灰の英雄の凱旋⑧ 再会
「なん……なんだ……!」
司令塔の窓から見える光景。無数の魔法陣によって完全に機能を失っているガルーダの姿を前に、ヘイルダーは戦いた。あまりに異様な光景だった。しかし間違いなく、ガルーダが墜ちた。ウーガの連中の仕業によって。
「ここは、この場所は、化け物達の巣窟か……!」
ヘイルダーは思わずそんな感想を漏らした。すると、
「ありゃ?気づいていなかったんすか?」
それを近づいて来た獣人の女が、ぱちくりと不思議そうに首をかしげた。隣に居る巨漢の男も頷く。
「アンタの言うとおり、ここは化け物の巣窟だよ。イスラリア大陸を見回してもトップクラスの魔境だ」
半ば呆れたような、哀れむような眼で、巨漢の男はこちらに近づいてくる。すでに機械の鎧もボロボロになって、動作することすら困難になりつつあるヘイルダーに向かって、手斧を構えた。
元々、戦闘の心得などないヘイルダーはびくりと身体を震わせる。
「金ほしさに、何も知らず、あのイカレ野郎に手を出したのが間違いだったな――――」
「――――はあ?」
が、次の瞬間、がちりと、何かの歯車が回った。
「知らない?知らないだと?」
巨漢の男が訝しんだ表情をする。だが、ヘイルダーの興奮と怒りは止まらなかった。激しい異音を奏でながらも、機械の鎧が再起動を果たす。
「知ってるに、決まってるだろう!!」
彼は懐から、“予備”の魔導鎧を起動する。
圧縮され、封印されていた魔導機械が更に膨れ上がる。彼の身体を更に何重にも大きく、肥大化させる。最早この天井に届くほどの高さまで膨れ上がらせた。
「おいおいおい……」
「ぜってえ、使い方違うっすよこれ……」
指摘は正しい。
予備の魔導鎧はあくまでも予備だ。機能不全になったり、紛失したときに使う言葉通りの予備品だ。間違っても、重ねて使うような代物では無い。
事実、先ほどよりも魔導鎧の異音は激しさを増していく。至る所から火花が散る。胸の中央で明滅する魔導核が二つ並ぶが、光がぶつかりあって、異様な輝きは際限なく増していく。誰の目から見ても危険極まるのは明らかだ。
「ああ、そうか!!やっぱりウルはおかしいんだな!!当たり前だ!!そうに決まってる!!そうでなければならない!!!」
しかし、ヘイルダーは全く気にしない。
自分の命の危機など、心の底からどうでも良かった。すでに彼の頭の中からはエンヴィーの暴動の件すらも消し飛んでいる。彼の頭にあるのは、彼の最大の優先事項はたった一つだ。
「今度こそ!!!アイツを!!僕がぶっ倒すんだ!!!」
かつて、幼い頃の彼の、最大の野望を叫んだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
肥大化したヘイルダーを前に、ラビィンは心底呆れた声で呟いた。
「――――アイツ、馬鹿なんすかね?」
その言葉に、ジャインは額を揉みながら唸る。
「間違いなく本物の馬鹿だよ……ラビィン、あのチカチカ光ってんの何だと思う」
ヘイルダーの魔導鎧の中心で、二つの魔導核が激しい光を放ちながら明滅している。どう見たって、それは正常な動作では無かった。規則性も全くない。明らかな異常を雄弁に語るその姿を見て、ラビィンは淡々と言った。
「爆発するんじゃないっすかね」
「超、大馬鹿野郎に修正するわ馬鹿野郎……」
【直感】持ちのラビィンが言うのであれば、それはもう確定だ。
つまりどうにかしなければならない。ぶっちゃけ、勝手に爆発するだけなら、全員をここから逃げ出させて、一人で死んでもらえばいいだけの話なのだが、流石にそれをすると後々響く。いかに破滅寸前とはいえ、現在の中央工房のトップ、しかも死因は爆発四散である。
「本当に、勘弁しろ畜生!おい、全員階下に降りろ!!避難だ!」
部下に指示をだしながら、ジャインはうめく。
許可無く不法侵入し、器物を損壊し、挙げ句に自爆しようとしている。大した大罪都市エンヴィーの代表者である。死んでくれと思うが死なれても困る。
この半年間、ウーガ内部は平和だった。
シズクを中心としたゴダゴダは確かにあったが、ウーガの護衛という見地からすると本当に、平穏と言っても過言では無かった(といっても、ウーガへの侵入者は後を絶たなかったが、それでもマシな部類だった)。
しかし、ウルが帰ってきた途端これである。どうなってんだアイツは。
「そんなにウルに会いたいのか?」
そしててんやわんやの大騒動の最中、エシェルはヘイルダーの前に立った。
「ウル……!!!」
エシェルを前にしても、すでにヘイルダーは彼女へと視線を向けない。血走った眼で、ぎょろぎょろと周囲を見渡す。ここに居ないはずの男を捜していた。
エシェルはため息をつく。
「正直、本当にお前のことは嫌いだが、そこだけは同意見だ」
そう言って、両手を重ねて、前に突き出す。
「だから、会わせてやる」
「――――あ?」
彼女の周囲を漂っていた魔導書が光を放ち始める。
「ずっとずっと訓練していた最終手段だ。結局、間に合わなかったけど、ようやく使える」
魔導書が廻る。強すぎる力を放とうとするエシェルを、なんとか抑え込むために。エシェル自身、自らの内側からこぼれそうになる“衝動”を抑え込もうと、表情をしかめた。
そして、彼女の目の前に、巨大な鏡が出現する。
「【会鏡】」
2メートル超はあるだろう黒紫色の美しい鏡は、ヘイルダーの眼前に姿を現した。しかし、その鏡は今のヘイルダーの恐ろしい姿を映したりはしなかった。その鏡に映っていたのは彼ではなく――
「――――へえ、マジでこんなことできるんだ。凄いなエシェル」
遠く、プラウディアにいる筈のウルの姿だった。
「ウ」
ヘイルダーは驚愕した。同時に、機械の鎧が放っていた光が激しさを増す。四方八方に伸びた手足の全てが、鏡に映る彼へと集中していた。鏡の中に居るウルは、不意に鏡面へと手を伸ばすと、指先から外へと這い出してくる。
水面からゆっくりと身体を浮上させるように、鏡の向こう側からこちら側へと。
そして、完全に竜吞ウーガへと身体を【転移】させたウルは周囲を見渡す。そして異形と化したヘイルダーをみて、一瞬顔をしかめ、ため息を吐き出した後、一言呟いた。
「で、
ウルは
「ウ、ルゥウゥゥウゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!!!!」
異形が動く。彼がギリギリで保っていた理性は消え去った。憎悪が脳の全てを支配し、穴という穴から液体を垂れ流してぐしゃぐしゃになった顔でウルへと、自身の鎧の凶器の全てを向けた。
「【揺蕩え】」
そしてその全てが突然、在らぬ方角へとすっ飛んで、破壊された。
「え」
「冗談だよ」
砕け散った鎧の残骸の雨の中、ウルが笑った。幼少期と変わらない、不敵な、憎たらしさの塊のような笑みだった。
「流石に印象深すぎて忘れてねえよ。久しぶりだなヘイル」
「ウ――」
「んじゃ、死ね」
そして、間抜けを晒したヘイルダーの顎に、ウルの拳が叩き込まれた。
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