なつかしき学び舎と勃発する地獄③



 ハロルに情け容赦なく振り下ろされた拳を見て、ウルは酷く懐かしい気持ちになった。


 そうそう、相手が女子供でもまるで情け容赦のない男だったよこの教官は。


 痛烈にしばらく地面に転がり悶えていたハロルだったが、自分を一撃でのした相手がグレンであることに気がついた瞬間、勢いよく顔を上げて、なぜか目を輝かせた。


「グレン師匠!!!」

「あーうぜー。っつーかなんでまだ来てんだよお前、銅級持ってるのに」

「師匠から学ぶことはまだまだあります!!」

「ねえよ。帰れ」


 ぴょいんと飛びつかれたグレンは、心底うっとうしそうな顔をする。どうやらこのやりとりは割と何時ものことのようだ。しかし、


「……懐かれてるな?師匠」

「訓練時さんざんしばき倒してもなぜか懐いてきたんだよこのドマゾ」


 曰く、冒険者見習いの時からすでにすさまじい才覚を見せていたハロルは、早々に冒険者ギルドから「新たなる新星」として見いだされていたらしい。良い銀級冒険者あたりを見繕い、大切に育てようとしていたのだが、なぜか彼女はグレンのことを気に入ってしまったらしい。

 「何をどう考えても指導員としてはろくでもないからやめておけ」という周囲の忠告を無視して、誰であろうグレン自身からの警告すらも無視して、グレンの訓練所に何度も通い、しまいには銅級冒険者の資格を得ても尚、彼の元に通っているらしい。


「うーわ変わった趣向してんな新人」

「はい!」


 ウルは普通に引いたが、ハロルはまっすぐにうなずいた。強い新人だった。





              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「ところでウルさんも師匠ってことは、兄弟子なんですね!?兄弟子って呼びます!」

「弟子をとった覚えがねえわ、そんでもってだ……」


 しばらくの間絡んできたハロルをうっとうしそうにひっぺがえすと、グレンはウルを睨みつけた。

でグラウンド占拠するんじゃねえ。帰れ」


 そういって、ウルを心底うっとうしい害虫でも見るかのような顔で見下ろしてくる。黄金級授与式の前に一瞬顔を合わせただけで、随分と久しぶりの再会なはずなのだが、なつかしさとか感慨とか全部無視して本当にみじんも変わりない態度のグレンに妙な安心感を覚えた。

 しかし、その彼の言葉を聞いて、ハロルは少し不満げだ。


「くだらない、ですか?ボクはとても楽しかったのですが…!」


 先ほど、かなり充実した表情をしていたハロルにすれば「無駄」という評価は不満であったらしい。ハロルのその反応に、グレンは鼻で笑った。


「お前にゃ言ってねえよハロル。お前にとっちゃ、まあある程度は有益だろうさ。害の方が多いがな」

「害?」

「勘違いしちまうリスクがでけえって話だ。おいウル」


 そして彼は再びこちらを面倒くさそうににらみつける。


「んだよ、師匠殿」

「何なことしてんだ?お前は」


 再び、無駄の一言だ。ウルは首を傾げた。


「真面目に訓練したんだがな。吸収した魔力なじませるために、力加減を覚えようと――」

「こんな低次元のままごとで、お前の身体の魔力が馴染むわけがねえだろ」

「低次……」


 ハロルはさらにショックを受けて凹んでいたが、グレンは無視した。


「お前がやってんのは、翼があるのに使わず、ぽてぽてと地面を歩いてる鳥と変わんねえ。俺がいつお前に「訓練の時は力を押さえろ」なんて教えた?」

「……いや、だが」


 グレンの言わんとすることは、確かに分からないでもない。確かに、ハロルと戦うとき、幾つもの制限を自分に課したのはウルは否定しない。だが、それでも、力を抑制し、コントロールをすること自体は間違っていないと思うのだが――――


「まあ、たかだか1年そこらでヒト辞めた所為で、自覚が追いつかねえのはわかるがね」


 と、そう思っていると、こちらの不満を察したのか、グレンは深々とため息をついた。


「ったく、しょうがねえな……


 ウルはその言葉を聞いた瞬間、ぞっとした。


 この男はよく面倒くさがる。かったるいと、呻きがちだ。実際にものぐさなのかと最初は勘違いするのだが、この男のしごきを1ヶ月耐え抜いたウルは理解していた。この男が面倒くさがるというのは、つまるところ「」という意味なのだ。「面倒くさいからやりたくない、やらない」という意味ではない。この男は本質的な部分で律儀だ。

 そして、今、その彼の労働意欲の向かっている先は――――


「よし、構えろ」

「ちょっとまてグレ――――」



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 訓練所の主、ウル達の師匠というグレンがウルの模擬戦を止めたのをみて、エシェルは「これで終わりか」と、少し肩の力を抜いていた。

 グレンの話はウルからも、シズクからも聞いていた。新人冒険者の訓練教官で、恐ろしくめちゃくちゃな男であったという話を聞いていたが、思ったよりもまともな対応をしていたことに彼女はほっとしていた。


 していた。のだが、しばらくのやりとりの後、グレンが地面を足で強く踏んだ瞬間、事態は一変した。状況の変化、とかではなく、文字通り、


「――――んん!!??」


 遠目に、それほど力を込めた様にも見えない足踏みをした瞬間、まるで地震でも起こったかのように地面が揺れた。訓練所全体が激しい音とともに振動し、冒険者ギルドのギルド員が何事だ!?というように窓を開けて周囲を見渡した。


「っきゃあ!?」


 そして、先ほどまでウルと一緒に模擬戦闘を繰り返していたハロルが、エシェル達のすぐ側まで転がってきた。文字通り、ゴロゴロゴロと地面を転がり、壁に激突して身もだえていた。爆発に巻き込まれたような有様だった。


「あ、コレは不味いね。リーネ手伝って」

「!?はい!」


 側で見学していたディズとリーネが慌ただしく動き出す。即座に訓練所の周囲に、魔法陣が展開し、結界が作り出される。何一つとして事態の変化について行けないエシェルは目を回すばかりだった。


「え、なにどういう…………!?」


 何一つ理解できぬまま、さらに目の前の光景に変貌が起こる。

 地面が隆起し、浮き上がる。結界の内側で、無数の岩石が浮遊を開始していた。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 なんだ、どういう現象だ?!


 周囲の地面の天変地異を結界の中で目撃したウルもまた、当然のように混乱していた。だが、すぐにそんなことを考えている場合ではないと言うことに気がついた。


「黄金級相手の訓練なんて初めてだ。加減の仕方なんて分からんから全力でいくが」


 現象を引き起こしたと思われるグレン自身から、すさまじい気配が放たれていた。


 少なくとも訓練所で追いかけ回されてグラウンドを駆け回っていた時も、怒鳴り散らして訓練生をボコボコにしている時も、決してまとわなかったような、未知の気配だった。

 触れるだけで寒気がするような、鮮烈なまでの闘気が、ウル一人に向けて放たれている。


「死ぬなよ?まあ殺す気でやるが」

「――――っ!!!」


 ウルは即座に背負っていた竜牙槍を引き抜き、構えた。だが、正しく構えるよりも早く、1年前と全く同じだが全く違う、師の拳が振り抜かれた。


「おし、死ね」


 岩盤を砕くかのような強烈な破壊音が、新人冒険者ひしめく訓練所に響き渡った。


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