陽喰らいの儀④

 5日前 竜吞ウーガ


「と、此処までは毎回恒例の戦い方になる。何か質問はあるかな?」


 会議室の真ん中に設置された巨大な地図。大罪都市プラウディア及び、その上空にある大罪迷宮プラウディアの縮図だった。ディズより、例年の【陽喰らいの儀】の動きの説明を受けたウル達は、それぞれディズからの説明を咀嚼するために沈黙する。


「……結界の内側で魔物達を迎撃する、ですか。結界に侵入する前に防げないのですか?」


 説明を飲み込んだリーネが意見を口にする。それはこの場にいる全員が思ったことでもある。プラウディアの落下と、その後の結界内の侵入、それを許すというのは恐ろしく思える。何せ、都市の中、人類生存圏内には多数の何も知らない都市民達がいるのだから。


「試みたことはある。穴を空けようとする大量の眷属竜達を強引に全力で破壊する策だ。ただ、あまり上手くいったことが無い」

「むう……」

「天陽結界の書き換えを行う眷属達は、恐らく防御に全能を集中させているんだろう。七天ですらも完全な守りに入った竜を討つのは容易じゃない。加えて、結界の外で魔物を抑えようとすると、王への負担があまりにも大きすぎる」


 それでもむりやり眷属竜を破壊しようと試みて、阻止できず、穴から魔物達が溢れ出てコチラの防御がおろそかになってしまっては元も子もない。防衛側の目的はあくまで天賢王を守ること。それを見失う訳にはいかなかった。

 結果、眷属竜の結界干渉は半ば無視し、魔物達の襲撃を十全の状態で待ち構える事で王の負担を分散する。それが現在の【陽喰らいの儀】の基本戦略だ。


「バベル以外の、例えば居住区を魔物が狙ったりはしないのでしょうか?」

「バベルを起点に二重、三重に結界が敷かれるからそこで堰き止められるし、地上には騎士団が多く配備され万が一に備える……ただ」

「ただ?」

「いままで【陽喰らいの儀】で都市民が襲われたケースない」


 それを聞いて、今度はウルが眉をひそめる。


「聞く限り、恐ろしい数の魔物が出るんだろ?一回も無いのか?」

「無い。基本的に、全ての魔物が狙うのは【天賢王】と【バベル】のみだ。一時、群れから離れた魔物も、すぐに天賢王のもとへと戻ろうとする」

「相当だな……」

「本当にね。…」


 なにがあろうとも、天賢王を狙おうとする執念の様なものを感じる。ではそれが何者の執念か、と考えるとやはり、大罪竜プラウディアの意思なのだろうか、とウルは思った。


「どうしたって、天賢王を止めたいのですね」

「落下中に天賢王を倒せば、迷宮の落下を抑えられる者は居なくなるからね。バベルにプラウディアが落下し、そうすれば……」

「……そうすれば?」

「世界中の【太陽の結界】が消失する」


 ディズのその一言で、全員が押し黙る。

 バベルは全ての都市の全ての神殿を繋ぐ要であり、天賢王はバベルから各神殿の神官達に太陽の結界を貸与する。バベルが損なわれれば、結果起こるのは人類生存圏の完全崩壊だ。


 事の大きさを改めて実感し、ウルは身震いした。ブラックの策謀で実績稼ぎの場として選ばれたその戦いは紛れもなく、世界存亡を賭けた戦いなのだ。




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 【バベル空中庭園】 外周部


「………!!」


 防壁の外へと飛び出したウル達の前に待っていた光景は、結構な地獄だった。空中庭園の輝きが闇夜を裂き、深夜のこの時間帯でも視界は開けている。だが、開けた視界の先に待っているのは”真っ黒”だった


『AAAAAAAAAAAAAAA――――――GIIIIIIIIII――』


 空を、視界を、魔物の軍隊が覆っている。

 天陽結界の内側を、魔物の群れが覆い尽くしている。狂気である。こんなもの、確かに都市民が目撃していたら悲鳴を上げて逃げ出すに違いなかった。だが、恐ろしいのはそれだけではなかった。


「砕けてる…」


 魔物達の身体が、崩壊していた。

 防壁の内側ではよく見えなかったが、身体の一部が砕けたり、もげたり、煙を上げながら魔物達は騎士達の防壁へと突撃していく。その先にいる【天賢王】を目指すために


 ――【天陽結界】の内側は、【天賢王】の懐だ。侵入を許した王も、魔物達をただでは帰さないさ


 ディズの説明をウルは思い出しながら、目的の魔物へと向かっていた。

 当然、魔物達の群れの中に突っ込むウル達冒険者部隊を狙う魔物達は多かったがそれらの内幾つかはウル達に攻撃する前に砕けていった。


「いました!【百牙獅子】です!!前方に4体!!」


 頭部に幾つもの爪のような牙を冠のようにのばした奇っ怪なる四足獣。五メートルほどの巨大なる【百牙獅子】が立っていた。それも4体。外周からゆっくりと、プラウディア騎士団の防壁に近付こうとしている。

 騎士団の防壁は、天陽の結界の様に、唯一神の加護によって維持されるものでは無い。全て人力だ。当然、圧倒的な力で押されれば、負担が大きいし、場合によっては盾が崩れる。

 故に、そうなる前に直接排除しなければならない。


「【黒豹】【白海】は両端!内右は私がやる!!【歩ム者】は内左だ!!」

「応!!」

「行くぞ!!!」


 指示と共にウル達と共に来ていた【黒豹の爪】と【白海の船】は左右にばらけた。どちらも銀級の冒険者率いる一行であり、手慣れた動きで戦闘を開始した。

 ウル達も構える。だが、その前にこんと、軽くイカザに頭を叩かれる。


「引き際を見誤る程の未熟とは思わないがあえて言っておく。無理と思ったらすぐさま引っ込め。その結果失っても、死ななければ挽回は可能だからな」

「ご忠告、感謝する」


 ウルは頷く。言うとおり、本当にどうにもならないなら、引くという選択肢は十分にある。防壁の内側で全員の援助をするのも、貢献としては悪いものではないだろう。

 ただし、それは【実績】からはほど遠い。【ウーガ】というもう一つの戦力を考慮するにしても、ウル達自身の力も示すことが出来ないなら、「管理者の資格在り」として通ることは叶わないだろう。

 ウルには欲がある。ウーガという存在を手中に収めたいという欲が。あそこで得られた安寧、利益、交友、全てが今後の大きな糧となると理解している。幾ら無謀と言えど、賭けるに値するだけの価値が、あそこにはある。


 世界の危機、私欲を剥き出しにするなど不謹慎にもほどがあるとも思う。

 だが、欲も剥き出しにせずして、死地で生き残ることなど出来るものか。


 故に


「出来る限りを尽くし、抗う」


 恐怖を押さえ込み、無理矢理に見せた決意の表情をみて、イカザは一度小さく笑って、その後は鋭く、獰猛なる表情でウルの鎧を強く叩いた。


「よろしい。ならば後はもう何も言わん。望むものを勝ち取るため、戦え」


 同時に、彼女もまた、牙獅子へと跳んでいった。


 残る一体の【百牙獅子】はウル達が相手することになる。


「百牙獅子、第六級です。サイズによっては更に脅威となる可能性があります」

『カカカ!!いいのう!格上じゃ格上じゃ!!貴様といると本当に飽きぬのうウル!!』

「なんにもよくねえよ!」


 ウルは手元から【強靭薬】を二つ取りだし飲み干す。身体が軋む音がするが堪える。使い捨ての耐衝アミュレットも大量に買い込んだ。がむしゃらでも不格好でも構わない。この一夜を乗り越える――!


『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』

「うるせえ!!」


 防壁へと向かう【百牙獅子】が、その道行く先の邪魔をするウル達に咆吼をあげる。恐怖を僅かでも和らげるためだった。


『ウルよ!どう攻める!?』

「格上相手にやることなんて決まってる!!」


 ウルは外付け袋(ポケット)に手を突っ込んで、道具を取り出す。


「反撃される前にはめ殺しだ!!」」


 劇物に近い香辛料と毒物、麻痺、その他諸々を封入した魔封玉を、牙獅子の頭部へと投げつけた。


『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!???』

「生物系には六級だろうと有効だな香辛料…!」

「ですが、暴れられれば大牙猪などとは比較にならないほど危険です!」

「わかってる!!行くぞロック!!」

『カカカカ!!!』


 ウルとロックが飛び出す。突然叩きつけられた劇物に悶え一瞬怯んだ牙獅子は、充血しきった目で、巨大な槍が真っ直ぐに自分の眼前へと飛び込んでくるのを目撃した。が、


『GIIIIIIIIIIII!!!』

「んな!?」


 牙の鬣が、まるで花がつぼみに戻るように、頭部を覆い隠した。槍が弾かれ、ウルは驚愕する。弾かれた感触は間違いなく、見たとおり硬質の牙であるのに、何故あんな柔らかく変形できるのか、全く意味不明な生物だった。


『どけいウル!!』


 うしろからロックが迫る。構えるのはあの黒の剣だ。禍々しい気配を放つそれをロックは突き出し吼えた。


『【通れやあ!!】』


 途端、剣は牙の鬣、それそのものを透き通って貫通し、内部の牙獅子の頭を串刺しにした。


『GAAAAAAAAAAAAAA!!!?』

『【悪霊剣】、わるうないのうカカカ!!』


 世にも希なる実態不確かなる魔剣を握りしめ、ロックは笑う。牙の中で剣に貫かれ、抉られた牙獅子は絶叫をあげ、溜まらず牙を解いた。

 その瞬間、眼前に解放された竜牙槍をウルは向けた。


「【咆吼――――」


 だが、同時にウル達の頭上に硬質の何かが迫っていることに気づかなかった。あまりに異形である百牙獅子の頭部、それに隠された彼自身の真の牙、極めて長く、鋭く、強靭なる尾が、獲物を前にした蛇のように静かに構えられていた。

 まもなくしてそれは飛び出す。


「【大地よ唄え、見えざる手よ】」


 故に、そのカバーを後衛のシズクが行う。

 先代、七天の勇者より譲り受けた”名剣”、今やその由来を知る者がいなくなった片刃の刀はその身をさらし、握る者もいないまま宙を舞う。


「【【【裂氷付与】】】【【【強化付与】】】【【【回転】】】」


 【反響】により幾重に重ねられた付与魔術により、刀は暗く輝く。遙かに鋭く、圧倒的な威力となったその一刀は、ふり下ろされた牙獅子の尾と交差し、激しい音を立てた。


『GYAA!?』

「――っ!!?」


 一瞬、気づかぬ間に眼前に迫っていた死が、ギリギリで回避された事実をその衝突音で知り、ウルは目を見開く。だが、驚き戸惑いその好機を見過ごすわけには当然いかなかった。


「っ!!【咆吼・連射!!】」


 【竜牙槍】の【咆吼】を至近から連続で撃ち放つ。凄まじい爆発音が牙獅子の頭部で連続で発生した。宝石人形の核をも砕いたその咆吼は旅の果て、幾つもの巨大な魔物を打ち破るごとにその魔片をウルと共に喰らってきていた。

 その威力はかつてのそれとは比にはならない。まして至近で喰らえば――


「――――どう、だ?」


 咆吼の反動で後ろに下がりながらも、ウルは結果を確認する。血と肉が焦げたような匂い。牙も幾つか砕けている。その頭部が完全に砕けた【百牙獅子】は、ぐらりとその巨体をゆらし、そして


『――――――――――――――――――――!!!!!!!』


 頭部も無い、身体のまま、咆哮を上げ、再び姿勢を正した。


「…………死なねえんだ。マジか」

『頭ないのにのう』

「どうします?」

「…………どうもこうもない」


 ウルは大きく深呼吸をして息を整え、再び身構える。


「死ぬまで殺す!」


 死闘は続く。だが、この戦いすらも、まだ長い夜の始まりに過ぎなかった。

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