戦士たちの休息
大罪都市プラウディア領内 東部地域
「…………むにゃあ?」
エシェルは心地よい揺れを感じて目を覚ました。
目を覚ましたはいいが、まだまだ眠い。身体中がなぜだか痛くて、とても怠くて、疲れていた。開いた瞼をもう1度閉じようとした。
「起きたのか。だったらもうちょっと起きろ」
「うにゃああ!?」
その眼前にウルの顔があって、即座に眠気が吹っ飛んでしまった。
意識が覚醒すると、自分は地面に横たわっていた。ウルが間近で額に触れているので大分ビックリしてついでに顔が赤くなったが、ウルは気にする様子はなかった。
「身体でキツいところは?」
「え、あ、いや、うん、大丈夫!」
と、強がって言うと、ウルは顔を顰めて額を指でぐりぐりと抉ってきた。痛かった。
「我慢されても困る。正直に言え」
「……全身がなんだか凄く怠い。多分、魔力枯渇?あんまり、気持ち悪くはないんだけど」
精霊の力を使う練習をしていたときにやらかした失敗と同じ感覚だった。あの時はこれほど酷くは無かったが、同じように身体は怠かった。
「魔力回復薬は一応あるが、消耗した身体で飲んでも毒だな。自然回復を待とう。他は?」
「大丈夫……だと、思う」
「本当に?」
「本当だ!」
「……異変があればすぐに言えよ。えらいことになってたからな」
ぽんぽんと、病気をした子供にするように頭を叩くウルの気遣いは嬉しかったが、えらいこと、と言われてもエシェルには分からなかった。
そう、分からない。記憶に無い。ジャインを助け出そうとして戦場に跳び込んで、その後の記憶が曖昧だ。断片的に何かをしていたような気はするのだが、思い出せない。
分かるのはウルが本当に心配そうな顔をしていて、本当に大変なことになっていたのだという情報だけだった。
「……迷惑かけたか?」
「いんや、大戦果だ。ウーガもお前の活躍無きゃ終わってたらしいしな」
「……覚えてない」
褒められても全然喜ぶ気にはならない。思い出そうとしてもなにか、やたらと興奮して暴れ回っていた……ような、気がする、だけだ。とてもまともな状態では無かった。
そして、心の片隅に残っている、妙な幸福感と、奇妙で理不尽な敵意は――――
「シズク、シズクは大丈夫だったのか!?」
「はい。大丈夫ですよ?」
「ほあ!?」
いつの間にかウルとは反対にシズクが座っていた。彼女はニッコリと微笑んで、エシェルの頭を撫でた。
「エシェル様のお陰で、窮地を脱することが出来ました。本当にありがとうございます」
「でも、でも、それは……」
「大丈夫ですよ。エシェル様」
そう言いながらシズクは魔術を唱える。
対象を強制的に眠らせる魔術ではない。興奮を静め、身体に疲労を自覚させ、休ませる癒やしの術だ。唱えている間にエシェルの瞼は再び重くなっていった。
「失態を語るなら、私達、皆の責任です。女王である貴方に無茶をさせないといけない状況だったと言うことなのですから」
「…………で……も」
「身体を休めて、心を癒やして、それからまた上手いやり方を考えましょう」
シズクの語りかける声はまるで子守歌のようで、エシェルはそのまま瞼を閉じる。間もなく寝息を立て始めた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「……寝たか?」
「寝ましたね」
シズクは彼女の頭をもう一度労るように撫でてやった。ウルも完全に彼女が眠ったのを確認し、シズクへと目をやる。
「……で、そんなにヤバかったのか?エシェル」
エシェルの状態をウルはその終わり際しか見ることは無かった。が、とんでもない状態だったのはなんとなく分かっている。通信でカルカラもリーネも大分混乱していたし、眷族竜との戦いで生き残った戦士達の中には眠っているエシェルを戦々恐々といった表情で見る者もいる。
本当に大変なことになったらしい。そしてそれはシズクも同意見であったらしい。
「しばらくは、実戦でミラルフィーネの使用を禁じた方が良いでしょうね」
「言い切るか」
「簒奪し、己のものに換える力。場合によってはウーガよりも凶悪です。扱うにも当人が危険です。魔力枯渇に”なることができた”のは幸いですね」
「……というと」
「簒奪を使いこなせれば、恐らく彼女は
「不味すぎるなそれは……」
エシェルは既に深い眠りについているのか寝返り一つ打たなかった。本当に消耗しきったのだろう。そうしている様子は本当にあどけない少女にしか見えない。
「しかし、訓練を止めるわけにはいきません。御する力もなく封印するだけでは、もしものとき大変なことになる」
「御する術は絶対に必要と」
「それが身につくまでは、彼女の力に頼らなければならない状態は避けるべきでしょう」
「正論だな…………んで?お前は?」
ウルは正面のシズクへと訝しげな視線を向ける。シズクは相手の心を解きほぐすような微笑みを絶やさず、ウルへとそれを向けた。
「ご安心くださいまし。私は今も健康そのものです」
「…………」
「ウル様?」
「……………………」
「ひょっとして、全く信じていらっしゃいませんか?」
「良く気付いたな」
「一行の中で一番長い付き合いですのに」
「その付き合いの間にお前が適当ぬかした回数数えてみろ」
基本的にウルは彼女の言動を信じていない。特に自分に関しては本当にペラッペラに嘘を言うときがある。酷く軽いノリで自分の身体を斬り捨てることがままある。
「対竜術式だかなんだかわからんが、んなもんぽこじゃか発動して「なんともありません」とはなんねえだろうよ」
他の面子が暴れに暴れたので陰に隠れたが、シズクはその裏で献身的に活躍をしていた。得体の知れない術を使ってあらゆる竜の動きを必要に応じて止めていた。エシェルの活躍と同様、シズクの力が無ければもっと酷いことになっていた事だろう。
ならば、エシェル同様、気に懸けなければならないのは当然だった。
「お気遣いありがとうございます。ですが、本当に大丈夫なのです」
「身体に変調は?おかしな変化とか起こっちゃい無いだろうな」
「見てみます?」
「…………後でな」
ウルは土を払って立ち上がる。ウル達の周りにも眷族竜達と戦った戦士達が横になっている。向こう側には”木と葉”で出来たテントまで立てられていた。ウルはそちらへと視線を向ける。
「アカネ達の様子も見てくる……癒者からの検査は受けろよ。内容は教えろ」
「分かりました。でも、ウル様もですよ?」
「あー了解」
ウルは応じて手を振り、テントの方へと歩いて行った。
何でも無い、という面構えで歩くのにかなり苦労をした。うっかりするとそのままぼてんと倒れ込んでそのまま眠りこける所だった。今歩けているのはシズクに対する意地と、
『見抜かれとったの。カカカ』
「アイツをだませるとは思わん」
身体の動きを補助してくれるロックの存在だった。
『ワシだって疲れとるんじゃ。介護なんぞもうせんぞ』
「高い酒奢ってやるから勘弁しろ」
『んじゃーその酒でまた飲み会じゃの。付き合えよ小童』
「へいへいクソジジイ」
うっかりするとぶっ倒れそうになる身体を支えて貰いながら、えっちらほっちらとウルは歩く。こんな有様でもウルはリーダーだ。最低でも自分が巻き込んだ仲間達の安全を確認するまでは倒れるわけにはいかなかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
加工されたような石柱と柔らかな木々の葉で覆われたテントは、スーアが精霊の力を利用して生み出した簡易の医療室だった。身動も出来ないような状態の者達がいたためにその場で創り出された場所だった。
流石は精霊の力を操る神官達の頂点、と言うべきだろうか。スーアが生み出した簡易テントは”簡易”などと呼ぶにはあまりにも豪華だった。
床が敷かれ、壁があって、屋根がある。窓まであって、ベットがならんで、何故か小洒落たテーブルまである。テントと言うよりも小屋で、小屋というよりも家だった。
実に居心地の良い場所であり、重傷人達を収容しても尚まだベッドに少しばかり余りがある。外で地面に寝転がっている者達も利用したら良いのにと思うがそうする者は少ない。
理由として、重傷人達を気遣ったというのもあるが、もう一つあった。
「うむ!よくぞ今回の陽喰らいも全員乗り切ったな!七天も死者が出なかった!上々よ!」
「手放しには喜べませんがね。まさか太陽神に直接仇をなそうとするとは……」
「――――……――――ええ、本当に、疲れました」
用意されている小洒落たテーブルに七天達が集結しているのだから。
「……そりゃ、おちつかんわな」
「……無礼な事を言うなよ。」
おっかなびっくり遠目に眺めるウルに対して、近くのベッドで横たわっているベグードがグッタリとした顔で話しかけた。ウルは七天達の視線に入らないようにしながらベグードへと頭を下げた。
「今回は色々と助かった。ありがとうパイセン」
「パイセンはやめろ……全く滅茶苦茶だったな。お前等は」
ベグードの右腕は治癒符でぐるぐる巻きになって、身動き一つ取れない状態になっていた。竜の牙が腕に突き刺さり、危険な状態であったらしい。顔色も全くよろしくはない。
「色々とご迷惑をかけました」
「本当にな……」
凄まじく恨みがましい視線をベグードが向けてきたのでウルは眼を逸らした。実に無茶苦茶な事を言ったしやった気しかしない。そうして眼を逸らしているとコツンと側頭部に衝撃がはしる。
無事な方の手の甲で、軽く叩かれたのだと気付いた。前を見るとベグードは薄らと笑っていた。小人の美形の微笑みは絵になった。
「ありがとう。お前達のお陰で随分と助かった」
「……どうも」
「二度と無茶振りするなよ」
「……努力します」
「結果を出せ……」
それだけ言うとベグードはぱたんと手を倒してそのまま寝息を立て始めた。限界だったらしい。誰も彼もそうなのだろう。ベッドで眠る者達の殆どは身じろぎもせず眠っている。怪我が重い者などは治療を受けた後は沈静化させて眠っているのだ。
彼等の休息を邪魔したくは無い。できるだけ急いで残る用を済ませたかった。
「で、アカネとディズはどこかね……」
『あそこにおるぞ』
「あそこ?」
『ほれ、あそこ』
あそこ。とロックが骨の指先で示す方角には、七天達の集うテーブルである。その机の一角で、机に顔を突っ伏して眠るディズと、その上に乗っかるアカネの姿がある。寝てるのか何なのかわからないが、とりあえずは居た。
「……………後で良いかあ」
ウルは後に回そうとした。
「ぬ!名無しの小僧!!いやさウル!!!無事であったか!!」
そして天拳に目を付けられた。
『見つかったのう?』
「帰って寝てえ……」
『お主の家、竜の襲撃でぐっしゃぐしゃらしいぞ』
「泣きてえ」
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