竜吞ウーガの死闘⑨ 幸福に曇った眼
混成竜落下地点周辺建造物、屋上
「ジャイン!!!!!!」
ジャインが爆発に巻き込まれ吹っ飛ぶという状況を目撃していたラビィンは悲鳴のような声で叫んだ。普段の彼女から想像も出来ないくらいの悲痛な声だった。
仲間達にも悲鳴の理由はよく分かった。”大樹の中から這い出した”巨大な魔眼から生み出した炎は、先ほどのリーネのそれと比べても遜色ないほどに強く、激しい炎だったからだ。焼かれたジャインの姿も、殆ど影のようにしか見えない勢いで吹き飛ばされた。
その結果に、最悪を思い浮かべない訳にはいかなかったのだ。
ラビィンもそう思ったのだろう。だから彼女は今、建物の柵から脚を乗り出してジャインの元へと向かおうとしている。だがそれは不味い。ジャインが吹っ飛んだ以上、【白の蟒蛇】の一行の指揮官は彼女だ。
「まってラビィン!!」
彼女の部下である魔術師が叫ぶと、ラビィンは動きを止める。まだギリギリ理性はあったらしい。だが、ギロリとこちらを睨む視線は本当に危うかった。下手すればコチラを殺しかねないような殺意と余裕の無さが伺えた。
だから、慎重に言葉を選ぶ。
「……落ち着いて。こういうときのために準備したのでしょう。使い捨ての護符も彼は沢山つけている。きっと彼はまだ死んでない。だから、お願い」
「…………」
それはあまりに楽観的な言葉だった。確かに装備は準備している。しかしなにをしようとも、死ぬときは死ぬのが魔物との戦場だ。あらゆる準備、あらゆる鍛錬、あらゆる気構え、それらが一瞬で無に帰すのが、これまでジャイン達が身を置いていた世界なのだ。
ジャインもラビィンも、そして部下である自分たちもそれを知っていた。いつ無慈悲な”終わり”がやってくるか分からないからこそ、今日必死に戦っていたのだ。
だから、自分の言葉はあまりに薄っぺらかった。しかし、ラビィンの冷静さを取り戻すのには必要な言葉だった。
「……」
何時もへらへらと笑うラビィンの表情には一切の感情がそげ落ちていた。
普段の彼女の態度は、ギルド内の空気を和らげるためだと知っている。わざとらしくへりくだった言葉も、ジャインとの上下の関係をハッキリと示すためだ。彼女は常にジャインを優先して振る舞っている。故に、今この場で彼を失うとき衝撃は最も大きいのは分かっている。
「…………全員、この場から離脱準備、ジャインの安否を確認、生きていれば回収する」
「了解」
「脱出のためエンヴィー騎士団への連絡も忘れないで。最悪ウーガを捨てることになる」
それでも、冷静に指示を出した彼女に魔術師は感謝した。
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竜吞ウーガ ジャイン宅
ジャインはその日、自宅の前に狭い庭で作っているささやかな家庭菜園で土をいじり回していた。細かな雑草を除け、害虫を除去し、余計な葉や果実を取ってやる。顔は土まみれだった。
範囲は狭い。菜園用の種は生産都市の外では貴重だし、種類もそんなに多くはないし、何よりジャインの手が届く範囲にも限界があった。
「なあ、土いじりって楽しいか?」
それを手伝わされていたウルは、その隣で汗を拭う。夏至も過ぎそうな頃合いにもかかわらず、その日は日差しが強く、外で作業していると暑かった。魔物と戦うときは散々駆け回っているというのに、もう既にへばったような顔になっていた。
問いに対して、ジャインは視線を目の前で実った果実から離さずに言う。
「やりがいはある」
「俺にはよくわからんわ。土臭いし、虫も沸くし、毎日の世話も面倒だ。土地持ちの神官達の贅沢な趣味って言われてもなあ」
愚痴を垂れる割に作業の手は止めない辺り、ウルは義理堅かった。
別に、ウルの愚痴なんて無視しても良かったが、ウルの言わんとすることも分からんでもなかった。わざわざ自分で食料なんて作らなくても、今はグラドルからの補給は安定している。食うに困らないだけの食料は与えられているのだ。
なのに何故、こうして爪先を土で詰まらせて真っ黒にしているのか?
「自分で何かを育てるのは……」
「のは?」
「気分が良い」
「わかんねえよ」
一つも具体性のない説明にウルは呆れ声で突っ込む。確かにこの説明はあんまりだ。ジャインは少し考えるように天を仰いだ。
「……名無しやってると、やれることは限られる。同じ場所に居られないからな。しかも外は魔物が一杯。自分の身以外の何かを積み上げるなんて事はできない」
「……そりゃそうだが」
何かを育む。加工する。作る。そういった事に対して名無しは必然的に疎くなる。そういう機会が少なくなる。勿論、名無しなりの文化は生まれることあるし、それを否定する訳ではないが、傾向としてみればやはり希で薄弱だ。
同じ場所に居られない。のんびりと腰を据えているわけにもいかない。そもそも生きていられるかどうかも分からない。そんな様なのだ。名無しの日々はあまりにも忙しなく、厳しかった。
「だから、作るのは楽しい。腰を据えて、一つ一つ積み上げてても、誰からも蹴飛ばされないのは、ありがたい」
「……まあ、なあ」
その点については、とうとうウルも否定はしなかった。
ジャインは世話を終え、目の前の果実から跳ねた土を拭ってやると立ち上がった。太陽は眩かった。上を見上げれば自分の自宅がある。寝室ではラビィンがまだ眠っていることだろう。
リビングでは昨日、ラビィンや【白の蟒蛇】のギルド仲間達と騒いだ飲み会の跡がまだ残っている。身体を洗ったらまずは片付けから始めなければならない。
面倒だと思う。だが、不思議と悪い気分ではなかった。
「得がたいなあ此処は……」
「……そうだな」
ウルもそう返した。
前代未聞の巨大な使い魔の背中の上、様々な思惑と陰謀の中心、こうしてジャイン達が菜園を楽しむこと自体、奇跡に近い状況であると理解しながらも、どうしても思わずにはいられなかった。
「……失いたくはねえなあ」
天から注ぐ太陽神の輝きを眩しそうにジャインは目を細めた。そう呟く彼の声は、一流の、銀級冒険者としてはあまりにも女々しく、未練がましかった。だが、隣でそれを聞いたウルは、その事を指摘することはしなかった。
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現在 竜吞ウーガ
「み、あやまった、か……」
ジャインは燃えるような激痛に目を覚まし、しかし身じろぎ一つ取れずにいた。身体に幾つも仕込んだ防護の護符の全てが砕けているのを感じた。フェネクスのギルド長から「とっておきだからな!」と言われていた代物含めて粉々だ。
【不死鳥の護符】だと言ったがたいしたことない。いや、あるいはまだ生きているのはその護符のお陰であるかも知れない。だが、どっちにしろもう意味は無い。
『 Z 』
竜の魔眼が目の前に迫っていた。それから逃れる術がジャインにはもう無い。
「
大樹の中で輝いていたのはこの魔眼なのだろう。ジャインが大樹ごと外からかっさばいていたから、たまらず中から飛び出してきたのだ。そしてジャインはこのザマだ。
『 Z 』
魔眼が輝く。ジャインが眠くはならないのは、これが【惰眠】の魔眼ではないからだろう。先ほどと同じ、単純極まる爆発を引き起こす魔眼だ。詳細な種類は不明であるが、どのみちそれがジャインの命を絶ちきることは確実だった。
「……だせえ、さいごだ」
引き際を見誤り、欲をかいて死ぬ。新入りの冒険者がしでかすような典型的なミスをやらかした自分に、ジャインは力なく笑った。
エクスタインから撤退の提案を聞いたとき、どう考えても素直に頷くべきだった。彼が提案したあのタイミングがギリギリの分水嶺であったとジャインは理解していながら、それを拒否してしまった。そしてその果てがこの様だ。
誰にも邪魔されない場所で、幸せでいたいと願ってしまったから――――
「…………ふ、ざ、けんなよ」
投げやり気味に思っていたジャインは、しかし途中で怒りがこみあがってくるのを感じた。ただ、幸せになりたいと願い、それを守ろうとしたかった。ジャインの願いは大それたものじゃない。誰しもが当たり前のように願う幸せに過ぎない。
そんなささやかな願いを、目の前の気持ちの悪い目玉のバケモノは、どのような権利をもって邪魔をしようと言うんだ?!
「く」
あれほどの爆発に巻き込まれ、尚も執念深く握りしめていた【竜殺し】をジャインはもう一度握り返す。か細くなっていた呼吸を強くして、最後に残った力を手に凝縮した。
「たばれやあああ!!!!!」
投げつける。最後の力を振り絞った一投は真っ直ぐに魔眼へと飛び、そのまま
『 Z 』
魔眼に着弾するよりも早く、その周辺の竜の根が、その槍を捕らえ、たたき落とした。魔眼はジャインの前で歪む。それがジャインの様を嘲笑しているのだと気付いて、ジャインは顔をひしゃげて、叫んだ
「呪わ、れろ、クソ眼球が!」
「ジャイン!!!」
『 Z 』
ラビィンの声が聞こえる。こっちに来るな、という指示を出す気力も、時間ももう残されては居なかった。周辺の熱が膨れ上がる。先ほどよりも更に強い爆発が起こる。ジャインは身体の力を抜いた、天を仰いだ。
そして気がついた。
「【ミラルフィーネ!!!】」
「は?」
天から落下する竜吞ウーガの女王の姿。そしてその直後、
『 Z 』
魔眼の爆発が再び響いた。
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