竜吞ウーガの闖入者
~大罪都市プラウディア滞在2日目~
移動要塞都市ウーガがプラウディアに移動する際には些か苦労があった。
本体を重力魔術によって制御しているとはいえ、なにしろその巨体である。一歩進む道を間違えただけで、場合によっては大惨事も起こりかねない。その為に七天のユーリからの誘導などで細心の注意を払いルートを探り、大罪都市プラウディアの都市部から距離を置き、人通りの少ない場所に身を寄せることには成功した。
それでも結構な距離はある。早い馬車に乗っても数時間だ。近くに寄せすぎると、ウーガの存在が影をつくり、太陽神の信仰の妨げになるという問題もあるため、どうしたって距離を空ける必要があった。
その為【歩ム者】らも、寝泊まりはプラウディアの宿を借りることにした。プラウディアで所用を済ませた後、いちいち戻るのがあまりにも手間だったからだ。
だが、この日は【歩ム者】の面子は全員ウーガに集結していた。
そうせざるを得なかった。グラドルのラクレツィアからの要請のためだ。
「こちらは住居区画となっています」
「2-3階建て程度か?些か贅沢では無いかね」
「ウーガは移動要塞です。高層化しすぎると安定性に問題が――」
まるで観光案内のようなシズクの解説を横目に見ながら、ウルはウーガの内部を歩き回っていた。ウルからすれば勿論、ウーガの内情など大方把握している。シズクの解説は”来客達”に向けての者だった。
ウーガを”見物したい”というプラウディアからの来訪客の応対。
その日、ウル達が課せられた仕事はそれだった。
「…………キツイ」
「本当のことでも文句言うなガキ」
「キツイはキツイんじゃねえかジャインだって」
その護衛として彼等の移動に合わせて移動するウルと【白の蟒蛇】のジャイン一行だったが、正直言えば苦痛を伴う作業だった。
「どんだけ護衛連れてきてんだ客人達……肩書き見たら当然かもだが。」
プラウディアでも老舗、神官向けの高級雑貨を取り扱う【陽香園】、魔法薬を取り扱う魔術師ギルドの最大手である【天からの雫瓶】、生産都市からの食品加工を一手に担う【金剛包丁】等々、プラウディアの都市機能を支える大手ギルドの面々。
更に第三位から第四位までの精霊に愛された神官達。だが官位以上に彼等は力を保っていた。【運命の精霊・フォーチュン】と呼ばれる運命の禍福を見定める力を保つ精霊の信仰を行う彼等は、ここ数年で急速に拡大する精霊信仰の一派だ。
要は、プラウディアの中でも今現在力を持った連中が集まっているのである。
だからこそ、護衛の数も相応に多くなるのも自然と言えば自然の流れだ。ただ、それが結構な数なのである。神官の護衛として天陽騎士団がつくのはまだわかるが、それ以外にも冒険者ギルドから雇われたらしい傭兵達、更には恐らく彼等が個人的に雇っているらしい私兵達の姿まである。
「どんだけウチ警戒されてんだ」
「そりゃそうだろ。見ようによってはただの巨大な魔物だぞウーガ。プラウディアの結界の内側に寄せさせて貰えただけでも結構奇跡だ」
「【天剣】の部下の魔術士にウーガの機能の大半は封じられたがな。許可が出るまで動くことも出来ない。だってーのになんて護衛の数だ」
「死んじゃいないなら怖いは怖いさ」
詰まるところ、彼等からすれば魔物の腹の中に潜り込むような気分であるらしい。
それだけ警戒するのであれば、いっそ来なければ良いのに、とも思うが。それでも来たくて来たくて仕方が無いから、大量の護衛を引き連れてやって来たというわけだ。そしてそうなると負担が増えるのはウル達である。我が物顔でウーガを練り歩く武装集団を前に、少数の戦力しか持ち合わせていないウル達はどうしても神経が削れてしまう。
「なら、気合いの出る話をしてやろうか」
「なんだよ」
「今日の来客達、味方だと思うか?」
ジャインの言葉で、改めて来客達の顔を見る。
――こういうことを言っては何ですが、来客達には気をつけてください。
ラクレツィアは少々疲れた表情でそう語った。
いわく、プラウディアの面々の訪問は1度は断ったものの、無理を通されたらしい。大地の精霊の神官の欠落の援助をプラウディアは多く担ったため、特に彼等からの要請は断ることは難しかったらしい。
グラドルの神官の不足は言わば自滅であり、その埋め合わせを行ったプラウディアの恩に報いなければならないのは当然と言えば当然の事であるのだが、それでもラクレツィアの表情は険しかった。
――自分たちの権威が陽光の届く全ての場所で通じると思ってる手合い。注意なさい。
「…………いいや」
ラクレツィアの言葉を思い返しながら、ウルは訪問客達の顔を見る。
「随分と造りに無駄が多いですな」
「建築を指示した者のセンスが伺えますなあ。ええ全く」
「よしましょうよ。あくまでも邪教徒が作り出した代物、らしいのですから。ほほ」
訪問客達は口さがなく好き勝手に色んな事を言っている。
別に、ウーガの建築様式や、ウーガそのものの後ろ暗さを指摘されたところで、ウルは全く痛くもかゆくもない。何せ作ったのはエイスーラだ。彼のセンスがどうこう言われようと、彼が生前残した後ろ暗さをせせら笑われようと、心の底からどうでも良い。何なら彼らと一緒に嗤ってやっても構わないくらいだ。
「ねえ、エシェル殿。そう思いませんか」
「おやおやどうされました。顔色が優れませんが、ハハハ」
「………」
問題は、来客という立場にありながら、彼等に配慮の欠片も見えない事だろうか。
此処のトップはエシェルだ。
カーラーレイ一族の生き残りの一人であり、先の動乱で様々な傷を負う羽目になった少女である。彼等もラクレツィアに接触し無理を通してここに上がり込んだのだ。その程度の情報は知っているだろう。にもかかわらずの無遠慮さで、あの態度だ。
シズクとカルカラが二人でエシェルのフォローに回ってるものの、エシェルの顔色は思わしくない。
「少なくとも味方ではないわな」
「じゃあ敵だ」
「極端だなおい」
「現在ウーガに、敵が、大量の兵隊を引き連れて此処に上がり込んできているワケだ」
「…………」
ウルは沈黙し、その後、右手に握った竜牙槍を握り直した。
「わかってはいたが、改められると気合い入るな畜生」
「絶対碌な事にはならねえぞ。”護衛の対象”を見誤るなよ」
ジャインの言葉を胸に刻むようにウルは頷いた。
「なにをするんですか!おやめくださいませ!!」
そして早速悲鳴が響き渡った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
都市型巨大移動要塞ウーガ
この存在は多くの都市民達にとっては好奇と同時に未知への恐怖と不安が向けられた。未だかつて見たことも無い物に対して、多くのものが抱く感情は警戒心と恐怖だ。変わらぬ毎日の安寧を望む者達にとって、未知と変化は恐ろしいものだ。
何故なら、彼等には変化に干渉する力が無いからだ。抗する知識も手段も無い者には変化は災害と変わりない。拒絶するか、それもできないなら耐え忍ぶしかできない。
しかし、財ある者、力ある者はその見方が違う。
彼等は未知と変化に対応できる力を持っている。そしてそれがもたらす利益も理解している。そしてウーガは”未知”の中でもとびっきりだ。歴史を紐解いたとて、これほどの巨大な”移動要塞”が存在した記録はなかっただろう。かの魔導機械都市エンヴィーすらもここまでの代物はお目にかかれない。
それがもたらす利益がどれほどのものか、想像するのも難しい。それだけの可能性が此処には眠っているのだ。
ならば、いち早くそれを得て、そして独占しなければならない
利益とは、奪い合いだ。そして早い者勝ちでもある。グラドルが窮地に陥ったとき、強引にグラドルへの支援を主導したのも全てはこのためだ。エンヴィー騎士団の遊撃部隊が抜け駆けをしようとしたときは少しひやりとしたが、そうなると尚のこと、後れを取るわけにはいかなかった。
彼等はギラついた目つきでウーガをくまなく探索する。余すこと無くつぶさに情報をかき集め、ウーガがなにができて、なにができないのか。そしてどのようにすれば大きな利益へと繋がるのかをくまなく見て回っていた。
「ふうん、内装は悪くないな。」
だからその一環として、名無し達が住み着いている住居の状態を確認するのも当然のことだった。中に暮らしている名無し達が怯えたような表情を浮かべているが、彼等は気にしない。剣を持った護衛者達が彼等を押さえつける。余計な真似をさせることもないから安心だろう。
【天からの雫瓶】所属、プラウディア北区画店、店長ナカイン・レーネ・スタラーンは、住居の一つに足を踏み入れ、その内装をしげしげと確認して回っていた。
中に住民とおぼしき名無しがいたが、気にすることはなく踏み入れる。驚いた男が此方に寄ってきたが、護衛達がそれを抑えたので問題ない。
「お待ちください!!此処には暮らしている者達が!!」
「ああ、エシェル殿、申し訳ないが彼等を追い出しておいてくれないか。邪魔なんだ」
「こ、この家から出て行けと!?」
「”違う。ウーガからだよ”。何を言ってるんだ君は?」
エシェル・レーネ・ラーレイはギョッとした表情でコチラを見つめる。
しかし不思議なのはコチラも同じだった。そもそも何故に名無し達をこんな場所に住まわせようとしているのか、自分たちには全く理解できないのだから。
「な、何故」
「何故も何も、名無しなど、近くに存在させるだけで百害あって一利も無いだろう?精霊達に祈りを献上する力をまるでもたず祈りを穢す害獣だ。一刻も早く除けるべきだ」
名無し達は精霊とヒトとの繋がりを穢す。
これをナカインは信じていた。いや、彼だけではない。彼の周りにいる多くの者達。彼と共にウーガへと乗り込んだ者達にとってもそれは常識だ。
官位持ちの者達と比べるとささやかであるが、精霊達の糧となれる都市民達は兎も角、それ以下の名無し達の存在など彼等にとって目障りだった。冒険者達は非効率なエネルギー源である魔石を運び込み、その当然の対価とでもいうように都市部の貴重な資源を食い荒らしていく。
まさに害獣だ。魔物と言っても差し支えない。
自分たちの「統率者」はそれをハッキリと口にしている。官位もちであり商人として時に名無しの相手もしなければならないナカインには流石にそれを簡単に同意することは出来ないが、しかし内心ではそれを躊躇わずに口にする”彼女”を賞賛していた。
魔物に襲われる心配も無く、一切の不自由なく精霊達の力を自由に使えた理想郷時代。それを崩壊させた迷宮大乱立を引き寄せ招いたのは”名無し”である。と研究を出す高名なる魔術師達も多くおり、それが正しいとナカイン達は確信している。ありとあらゆる情報が「名無しは不要」という紛れもない事実を彼に伝えてくれる。
つまるところ、自分たちの新たなる商売の場所となるであろう場所に、勝手に名無し達が住みつかれるなど、言語道断なのだ。
だというのに、だ。
「どうしたんだね?早くしてくれないか」
カーラーレイ一族の生き残りはおかしな顔をしているのか不思議でならなかった。
「……エシェル様」
すると、彼女に仕えるもう一人の神官、ヌウの官位を持つ女が近付いてきた。ああ、まごついている主を正しにきたのかとナカインは少し安堵した。こんなことに時間をかけている暇など無いのだから。
すると、何事かと話していたエシェルは再びナカインへと向き直る。少し苛立ちながらも彼は辛抱強く彼女の答えをまった。そして、
「その………それは、出来ません。彼等はウーガの、住民です」
「……………………は?」
そして、予想外の返答が待っていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
――姫様。おはようございます。今日は太陽神も良いお顔をなされていますね。
ウーガで暮らす事になった名無し達が自分の事を”姫”などと呼ぶことになったきっかけは、エンヴィーとの審判の後からだった。シズクが状況を心配していた名無しの住民達に結果を伝え、エシェルがウーガの女王になるやもしれないと伝えたのだ。
――何事も形から入るのがよいですから。
正直最初呼ばれたときビックリしたエシェルだったが、シズクから笑顔でそう返されて反論することは出来なかった。
現在ウーガに暮らす住民達の多くは、酷く乱暴に言ってしまえば”なし崩し”だ。ウーガ建築作業に従事していた名無し達がそのままウーガで暮らしている。元々グラドルがそう言う契約――勤労代わりに都市の永住権を得るという餌――を交わしていたから、それ自体は正しい権利なのだが、それからしばらくの間混乱が続いた為、名無しとエシェルの関係は曖昧だった。
雇用関係とは少し違う。そもそも彼等を集め、ウーガに向かわせたのは弟(エイスーラ)だ。エシェルでは無い。エシェルは官位を持っているから、身分の上では彼等よりも上だが、名無し相手に都市の中にある地位を掲げるのは弱いと以前学んだ。
――名無しらウーガの住民達の庇護者であると示しましょう。
姫様呼びは、それを明確にするための一環だ。
そして、始めてみると、名無し達は驚くほどアッサリとその呼び方を受け入れた。適当な渾名のような呼び方ではなく、名無しとしてたどたどしくも敬いを示してくれていた。指導したというシズクとカルカラの手腕も勿論あるのだろうが、名無し達も嫌がってるわけではないようだった。
――姫様は、私達を助けてくださいましたから。
疑問に思っていたエシェルに、名無しの一人がそう言った。
年老いた只人で、手先は荒れてボロボロだったが、深く深くエシェルに頭を下げていた。
――他の都市建設は酷かった。でも貴方は我々をヒトとして扱った。そればかりかこんな場所に住まわせて貰うだなんて、感謝の言葉もありません。
ソレは違う。という言葉を飲み込むのに苦労した。
ウーガ建設時、彼等を使い潰すような真似をしなかったのはそれができる状況じゃなかったからだ。ウーガが使い魔として転生し、そこに住めると分かったとき名無し達を勝手に住まわせていいものか最後まで悩んでいたのはエシェルだった。
彼等の支配者として立つにはあまりにも未熟な精神性だった。
自覚すらも無い。あの審判の時なし崩しで決まったような代物なのだから当然だ。
――おひめさま!みてみて!おはたけでこんなにトルメトとれたの!
――ああ、お姫様。ご覧下さい。ここらの建築は綺麗に直せました。立派なもんです!
――姫様姫様。ウーガの剥がれた甲羅から加工品が出来たのですがご覧になりますか
だが、こうして敬われれば否応なく、自覚というものは生まれるものだ。
「形から入る」というシズクの言葉の意味をエシェルは理解した。あれはエシェルに対しても向けられた言葉だったのだ。そしてそれにまんまと乗せられるようではあるものの、確かにエシェルも「そうあろう」と思えたのだ。
「その………それは、出来ません。彼等はウーガの、住民です」
だからこそ、今この目の前の来客達の横暴から、名無し達を守らねばならないとエシェルは決めた。
一時的な退去であればまだ飲んだだろう。だが、ウーガから追い出せ、なんてのは余りに滅茶苦茶だ。いくら相手が官位持ちとはいえグラドルの神官でもない相手のそんな要求を唯々諾々と従ったらウーガが滅茶苦茶になる。
商人達がざわめき始める。
表情に浮かぶのは困惑、混乱、失望だ。先の騒動で来客達も集まり始めたが、一様にエシェルに対して怪訝な表情を浮かべている。彼等が揃ってそんな顔をすると、エシェル自身が間違ったような気がしてくる。エシェルは不安な表情を堪えた。
「事情は聞きました」
すると神官や商人達の間を掻き分けて、一人の女がやって来た。
年齢は40くらいだろうか。只人の女性だ。来客達の集団にまとまりはなかったが、まとめ役のリーダーとなっていたのは彼女だ。【運命の精霊フォーチュン】の神官、ドローナ・グラン・レイクメアだ。
彼女は薄らと笑みを浮かべて近付いてきた。エシェルは警戒する。どのような表情を浮かべようとも、悪意のある顔というのはエシェルは敏感に察知できる。彼女の表情はまさにそれだった。
「どうやら、誤解があるようですね。エシェル・レーネ・ラーレイ」
「誤解?」
エシェルは確認しながら、チラリと後ろを見る。ジャインがその視線をみて頷く。
彼はこの家の住民であるタカンタ一家を連れて、来客等の傭兵達に気付かれないようにそっと家を出ようとしていた。更に外では騒ぎを聞きつけてこわごわと様子をうかがう名無し達に白の蟒蛇の面々が声をかけている。上手く誘導してくれることをエシェルは祈った。
「私には、あの方が此処の住民達を追い出す要求をしたようにしか聞こえませんでした」
「ああ、それが誤解です」
そういって、ドローナは頬をつり上げて手で仕草をした。
「彼がしたのは要求ではなく命令です」
途端に、彼女の左右に控える戦士達がエシェルへと手を伸ばしてきた。強引で、問答無用なその動きにエシェルは息を飲み、
「暴力はやめていただきたいのだが」
「何をしてくれるんですか」
ウルとカルカラがその間に割って入った。
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