焦牢の住民達のお引越し④ 天才鍛冶師と珍客Ⅱ
「腕を増やしたいのよ。できればあと4本」
橙色の髪の小人の開口一番でダヴィネの脳裏に星空が広がった。
「人体拡張、延長の魔術は成功したんだけど、想像以上に心身の負担が大きかった」
ダヴィネは黙って彼女の話を聞いた。
というか返事するタイミングが無かった。そもそも何を言ってるのかわからん。
「細かな作業は私自身がやるしかないけど、ルーティンを組める部分は自動作成できないかと考えたの。そこでこれ」
ダヴィネが一切返事する前に、彼女は机に何かしらの設計図を広げた。それは人形の腕部品の様にも見えたが、指先がやや異なる。指の数がやたら多い上、その先端がペン先のように鋭く、長く伸びていた。
「人形の命令術式の白王陣は3代目が完成させている。ソフトは出来ているから、後はハードが必要なの。ソレを作って」
そこまで全て言い切った後に、彼女は頷いて、ダヴィネを見つめた。
「理解してもらえたかしら」
「何にもわかんねえよ!?」
ようやくダヴィネは声を出した。そしてキレた。
「何で分からないのよ」
「わかんねえよ!何言ってんだおめえ!狂ってんのか!?」
分かるわけが無かった。
焦牢にいた時も無茶な依頼はあるにはあった。何せ特殊な環境だ。【竜殺し】だってそもそも通常の魔物相手では過剰とも言える殺傷力を持つ武器であったし、そうでなくとも、地上にある呪いの炎や、空を覆う黒煙が常時存在する土地で、ヒトが生活を維持するための環境を維持するための道具作りというのはどうしたって尖った依頼になった。(時折、ビーカンの顧客を喜ばせるための賄賂を作らされたときはキレた)
だが、目の前の小人の依頼は本当に何を言っているのか分からない。
失った腕の代わりの義手が欲しいなら分かる。
“追加で腕が欲しい”は流石に聞いたことがないというか、普通に狂ってる。
「そもそも腕増やして何する気なんだよ?」
「は?魔術の、白王陣の研究だけど?」
「じゃあやっぱマッドじゃねえか!!!」
「そうだけど」
「怖!!!」
否定どころか肯定してきた。恐怖である。
「っつーかそもそも俺ぁ人形技師じゃあねえ!!腕だろうが人形なんて作った事ねえ!」
「なんだ、専門外なの?作れないなら最初から言いなさいよ」
「出来るに決まってんだろ舐めてんのかてめえ!?」
「出来るんだ……」
「当たり前だ!!なんだったらこの設計図よりも5割増し良い物作れるわ!!!」
「――――へえ、凄いわね」
そう、出来る。ダヴィネは出来てしまう。
物作り、“創造する”という一点において、ダヴィネは本物の天才だ。
例え一切知識の無いものであっても、ある程度カタチを教えられれば、そこにどのような理屈があり、思想があり、意図があるのかの大半を読み取れる。そしてそれを再現し、その果てに
伊達に、物作りの一点で、長年牢獄で君臨してきた訳では無い。
人形についても専門外というのは本当だ。しかし、この小人は、【人形義手】とでもいうべきものの詳細な設計図を持ってきている。
ならば、作れる。
が、しかしだ。
「俺ぁ都合よく使われるのが嫌いなんだ!「よくわかんねえけどたぶんできるだろ?」みてえなノリで仕事持ってくるんじゃねえ!!」
別に、ダヴィネはウーガでも王様のように振る舞いたい訳では無い。
というか、統治者としての責任を負うのは二度とゴメンだった。自分が“ああいうの”にとことん向かないのは、焦牢の危機の時によく分かった。
が、侮られるのは別だ。
支配する気がなかろうが、侮られるのはよくない。矜持の問題では無く、現実的な問題として、侮られるのはろくな結果につながらない。不細工なやり方であっても、長い間支配者として君臨してきた時に得た経験から、ダヴィネはそれをよく知っている。
モノを作る職人は特に“そう”なりやすい。
時に、横暴と思われようと、威圧する必要は出てくる。
ダヴィネが焦牢に暴君のように振る舞っていたのは、実利的な理由があったのだ。
「仕事を受けるかどうかの選択権は俺にある!勘違いするんじゃねえぞ!どうしてもって思うなら態度改めて出直してこい!!」
ばしりとダヴィネは小人の小娘に言い切った。
別に、どうしても断りたい訳ではない。むしろ、この小人が持ってきた人形義手は、ダヴィネのこれまでの経験でも見たことがない技術が幾つも取り込まれていて、興味深かった。が、それを表に出してしまうと、やはり下に見られかねない。
下手には出ない。
これは彼なりの交渉術だった。
「そう、わかったわ――――」
だが、ダヴィネは気づいていなかった。
目の前の小人の目つきが、極上の獲物を前にした獣のソレになっている事に。
「
小人の少女はそう言って、心の底から申し訳なさそうに微笑んだ。
「――――あ゛?」
「専門でも無い、
「…………」
「貴方よりも腕のあるヒトを探してみるわ。ごめんなさい」
それはもう本当に、あからさますぎる挑発であった。
挑発であることを隠すことすらしていなかった。明らかにケンカを売られているのだ。実際、ダヴィネの近くで仕事をしていたダッカンなどは顔を引きつらせた。
普通、小人は土人にケンカなんて売らない。
力の差があまりにも違う。例え土人が子供で、小人が大人だろうと、ケンカをすれば小人が負けるのだ。それくらい、種族としての身体能力に違いがある。そんなのはこの世界の常識である。
それを承知の上で、犯罪者の王様なんて危うい立場にいたダヴィネに、真正面からケンカを売ったのだ。
胆力がある。という次元では無い。イカれている。
「………………!!」
ダヴィネは、手に持った金槌を目の前の小人に振り下ろし――――はしなかった。
顔を真っ赤にさせながらも、一ミリたりとも暴力の為に腕を振り上げようとはしなかった。何せこの挑発を向けてきた少女は、この世界の常識を一つたりとも知らない間抜けではない。一歩間違えれば自分が即座に殺される事を全て承知で、ケンカを売っている。
ここで、暴力を振るうのは、その挑発に完全に敗北したことを意味している。
故に、
「やってやろうじゃねえかこの野郎!!!!!!」
ダヴィネは乗せられた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
竜吞ウーガ中央広場
「というわけで、ダヴィネに義手作成を依頼できたわ」
「新しい仲間と和やかに交流して依頼するって択は無かったのかお前には」
「天才って聞いてたけど本当に凄いわねあの男。あの義手設計図、今でも再現困難って言われてる曰く付きよ。それをアレンジまで出来るなんて…………ふふほほほほほほほほ」
「笑い方」
「素晴らしいスカウトだったわギルド長。貴方のおかげで私の野望がまた一つ発展したわ」
「顔、顔、わっっっるい魔女になってるから」
ウーガを管理する上での最も重要な役割を果たしている魔術師。白王陣使いのリーネとウルとの会話を傍から聞いていたレイは理解した。
「ダヴィネ相手にいきなりケンカ売ったの、あの子……」
「脳みそぶち切れてんのかな?」
とりあえずウルの仲間に真っ当な者は一人も居ないということを。
一応自分たちは無数の陰謀によって牢獄に放り込まれたという特殊すぎる経歴を持っているはずなのだが、ここの連中と比べたら大分まともな気がしてきた。
すると、ひとしきりウルとの会話を終えたのか、リーネはこちらに視線を向けてきた。
「というわけで、初めましてガザ、レイ。リーネ・ヌウ・レイラインよ。」
どういうわけだ。と言いたかったが、レイとガザはとりあえずそのことは顔に出さずに握手に応じた。ヌウ、ということは官位持ちだ。さて、どう向き合おうか、とも思ったが、ソレよりも早く向こうが訪ねてきた。
「そちらが元天陽騎士というのは聞いているけど、官位持ちなのかしら」
「……あー、といっても焦牢に突っ込まれた時点でな。どうせ実家も俺らの事なんて忘れてるだろうしなあ」
ガザとレイは元天陽騎士。つまり、一応実家は官位持ちの神官ということになる。のだが、正直言って、焦牢にたたき込まれた時点で(そしてその後、実家が自分たちを助けようという動きを一切起こさなかった時点で)、ほとんど勘当されたようなものだった。
現在はウルに巻き込まれるカタチで英雄のような扱いを受けているが、レイの実家がレイにコンタクトをとろうとはしてこない。ということはつまり、そういう事だ。ガザも同じだろう。
「ただのガザとレイでいい。敬語が必要ならそうします」
「なら、こちらもリーネで良いわ。ウーガに居る連中は大抵、そんな感じよ」
「居心地良いわね」
焦牢での生活も長かった。今更真っ当な地位の差による関係に気を遣い続けなければならないというのは、正直馴染む気がしなかった。勿論、何もかも無礼講というわけにはいかないだろうから「おっしゃ楽出来る!」という顔でいるガザには注意は必要だろうが。
「さて後は……シズクとロック辺りか。顔は一度合わせてるけど改めて…………で、どこにいるか分かるか?」
「今の時間なら訓練所じゃない?白の蟒蛇と一緒に鍛錬していると思うわ」
「ああ、ジャインの所は最後って思ってたから、ちょうど良いな」
「今日はディズ様やアカネ様もいると思うわ」
「了解」
次の行き先が決まったらしい。ウルは目配せして再び歩き出した。レイはガザと共にリーネに会釈し、再び彼について回る。すると去り際に、リーネが声をかけてきた。
「気をつけてね――――死なないように」
「え、死ぬの?」
「油断したら」
レイとガザは顔を見合わせた後に、身構えた。
この場所に限っては、冗談ではあるまい。
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