黒炎砂漠第八層 黒炎蜥蜴戦
【黒炎蜥蜴】との戦いは、まずそこにたどり着くだけでも困難な戦いだった。
まず前提として【人形】との戦いで使った“大砲”を用いることはできない。単純に運搬が困難だ。4層目の人形戦は10年間の停滞の間に変動する迷宮の安全な移動ルートを用意できたからこそ使用できた、文字どおりの“飛び道具”だった。
5層目以降の階層は未知であり、単純な攻略にも困難がつきまとった。8層目の番兵の所までたどり着くことが出来るのはウルやガザ、レイを除くと精鋭部隊の一握りだ。総勢10人にも満たない。
当然、大量の兵器による包囲など不可能である(そもそも地下牢の倉庫に放置されていた大砲群自体、一度の使用で大分ガタが来た)
攻略が完了した5層と7層に中継地点を用意し、資材を運び続ける。
その間にも通常の黒炎鬼は襲い来る。それらの処理もし続けなければならない。ダヴィネの技術と魔女釜の魔術を併用した”結界術式”がなければセーフゾーンの確保すらままならなかった事を考えると、“比較的大人しい迷宮”といっても、完全攻略となるとその難度は高い。
そしてなんとか現状の万全を用意して【黒炎蜥蜴】の前に立ったとしても、そこまでが準備段階で、これからが本番なのだ。
『AAAAAAAAAAAAAAA!!!!』
【黒炎蜥蜴】が鳴く。同時に、口内に溜め込んだ黒色の炎が渦を巻いて、そして吐き出される。強力な熱と、呪いを孕んだ黒炎が狭い道を一杯に広がっていく。
「退避!!!」
ボルドーの声で即座にウル達は”橋”から距離を取った。自然には生まれる筈もない流砂の橋は黒炎で埋め尽くされて、蜥蜴が炎を吐き出し切った後も暫く橋を燃やしていた。薪のない状態であっても橋は暫く呪いが満たされる。迂闊に足を踏み入れれば呪いに殺されてしまうだろう。
「くそ!やっぱり少し近付くだけでもまき散らしやがる!!」
「わかってはいたことだ」
苛立ち喚く戦士達をボルドーが落ち着かせる。
【壁】を守る【黒炎蜥蜴】の元にたどり着くための流砂の一本橋。左右に広がる底の見えない奈落。最悪の立地条件だった。相手には一方的に攻撃する手段があり、逆にこちらには遠距離からの有効な攻撃の手札がほぼ無い。
「竜殺しを投げつければ効くかもだが……」
「改めて見ても、遠いな。ウルや俺であっても、有効打になるか怪しい」
流砂の橋は長い。この橋の向かい側から相手のところまで投擲を行えば、威力は減衰する。ヘタすれば蜥蜴には気付かれるだろう。それで打ち落とされて【竜殺し】を奈落へと落として失っては目も当てられない。
ダヴィネがいくらか協力的になり、現在【黒炎払い】が迷宮攻略時に利用できる竜殺しの本数は最大10本だ。4層攻略時は2本だったことを考えれば多くはなったが、むやみに消費できるものでもないし、失ってすぐに補充できるものでも無い。一本作るのに、ダヴィネは一ヶ月前後の時間を必要とするらしい。そんなものをぽんぽんと消費することは出来ない。
マトモに戦うには橋を渡るしか無く、しかしそうすれば即座に黒い炎に薙ぎ払われるのがオチである。状況は困難極まった。
だからこそ、対策を練ってきた。
たどり着くだけでも一苦労な場所までウル達は今日まで何度も足を運び、そしてそのたびに情報を集め、様々な対策を考えてきた。失敗は既に重ねている。今日は結果を出す日だ。
「……でもよお、ウル。本当に“コレ”使うのか?」
「なんだ。怖じけたのか?」
「バッカ!!ちげえよ!!ちげえけど………」
「現状、俺と併走出来る足があるのはガザだけだ。頼むぞ」
「バカヤロウ!!!任せろよ!!!」
ガザの背後でレイが小さく「単純」と呟いたが、ガザには聞こえなかったらしい。ウルがダヴィネに依頼し用意させた”ソレ”をガシリと握りしめた。ウルも同じく握る。
「およそ三分後に黒炎が安定化する。そこからが勝負だな」
ボルドーの言葉にウルとガザは頷いた。
「戦場に立てば、撤退は困難だ。今日で奴を殺す。全員腹をくくれ」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
【番兵・黒炎蜥蜴】には生物としてのまともな思考回路は存在しない。
他の【黒炎鬼】達とその特徴に変化は無く、”薪”となる対象を黒炎で焼き尽くし自分の同類を増やす事、そして黒炎の壁の守護者であり核でもある【番兵】としての役割を守る事以外に行動原理は存在していない。
まともな生き物のような学習能力も当然存在しない。ただただ機械的に、近付いた”薪”を焼こうとするばかりだ。
だから、橋の向こう側から現れたソレに対しても、【黒炎蜥蜴】は機械的に対応した。
『AAAAAAAAAAAAAA!!!』
自らをも焼き続ける黒い炎を腹の中で凝縮し、そして吐き出す。
暗黒の炎は狭い一本道を再び埋め尽くし、橋に近付いたそれも飲み込んだ。薪の気配も己の熱と呪いに全て飲み込まれ、感知できなくなる。故に【黒炎蜥蜴】はピタリとその動きを止める。
勝利の確信だとか、そういう類いのものでは無い。ただただ機械的に、対象を見失ったから動きを止めたのだ。再び薪の気配が現れるまで、蜥蜴はそうする。
だから【黒炎蜥蜴】は待機して、待機して、待機して――
「っしゃあああああああおらあああああああああああああ!!!!!」
その炎の橋を突っ切って来た”鉄塊”を叩きつけられた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
『AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?!!』
黒炎蜥蜴のわめき声を聞きながら鉄塊、もとい【黒炎喰いの大盾】を握ったウルとガザは手応えを感じて、叫んだ。
「っしゃおら!!!大当たりだコラ!!!どうなってっかわかんねえけど!!!」
「調子乗って奈落に落ちるなよ!!!」
黒炎を喰らう槍が作れるなら盾も可能ではないか?
ダヴィネに問うたその質問の答えは「NO」だった。技術的に何故困難であるかの説明はウル達は完全に理解する事はできなかったが、要約すると「黒炎を喰らって砕く力を広げることは出来ない」との事だった。
【竜殺し】を槍や矢の形にするのには理由がある。竜殺しの力を一点に集中するためなのだ。それを面状に広げることは出来ない。というのがダヴィネの説明だった。
だが、そうするとどうするか。黒炎蜥蜴と戦うには、まず蜥蜴の居る戦場に足を踏みこまなければ話にならない。その為の【黒炎の吐息】はなんとしても防がなければならない。橋を焼く黒炎を浄化しなければならない。
――黒炎に対して物理的な障壁は効果が無い訳ではない。
極めて頑強な盾なら”多少は”保つ。
議論の最中、ボルドーから提案があった。そして出来たのが【黒炎喰いの大盾】である。名前はいかにも勇ましいが、その実体は冗談みたいな造りをしている。
魔術弾きの黒金の大盾に、何本も【竜殺し】が突き出ているのだ。
その冗談めいた大盾をウルとガザが一つずつ握り、橋に突き立てて一気に黒炎を掻き分けてゴリゴリに直進するのが今回の作戦である。原案を口にしたとき、見事に「正気かコイツは」という顔でウルは他のメンバーに睨まれた。実際ウルもまともな発想では無いとは思った。
これを思いついたのは、ロックンロール号の事が頭にあったからである。移動できる巨大な装甲の超簡易人力版だ。実戦の前にガザと何度も平地で練習し、視界不良の問題をレイの通信魔具による指示で安定させ、練習で黒炎鬼達を相手に盾の耐久度と“漏れ”が起こらないかの確認を続け、そして今日実戦に投入した。
「何かされる前に一気に叩き潰すぞ!ガザ!!!」
「ああ!やってやる!!」
ウルとガザは叫ぶ。
出来る限りの想定と準備はした。だがここから先、【黒炎蜥蜴】との近接戦は初めての状況だ。どうしても予想しきれない事が多い。そしてその状況に遭遇した際、ウル達に撤退する選択肢は無い。
逃げるには”砂塵の橋”を再び渡る必要がある。当然盾を構えなければ背中から吐息で焼かれる。だが後退の時はもう盾が保たない。既に1度真正面から黒炎を受けている。後退の時保ってくれるという考えは甘い想定だろう。
だから撤退は無い。大盾も使い切って、ここで一気に殺す。
ウルはその覚悟をもって大盾を握りしめ、そして真っ直ぐに蜥蜴に叩きつけた。
「だあらああ!!!」
『AAAAAA!!』
強い打撃音と、槍が突き刺さる音がする。脳天を叩きつけられ、同時に突き出た竜殺しが【黒炎蜥蜴】の身体に突き刺さる。その恐ろしい感触をウルは噛みしめ、更に全力で幾度も踏み込み、盾を押し込んだ。
「死・に・腐・れぇえ!!!」
竜殺しが何度も黒炎蜥蜴に突き刺さる。通常の黒炎鬼であれば、竜殺しが直撃するだけで身体で炎上する【黒炎】は喰われ、やがて弱り死ぬ。
しかし、相手は【番兵】であり、その耐久は桁違いだった。ウルもそれは理解している。
『AAAAAAAAAA!!!!』
「っぐ!!?」
だから、反撃を喰らうことも、覚悟はしていた。
横殴りに突如、打撃が飛んできた。それが【黒炎蜥蜴】の尻尾であった事に気付いたのは殴られた後からだ。大盾に視界が奪われていた状態で、突如真横から飛んできたその攻撃はウルに直撃し、盾を手放して吹っ飛ばされ
「ウル!!」
「―――――ッ!!っ死んでない落ちてない!!平気だ!」
慌てるガザの声に急ぎ状況を説明する。横殴りにされた腕と腹が強く痛んだが、折れてはいない。動かせた。黒炎は尾っぽにもついていたが、全身の【黒睡帯】が守ってくれたらしい。
つまり、まだ戦える。ならば
「こっからだクソ蜥蜴が!」
背負った【竜牙槍】と【竜殺し】を握り、大盾が顔面に突き刺さっている黒炎蜥蜴へと跳んだ。
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