名も無き孤児院と不愛想な先代⑤


 プラウディア、【名も無き孤児院】


 一連の襲撃騒動からしばらくして、襲撃犯達を騎士団に連行し、ウル達は再び孤児院に戻っていた。子供達が戻り、幽霊屋敷のような孤児院の中が若干の明るさを取り戻す中で、ウルたちは再び客間へと戻っていた。


「騎士団には引き渡したが、人形使い含め末端だな。なんの情報にもならん」


 巨大なる人形(ゴーレム)をただの杖で真っ二つにするという絶技を披露したザインは、孤児院に戻ってからも特に、態度を変えることは無かった。疲れたりだとか、そう言った様子も見せない。


「人形使いが使ってた魔道具も、人形が壊れたと同時に自壊したしな」

「とはいえあの人形も、タダではあるまい。あれが無残に破壊されたとなれば、流石に少しは間を空けるだろう。幾らか、この周りも静かにはなる。ご苦労だったな」

「なんもしちゃいねえけどなあ。俺」


 精々冒険者未満のチンピラ達を捕まえて、騎士団に突き出したくらいだ。感謝されるようなことはしていない。はずだが、


「なーうるーウルって怪鳥殺しのウル?」

「なあウル!冒険の話してよ!すげえんだろ!?」

「ここの出身ってほんとかよウル-!」


 やけに子供に懐かれていた。どうにも、ウルの話題はこの孤児院にまで波及していたらしい。ウル達が、噂になっている冒険者当人であると気づいたときの孤児達の熱狂はとんでもなく、今もウルは子供達に張り付かれて身動きが取れなくなっている。


「子供達が喧しい」

「お前もそうだった頃はあるのだ。相手してやれ」

「俺こんなだったか?」

「騒動を起こす頻度を考えればその子らの方がマシだ」


 そう言われるとぐうの音もでない。ウルは黙って子供達によじ登られ、髪をひっぱられるに甘んじた。少し離れたところではシズクが孤児達を相手にままごとをしている。彼女の前で子供達は実に大人しい。


「さあ皆様、今度はお歌を歌いましょうね」

「はぁーい!」

《いえーい!》


 何故かアカネも混じっている。向こうは実に平和で楽しそうだ。こっちは半ば子供達の遊具と化しているというのに。


「ひとまず、先代が衰えていなくて安心しましたよ。本当に」


 ディズもウルと同じく子供達にのし掛かられ、肩車状態であるのだが、ウルよりはマシな状態だ。ディズの言葉に対して、ザインはやはりいつもの調子で「下らん」と斬り捨てた。


「抜かせ。鈍ったわ。おかげで杖が折れかけた」

「折れていないのが十分に驚愕に値するんですけどねえ」

「とっくに前線から退いている者の後塵を拝してるのではない」

「そもそもまだ貴方に今の私の技量、見せてもいないのになんでソレ分かるんです?」

「見れば分かる」

「どうなってるんだこの老人」


 ウルも同意見だった。本当に、どうなっているのだろうか。先代勇者という事実だけでもウルは驚愕したのだ。まして彼があれほどの剣技を修めていることなど勿論知らなかった。

 ウルにとって彼は、寡黙で無愛想で、”名無し”の孤児を助ける物好きで、善良な老人だ。それ以上でも以下でも無い。


「教えてくれても良かったのに」

「教えて何になるというのだ。勇者の名も、業も、孤児達を育てる役にはたたん。今回のような例外など、早々起こることではない」

「まあ、それはそうなんだが……」


 あの凄まじき剣技のほんの僅かでも身につけていれば、ウルの冒険者の人生はもう少し楽になってたのでは?という思いが無いでは無かった。勿論ディズと同じ事がウルに出来るとは思わないのだが、一端でもおこぼれにあずかりたいと思うのは卑しい発想だろうか。


「今、どうしてもお前が必要とするならあの技術は教えられるぞ」

「え?マジで?」


 ウルはビックリしてディズを見た。彼女は肩を竦めるだけだ


「ディズの【魔断】は何度か見てるけど、あれって勇者の専用技術とかじゃないのか?」

「専用という意味ではそうだ。あくまで結果としてそうなっただけだがな」

「結果?」

「勇者以外の【七天】はアレを扱えぬ。

「どういうことでしょうか?」


 いつの間にやら、シズクがウルの隣りにいる。はてと彼女が先ほどまで居た場所を見ると、孤児の子供達はいつの間にか眠っているウルに先ほどまでしがみついていた子供達も同様にだ。


「……良く寝かしつけたな。あんな興奮していたのに」

「やっぱり、怖くて、疲れていたみたいです。歌って緊張を解いてあげたらすぐに」


 チンピラ達に向き合ったときは果敢で、ザインの剣戟を見たときは興奮し、ウルを知って大騒ぎしていた子供達だったが、やはり子供は子供と言うことらしい。


「感謝する。【ウィントールの巫女】」


 と、その子供達の様子をチラリと見て、ザインがシズクへとそう告げた。シズクは少し驚きに目を見開く。


「――――知っているのですか?」

「ああ、。精々励め」

「承知しました」


 シズクは頭を下げた。短いやり取りだった。その言葉の応対に、ディズは少し興味深そうに目を細めたが、それ以上、二人の間にやり取りは無かった。ザインは再びウルに目を向ける。


「【魔断】とは、その業を極め、それ以外の全てをにある現象に過ぎぬ。本質的にあれは誰でも出来る。勇者で無くてもな」

「削ぎ、落とす…?」

「故に、他の七天には再現できない。と、いうよりもする必要がない。もとより神の加護を有しているのだ。わざわざ持っているものを削ぐ理由など皆無だ。あるものをただ極めれば、へと至る」

「なるほど……?」

「だが、魔断を鍛えるならばそうはいかぬ。魔術による肉体の強化などを施すだけでも、純粋な【魔断】からは遠のく」


 じろりと、ディズを睨むと勘弁して欲しい、と両手を挙げた。


「肉体の強化なく、【魔断】の域にいくのは無理だって…!」

「それはお前の一振りの純度が足りないからだ。純粋な力の強さが物を言うなら、お前よりもか細い私の腕で【魔断】を繰り出せる道理はあるまい」

「言うは容易いけども……!」

「生まれながらにして神域にいる【天剣】とお前は違うのだ。切り伏せるという一点だけでも上回れねば、足手まといにすらなれぬぞ」


 ディズが追い詰められ、無理だと嘆く姿は本当に珍しい光景だった。だが、彼女がそういうだけの代物、と言うことになるのだろう。ウルには聞いただけではそれをどうするかすらピンとこなかった。困難であると言うことしか分からない。


「一点を極め続けよ。という事なのはなんとなくわかったのですが、そうして【魔断】の域に到達すると、どのようなことが起こるのですか?」

「全てを断つ」


 シズクの問いに、ザインは一言で解答した。あまりにもシンプルな解答だったが、その言葉の意味するところの真の力をウルはつい先ほど目撃した。武器ですらない、ただの杖で、巨大な人形を一刀両断する姿を。


「魔人の皮膚も、古代魔術の障壁も、精霊の加護も、竜の鱗も、その場を支配する理すらも、全てを断ち切る」

「…………」


 自然と、ウルは生唾を飲んだ。勿論、ウルにはザインの言うことの本質は理解できなかったが、真っ黒な剣閃がどれほどの力を秘めているか、その一端に触れた気がした。ディズは改めてザインへと頭を下げた。


「精進します」

「精々励め。世界の守護者」


 ディズは覚悟を決めたらしい。対してウルは


「……うーむ……」


 情けないが少し及び腰になってしまった。

 元々、彼は武術の面はかなり雑にしてしまっているところがある。毎日の訓練はもっぱら体力作りと、どのような状況下でも十全に身体を動かすための実戦的な動作の反復だ。

 戦いの経験が圧倒的に魔物、それも大幅に常識を越えた魔物に偏っているのが原因なのだろう。生存力優先で、技術や理屈がおざなりになっているのは否めなかった。だが、”黒い剣閃”は、そんな自分の最も欠けている部分が重要であるような気がして、それを習得するイメージがわかない。


「確認なのですが、剣以外の技術でも再現は出来るのですか?」


 だが、シズクはそうは思わなかったらしい。手を上げて追加で質問する。


「可能だ。斬る、突く、叩く、あるいは魔術であっても可能だ。重要なのは純度であって、その手段ではない」

「なるほど……」


 そう言って、ウルを見た。彼女は微笑んでいる。


「がんばりましょう、ウル様!」

「……わぁかったよ」


 死ぬまでに出来たら良いなあ。と、ウルは思った。

 ザインはウルのそんな反応を見て、やれやれ、と立ち上がる。


「困難に思うなら別の技術を仕込んでやる」

「別の?」


 そう言って、彼は奥に引っ込み、そしてなにやら大きな籠をもって戻ってきた。ウルは眉をひそめ、そしてその籠に詰まっている大量の”野草”を確認し、顔を引きつらせた。


「子供らがとってきた魔草薬草毒草だ。選別と”茶”の煎じ方、今日中に仕込んでやる」

「……ワアータスカルゥー…」


 悲しいかな、助かるのは事実だった。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 自らの手で、自分が気を失うレベルの凶悪な味の茶を煎じるという苦行の果て、なんとかザインから「及第点」が出された頃にはとっくに陽が沈んでいた。

 流石は大罪都市プラウディアというべきか、夜中であっても魔灯の輝きで都市は明るかったが、ここから宿まで距離はある。と、考えていると


「今日は泊まっていけ」


 とザインは一言告げて、ウル達は泊まることになった。


「あーリーネか?聞こえてるか?ちょっと別の所で泊まることになったので明日朝で宿に戻る事になった。うん、そうそう……エシェル?うん説明頼む……悪かったって。今度なにかおごるから。ああ、じゃあな」


 通信魔術での連絡を終え、ウルは伸びをして周囲を見渡す。

 ひび割れた窓、隙間風の入ってくる壁、不気味な外観、節約のために夜になると極限までおとされて真っ暗な景観。実に懐かしい光景である。


「邪教徒のアジトかなんかとしか思えんなコレ……」

《にーたん、これにーたんがかべにあけたあなじゃね?》

「いやまさかそんなの残ってるはずが……」

《ほれここ。けんかでけっとばしたときのやつ。かくしてたの》

「……帰る前に埋めとくかぁ……」


 こういう、自分の恥がハッキリと残っているのも故郷というものなのだろうか、とウルは思った。良い思い出だと笑うには少々壁に空いた穴が大きかったが。


「まあ、しかし、やっぱり懐かしいな、此処。戦いの前に来れて良かったわ」

《しぬひとみたいよにーたん》

「死ぬかもしれんしなあ」


 ウルがそう言うと、アカネは妖精姿でウルの頭まで飛ぶと、べちべちべちと何度も叩いてきた。ウルは黙って受け止める。自分を心配してのことなのは分かっている。


《にーたんむちゃばっかだめよ!》

「そりゃお互い様だ。アカネ。お前の方が大冒険してるじゃ無いか」

《わたしはいーの!》

「よくないが」


 二人は互いににらみ合う。が、暫くするとアカネの方が先に折れたのか、がっくりと肩を落とした。


《ふもうね?》

「そうな。全く」


 ウルも溜息をついた。実に不毛だ。互いを心配するが故に罵り合う喧嘩なんてものは。


「俺たちは、普通に暮らせりゃそれでいいんだがなあ……」


 ジャインのように、都市の中で、安全に暮らせなくたって別に構わないとすら思っている。ただ後顧の憂いなく、おかしな障害も無しに、アカネと一緒に人生を全うすることが叶うならそれでいい。

 その願いは、アカネが【精霊憑き】になった時から叶わない夢なのかも知れない。が、諦めるつもりはウルには無かった。


《にーたん、そんでもほんとうにきをつけなあかんよ》

「口ではそう言ったが、死ぬ気なんて全くねえよ。ここまで頑張ってきたんだ。ぽっくり死んでたまるか」


 【陽喰らいの儀】がなんにせよ、あるいはこれから先もっと恐るべき試練が待ち受けていようとも、ウルは諦めるつもりは無い。例えそれが明らかに自分の器では到底収まりの付かない難事であろうとも、抗うことを止めるつもりは無い。


《……わーかった》


 アカネは、そんなウルにふにふにと笑って、さきほどのようにべちべちとするのではなくて、労りと慈しみを込めるようにウルの頭を撫でると、そのままふわりと宙を舞い、ウルから離れた。


《ちっちゃいこたちといっしょにねる。みんなまだちっとびびってたから》

「わかったよ。おやすみアカネ」


 アカネを見送ると、ウルは欠伸を一つする。

 ウルも眠かった、冒険者ギルドでも一眠り……と言う名の気絶をしたが、今日はやはりいろいろなことが多すぎたのだ。最後の最後、ザインのスパルタ教育が特に効いた。指先がまだ青臭い匂いがするのは気のせいだろうか。


 しかし、このまま即座に眠ってしまうのはなんだかもったいない気がした。【名も無き孤児院】の風景がウルにはどうしようもなく懐かしかった。

 放浪者である名無しのウルが、そう感じ取れる場所はかなり貴重だ。

 ウルは音を立てないようにそっと孤児院の中を散歩する。何度も補修された跡があるが、根本的な部分は本当に変わっていない。だというのに全てが小さく見えるのが面白かった。


 そうして孤児院を歩いて回っていると、倉庫へと続く地下の階段、狭い物置のようになっている場所から、明かりが漏れていることに気がついた。

 はて?もう子供達は寝ているはずだが?

 と、ウルは興味をそそられ、音を立てないようにそっと扉を開く、と


「……ディズ?」


 ディズがいた。何処に仕舞ってあったのか古びた剣を片手に、仁王立ちして立っていた。

 しかも何故か全裸で。

 全裸姿のディズを前にウルがすべき事は即座の謝罪か、見なかったことにして即座にその場から離れるかの二択だったのだろう。

 が、ウルはどちらもすることが出来なかった。


「…………うわ」


 倉庫の中、僅かな明かり、そして部屋の中に保管されていたのであろう古ぼけた鏡の前に、彼女は立っている。衣一つ纏わず、剣を片手に、ジッと自らの姿を睨み、構えている。

 普段、ウルは彼女とともに戦うことは多い。あるいは、訓練の中で彼女に稽古を付けて貰うこともある。彼女が剣を構える姿は何度となく見てきたつもりだった。


 だが、ウルはその認識を改める。

 ウルはこれまで一度も、ディズの姿をまともに見れてなどいなかったのだ。


「――――――――」


 ただ立ち、剣を構えるだけの彼女は、あまりにも美しかった。逃げることも、謝罪することもうっかり忘れてしまうほどに。


 肢体を晒し、剣を構える彼女は、ゆっくりと剣を動かしていく。地面を踏みしめる足指から足の裏、脹ら脛、腿、腰、腹、肩から腕、そして手と指先に。全てが正しく動くことをつぶさに観察し、見落としの一つも残さないような丁寧な動きだった。

 一切の力が淀みなく、剣へと繋がる。身体の一部であるように、剣は空を斬る。ゆっくりとした、虫でも止まれるようなほどの速度なのに、その剣先にあった全てのものは全て切り裂かれてしまいそうな気がした。


 古ぼけた孤児院の、埃っぽい倉庫の中の、ボロボロの剣が、世界を静かに裂いていた。


「…………」


 ウルは隠れるのを止めた。部屋の中に入り、扉を閉めて、その場で座り込んだ。

 誰かに見られるのはいやだった。卑しい独占欲だ。この光景を他の誰にも見せたくは無かった。ウルは黙って、彼女の剣舞を独り占めにした。


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