真なるバベルと天賢王


 イスラリア大陸、大連盟盟主国、【大罪都市プラウディア】


 イスラリア大陸の大罪都市は様々な特色と独自の繁栄を築いている。だが、神官達も、都市民達も、外から流れ着く名無し達に至るまで、「この大陸で最も人類が繁栄した場所はプラウディアである」と口にする。


 理由は幾つもあるが、その最たるものとして上げられるのは、【太陽の結界】だろう。


 全ての神殿、全ての都市に与えられる魔を退ける強靭無比な結界。太陽神が与える最大の加護。迷宮と魔があふれ出したとき、人類がその生存圏を完全に損なわずに済んだ最大の盾。

 プラウディアを覆うその結界は、イスラリア大陸で最も強固で、そして”広い”。


 プラウディアには衛星都市も、生産都市も無い。何故なら必要としないからだ。巨大で、圧倒的な結界が、現在のイスラリア大陸の都市を構築するために必要な要素を余さず覆い尽くしている。

 わざわざ主星と衛星都市を分けて、人口を分散させ、魔物のリスクを拡散させる必要性など無いのだ。


 通常のソレと区分するために呼ばれた呼称が【天陽結界】。

 神の慈悲、天賢王の膝元でのみ可能となる、最強の結界。


 土地の制限も少なく、それ故に人口も全ての都市国のなかで最も多い。魔物に侵略される危険性も極めて少なく、それ故に多くのヒトが集まる。必然的に大陸中で培われた技術も文化も、全てはプラウディアに集約するのだ。


 故に、プラウディアに暮らす者は言う。「此処に存在しないモノは無い」と。

 グリードの繁栄も

 ラストの探求も

 グラドルの豊かさも

 エンヴィーの絡繰りも

 スロウスの妖しき輝きも

 今は亡きラースの神秘と祈りも

 全てがプラウディアには存在している。

 それこそがプラウディアの住民にとっての誇りであり、当然でもあった。彼らの大半は、自身の居るこの場所こそが世界の中心であると自覚無くとも確信していた。


 だがそんな彼らの自信と誇りは、この日、少しばかり傷つけられる事となる。


 【竜吞ウーガ】


 プラウディアの誰もが見たことがないような、超巨大なる移動都市を前にして。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 【大罪都市プラウディア】領外、天陽結界領域前にて

 

『っかー。すごい人集りじゃのう』

《みーんなひまねー》

『ま、そりゃ一目見に来たくもなるじゃろ』


 ロックとアカネはウーガ後部からプラウディアの方角へと視線を向けていた。

 彼らの前には、偉大なるプラウディアの大結界、【天陽結界】の輝きが見える。まだ、ウーガの位置からは大罪都市プラウディアは遙か遠い。だが結界は都市部でもない、防壁も無いこの場所を既に覆っていた。

 その結界の前に、多くの都市民達が集まり、結界越しにウーガを眺めているのだ。


「都市の外まで出て、ご苦労なことだ」


 その隣で、ウルもその様子を見学している。向こうにとってウーガは物珍しいものかもしれないが、ウル達からしても、彼らの様子は珍しい。いくら【天陽結界】の内側とはいえ、都市の外にこれだけのヒトが集まるという状況はあまり見たことがなかった。


『魔物とか、怖くないんかの』

「怖くないんじゃないかね。【天陽結界】は通常都市を覆う【太陽の結界】よりも更に強い。魔物の進行を阻むだけじゃ無くて、そもそも寄せ付けない」


 ヒトの気配が多ければ多いほど、魔物は集い、そして攻撃してくる。しかしウーガを見物に来ている都市民達は百人を優に越えている様に見えるが、結界の外に魔物の気配は無い。

 ウーガの圧も勿論有るだろうが、都市民達が信頼するのは結界の力であり、それを成した【天賢王】の力だろう。


『そんなすんごい王サマんとこに、挨拶に行って大丈夫なんカの?』

「知らん」

『おうい』

「ここの所ドタバタしすぎて腹をくくるヒマも無かったんだよ」


 ウルは若干投げやりだった。開き直っているとも言う。

 「プラウディアで発生する問題対処による実績作り」というブラックからの課題をこなすにあたり、まず前提としてウル達は【天賢王】への謁見が必要となった。ディズ曰く、【陽喰らいの儀】に参加するならば、王の許可は必ず必要になるらしい。

 そして彼女のツテと、更にエンヴィー騎士団を通した【天魔のグレーレ】のコネを利用し、かなり強引にウル達は天賢王に謁見できる事になった……が、


「正直、多忙極まるらしい天賢王の謁見スケジュールをゴリゴリに割り込むとかその時点で印象最悪だし今更何をどう取り繕えってんだかハハハハ」

《にーたんだいぶまいってんなー》


 通常、天賢王に謁見を依頼するなら遅くとも数ヶ月前、通常なら年単為で事前に申告し、順番を待つのが当然のことであるとはディズから聞いている。そこを割り込んだのだから、印象が良くなっていたら奇跡だろう。

 移動の間はなるだけ忙しくして、考えないようにしていが、いざ謁見が近くなると、自分の場違い感と不安がウルの神経をゴリゴリに削っていった。


「ま、安心して、とは言わないけど、事情の説明と交渉は私とラクレツィアがやるからさ」

「ほんと、頼むからな。ディズ」


 ウルの背後から、正装をしたディズが姿を現す。久しぶりの帰郷であるらしいからなのか、格好も気合いが入っている。化粧もしっかりと決め、一段と凜々しく見えた。こんな状況で無ければ世辞の一つでも投げていただろうが、今は縋ることしか出来なかった。

 ラクレツィアも既に現地入りしている。ウーガの実情を説明する上で彼女もまた必須だった。


「元々、グラドルの新たなるシンラの報告は必要だったし、そのついでになるんだからそこまで割り込みになるわけじゃ無いよ。ウルは兎に角、頭を下げておくことだね」

「だったら俺は本当に何も言わず頭を下げておくからな」


 黙って責任の全てを託していいのなら喜んでそうするつもりである。天賢王の覚えめでたくなろうなどという色気など微塵もない。何事も無くやり過ごす気満々だった。


「ただし、【天剣】には十分に――――」


 と、ディズが何かの忠告を告げようとしたその時だった。


『…………ぬ!?』

《んにゃ!?》


 空気が一瞬凍り付くような冷たさに覆われた。ロックもアカネも気がついたのか、飛び上がるようにして警戒する。ロックなど、剣の柄に手が伸びていた。

 凍り付くような気配が、徐々にウーガの尻尾を上ってくる。それが現象などではなく、ヒトの気配であると気がついたのはその時になってだった。ヒトが起こしたとはあまりに思えぬ空気の重さだった。


 馬車にも乗らず、従者も引き連れず、単身で現れたのは濃い蒼髪を短く揃えた獣人だ。

 天陽騎士の鎧を身に纏った少女。ヘタするとウルと同じかそれ以上に若い。しかし、その彼女から放たれる気配は、あまりにもその見た目の愛らしさにそぐわない。

 少女はウル達を見やるなり、小さく鼻で笑ってみせた。


「天賢王様の謁見に無理矢理割り込んできたクセに、随分と貧相なお出迎えですね【勇者】」

「やあユーリ、久しぶり。元気してた?」

「貴方が王のスケジュールをガタガタに荒らして護衛の配置を滅茶苦茶にするまでは元気でしたよ。死んでください」


 そう言うや否や、【天剣】ユーリ・セイラ・ブルースカイは剣を抜いた。

 本当に、頭を下げて平伏していたら上手くいくんだろうな、と、ウルは内心で悲鳴を上げた。

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