陽喰らいの儀㉙ 七天



 大罪迷宮プラウディア深層


 天拳のグロンゾンは天魔のグレーレの指示の下、深層の最後の空白地点へと向かっていた。既に他の七天達は可能な限り全ての場所を探し尽くしていた。だが、未だ、現在の大罪迷宮の活性化を引き起こしている核は見つかっていない。コレが最後の未探索エリアだった。


 核は必ずしも決まった形であるわけではない。時に物質、時に生物の形を取り、時に術式の形を取る。プラウディアにおいて決まった形状など存在しない。

 故に常に気を尖らせる必要がある。前と全く同じということは絶対に無いのだ。些細な違和感であろうとも見逃すわけにはいかなかった。


「むっ!?」


 そして到着した空間には、やはり、何も無い。何も存在しない。ただの広間だ。これまでしらみつぶしにしてきた場所と全く同じである。つまり無駄足で、プラウディアの活性化の核を見つけられなかったという事でもある。

 が、グロンゾンは決して表情を曇らせたりはしなかった。絶望しているヒマが無いのはそうだが、何よりもこの場所は”匂った”。


「…………ふむ」


 長年、竜との戦いを繰り広げてきたグロンゾンが感じ取れる違和感。あらゆるすべてを覆い隠そうとする【虚飾】の大罪竜特有の”誤魔化し”を感じたのだ。

 グロンゾンはゆっくりと歩く。広間の中心に足を進め、そしてぐっと拳を身構えた。


「――――っふ」


 天賢王からの加護の力が弱まって尚、【天拳】の黄金の輝きは健在だった。


「っかあ!!!」


 拳を地面へと叩き込む。【破魔】の力が迸り、広間全体を巡る。宮殿の破壊音の中に紛れて、何かがひび割れて砕けていくような音をグロンゾンは耳にした。

 そちらに視線を向ける。空間が裂けている。窓のような空間があり、その中には


『GYAHAHAHAHAHA!!!』


 眷族竜がいた。

 結界に干渉し、穴を開け、書き換える竜。大罪竜プラウディアの眷族竜だ。その竜が鎮座している。しかし通常個体と比べて違う。あからさまなまでに大きい。

 だが何よりも、【天陽結界】にすら干渉する程の力を秘めた眷族竜を、戦力として温存するならまだしも、隠すようにして何もさせずに放置させておく理由が全く無い。

 つまり、当たりだ。


「グレーレ、恐らく今回の”核”を見つけた。眷族竜をそのまま使ったらしい」

《コチラでも確認した!迷宮の活性化の中心点は間違いなくソイツだ!!転移術の準備を進める!出来るならさっさと仕留めろ!!》


 グレーレへの通信を切る。グロンゾンは拳を再び構えた。本来なら万全を期したい所だが、天賢王に異常が起こっていることも考慮すると時間をかけている場合ではない。一秒でも速く、この活性化は終わらせる必要がある。

 故に行く。


「せいやあああああ!!!!」


 地面をただただ強く蹴り、跳ぶ。真っ直ぐに拳を構え、そして眼前の眷族竜の脳天を叩き割るべく、一気に振り抜いた。


『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!』

「ぬう!!!」


 竜のわめき声が響く。同時にグロンゾンは跳ね返ってきた感触に顔を顰める。合金でもぶん殴ったかのような感覚だった。いや、合金であればグロンゾンは叩き割れる。兎に角未知の硬度だった。竜は悶えているが、まだその頭はかち割れていない。

 だが、それならば何度も繰り返すだけのことだ。グロンゾンは再び拳を握りしめる。


「GIYAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!」


 白い翼が広がる。そして眷族竜の背後にとても巨大な【窓】を作り出し始めた。その意図するところは理解できる。

 つまり、こいつは、逃げようとしているのだ。


「逃がすわけがなかろうがあ!!!」


 徐々に窓から姿を消そうとする眷族竜へと更に追撃をかけるべく、グロンゾンは拳に全霊を込め、跳んだ。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





「っせいやあああああああああああああああああああ!!!!!」

『GAYAYAAAAAAAAA!?!!』


 ウルは出現した最後の眷族竜の背後から、突如として出現した【天拳のグロンゾン】が竜を拳で殴り倒すところを見た。ここまであまりに超常的な戦いと現象が繰り広げられていた所に、あまりに直球な暴力による戦いが衝撃的すぎた。


「ぬう!!?」


 眷族竜の巨大な頭を叩きつけたグロンゾンは驚愕に表情を変える。恐らく大罪迷宮プラウディアから転移によって飛ばされて此処まで来たのだろう。つまりそれがどういうことかというと、


「いかん!!」


 落ちるのだ。精霊による加護も魔術も使わなければ【七天】でも空からは落ちる。貴重な光景をウルは目にすることになった。


「何をしているのです」


 スーアが、地面に激突する寸前、彼を拾い上げていなかったら彼は地面にめり込んでいただろう。それでも死んでいるような気はあまりしないのは恐ろしいが。


「スーア様か!で、あればやはりここは幻視ではなく外か!!」

「貴方がアレを狙って出てきたと言うことは、アレが核ですか」


 七天の二人が情報の交換をしている間に更に、変化が起こる。竜が生み出した窓から更に影が複数出現した。それが何なのか、誰なのか、ウルにはすぐに分かった。


「【天剣】」

「【自立破壊術式稼働】」

「【――――】」


 プラウディアへと侵入し、その核を討つべく動いていた七天達だ。それぞれウル達では全く及びも付かない圧倒的な力でもって、6体の眷族竜達の死を喰らった巨大なる竜に攻撃を加えていく。砕かれ、切り裂かれ、燃えさかり、貫かれる。だが尚も竜は死なない


『GYAAAAAAAAAAAAA!!!』


 その叫び声だけで、ウル達はもう立てなくなる。ただのわめき声一つで、場の全ての戦士達を屈服させるだけの力があった。

 だが、それに立ち向かう七天達もまた、尋常の者では無い。そしてもう一人、


「【魔断】」

『GIIIIIIIIIIIIEEEEEEEEEEEEE!!!?』


 黄金が降りてきた。振り切った【魔断】の一振りは竜の身体を幾重にも引き裂き、破壊する。そしてくるりと、丁度ウルの目の前に着地した。


「ディズ…………か?」


 彼女には違いない、筈なのだが、最後にウルが彼女を見たときの姿と比べ、あまりにも違っていた。具体的には髪が、やたらと伸びていた。綺麗に短く切り揃えられていた筈なのだが、肩を超すくらいまでに伸びて、そしてボッサボサになっている。

 別れたのは数時間前の筈だ。一体何があったのか、聞くのも躊躇うような様相だった。


「――――――」


 そして彼女は不意に振り返り、ウルをみて、微笑む。


「やあ゛ウルよぐいぎのごったね」

「声かっさかさ!!!」

《にーたあん!!!!!》

「ごばああ!!」


 そしてアカネが飛んできた。受け身を取る気力も無かったウルは空中でひっくり返った。


《ちょーひさしぶり-!!!!!》

「俺にとっては一夜ぶりだが」

《あたしにはちょーひさしぶりだー!!ちょーきつかったんだけどー!!!》


 兎に角ひどい目に遭ったらしい。

 こっちもひどい目にあったからお互い様だと言いたかったが、積もる話はあるだろう。しかし今は後だ。


「アガネ」

《おわったらちゃんとおみずのむのよ、ディズ》

「ん」


 アカネは再び剣に収まる。ディズはウルを見て小さく頷くと、眷族竜へと向き直った。他の七天達も同じようにして、強大なる眷族竜へと各々武器を向けていた。

 彼等の背を見たウル達は、奇妙な安堵に包まれていた。まだ竜は健在で、空は昏くなり、太陽の魔力を奪われようとしているにもかかわらず、だ。


 彼等は一流の戦士だ。だから悟った。


「出てきた場所にスーア様がおられたのは幸運であったな!!」

「落ちたとしても貴方は死にそうに無いですけどね」

「カハハ!!全く長い一夜だった!!時間の流れの歪みをさっさと研究したいものだ!!」

「…………」

「んじゃ、あとひどふんばりがな」

「王が心配なので、早く終わらせましょう。」


 この戦いは、終わったのだ。


『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!!!!!!!』


 竜がわめき声を上げる。翼が輝き、無数の窓が空間に出現する。窓から無数の竜達が、先程までとは比較にならない程の大量の竜達が出現した。が、


「【自立型戦闘術式β型稼働・竜殺し再演】」

「【破邪天拳】」


 天魔の真っ黒な術式が無数に飛び回り、矢のように竜に突き刺さり、破壊していく。

 天拳の、敵の悪意のみを一方的に消し去る【消去】の鐘の音を叩き込む。


「【星海の祝福】」

「【疑似再現・天祈の星海】」


 天祈が精霊の力を司る【星海】へと呼びかけ、精霊の加護を卸し

 天衣がその星海への【窓】を生み出す。


 その二つの力は、二人の戦士に注がれる


「合わせなさい、未熟者」

「りょーがい、天才。アガネ」

《うに》


 天剣は輝ける黄金の剣を構え、

 勇者は緋色の剣と、星の剣の二本を構え、


「【竜断】」

「【魔断】」


『A――――――――――          』


 三つの閃きから繰り出される絶剣が、竜の身体を切り裂いた。


 眷族竜 残り0体


 大罪迷宮プラウディア活性化個体排除完了


 陽喰らいの儀 阻止達成

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