様はあの子を最強と呼ぶのです?」
スーアはたびたび、ユーリを最強と呼んでいた。それはビクトールも時折耳にしていた。
最強。七天最強。なるほど確かにユーリは天賦の剣才がある。それはビクトールも疑いようが無い。その彼女の才覚は幼少期からたびたび目撃していた。その点は疑いようが無い。
しかし【七天】、驚異的な超人達が集う魔境において、彼女が最強なのかと言われれば、疑問が残る。目の前のスーアをはじめとして、超常的な力を持った者達の集まりこそが七天だ。そんな中に肩を並べて、神からの権能を賜った娘は誇らしく思うが、同じく権能を賜った超越者達のなかでもユーリが飛び抜けて強いかと言われれば、疑問が残る。
それこそ、最も偉大なる天賢王をはじめ、もっとわかりやすく、圧倒的な力を振るえる者達はいるのだ。そんな中、“絶対両断”の【天剣】と剣術が、彼らを大きく上回るようには思えなかった。
すると、誰であろうスーア自身も、不思議そうに首を傾げながら、言った。
「正直を言うと、私もよく分かりません」
「分からない……」
いや、なんでだよ、とは思わなかった。時折スーアはこのような発言をする。常人には見えない多くのものが見えるスーアは、それ故に自分の処理する情報を上手く読み解くことが出来ない事がある。理解できぬまま、疑問に思ったまま、周囲を正解に導くことがある。
「しかし、事実なのです。彼女だけなのです」
今回もそうなのだろう。彼女は不思議そうに、解せなそうにしながらも、一方で確信をもった声音で、断言した。
「唯一、
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
グリードは、自分が超越者へと至った事を確信していた。
間違いなく、今、この世界で最も強い生命体は自分だ。その確信がグリードにはある。それは、驕りでは無く、事実だ。グリードは冷静に、自分の性能を見極めていた。
無論、課題は多い。ここに至って尚、自分は完璧では無い。ここに至るまでの不備もあった。ソレは認める。その事実を鑑みても尚、この敵達は殲滅出来るという確信がグリードにはあった。
「――――分かった」
だが今、グリードは自らの確信が揺らいでいるのを実感している。
ぼろぼろの少年を、背後の、自分が出てきた洞穴に押しやって、前に進み出てくる獣人の少女。鎧も纏わず、ぼろぼろで、右腕が無くなり、蒼い髪は血と泥にまみれている。そんな悲惨な姿をした少女を前に、グリードは揺らいでいた。
身体の奥から、チリチリと、灼ける感触があった。
それは、真っ当な生命からかけ離れ、至る所へと至ってしまったグリードの中に、かすかに残った本能だった。命を脅かされるリスクを抱えた、生命が有する生存のための機能。それが、刺激する。最後の力を振り絞り、警告を放つ。
目の前の存在は、敵は、自分を“おびやかす”。
「こうすれば良かったのか」
少女は、囁く。
そして次の瞬間、彼女の身体は揺らめいて。宙を蹴り、グリードの眼前へとその姿をさらした。歩行術の一種だろうか。速くは無かった。しかし、その動きを咎めることはグリードには出来なかった。グリードの意識と意識の狭間に滑り込むように、一気に近づいてきた。
「こう刻めば良かったのか」
剣がくる。ただの天剣、絶対両断の剣が奔る。
グリードはそれを知っている。学んでいる。“視ている”。だから、視て、学んで、習得した技術に沿って、その剣を回避しようとした。そうしようと、試みた。
『っ』
出来なかった。剣はグリードの構えた腕を両断した。欠損したグリードの腕から、血と、激しい光がこぼれ落ちた。
『【六輝輪光】』
その時点で、グリードは自らの内側にあった全ての知識を捨てた。眼前の存在と、先ほどまで戦った天剣の像を完全に切り離した。此所までの理解はただのノイズであると即座に判断した。
徹底して距離を取るべく光と魔圧を放つ。たとえどれだけ異常な動きをしていようとも、相手は防具もまともに身につけていない、生身の生物なのだ。空間を焼き払い、距離を置いて、灼熱で消し飛ばせば、骨肉は灼け砕け、死滅する。
それを実行すべく光輪を輝かせた。力を容赦なく、全域にたたき込んだ。
―――のに、何故、この少女は何事も無く目の前にいる???
「剣とは、
再び剣が閃く。今度はいなそうとは考えなかった。
『【六輝・天剣】』
同じ力の再現をグリードは行った。天剣がどれほどの特別な力であろうとも、魔力から構成される力であるならば、今のグリードには再現可能だ。その剣でもって、天の剣を迎撃する。接触し、双方が砕けるとしても、それはそれでかまわない。この得体の知れぬ怪物の攻撃を防ぐ手段が見いだせるならば、ソレで良いと思った。
『――あら、本当に、酷いわね』
だが、グリードが生み出した剣は―――ある意味予想通り―――一方的に砕かれ、グリードの身体は切り裂かれた。
腕が切り裂かれ、脚が落とされ、光輪が砕かれる。治癒の魔眼の消費が追いつかない。あまりの理不尽さに、グリードは笑みすら消した。幾重もの力を強引にはき出しながら、死にものぐるいで距離を取る。転移の術を乱用し、物理的な距離を開けた。
なんとか肉体の再生を果たしながら、グリードは視た。
「―――嗚呼、師よ。たった今、理解りました」
天剣の少女、ユーリがその二つの瞳から、ボロボロと涙を流し、その先が失われた右腕を、天へと伸ばす。無残にちぎれたその右腕に、光が集う。
それは、彼女の扱う天剣の光――――――の、筈だった。
どこか空々しい、金色の輝きは、異様な明滅を繰り返していた。それはまるで、主であるはずのユーリに抗い、逃れようとするかのようだった。不規則に揺らぎ、狂ったように形が崩れようとした。
更に、声が聞こえてきた。それは、先にグリードを襲ったあの瞳の声。
〈―――警告、それ以上の越権は許され「
だが、次の瞬間、神の権能は彼女に
どこか空々しくもあった金色の輝きが解ける。
何もかもを飲み込むような、星空の光が彼女の元に集い、収束する。
「我、剣士に在らず。柄を握り、振るうでなく、在るままに万象を断ち切るモノ」
失われた彼女の身体を補うように、光が収束する。
それは、腕の形を模しながらも、明らかにヒトのそれからは逸脱していた。針の様に細い糸が幾重に重なり形を成した。
構えると、その腕と同じ星天の剣が指先から生まれるが、しかしそれもまた真っ当な剣からはほど遠い。柄も無く、刃のみがその腕と一体化し、その刀身で獲物を睨む。
そして、失われた腕のみならず、逆の無事な左腕から、胎へとまとい、脚を覆い、全身を覆い尽くす。本来の天剣の機能から、完全に逸脱していた。神の機能の全てが、たった一人の少女を前に支配された。
獣の様にすら見えて、対極に在るモノ。
森羅万象、あらゆる聖邪魔剣すら霞むモノ。
只管に、万物を切り裂く事のみに特化したヒトの到達点。
「
【終焉災害/剣】
ユーリは高らかに謳い、グリードに襲いかかった。
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