妹の値段


 小迷宮【アル】 入り口


「……ああ、外だ」

「とても眩いですねえ……」

 

 大牙猪撃破後、ウルと、謎の美少女シズクが外に出たのはそれから数刻後のことだった。迷宮の核を失い、魔物の出現が停止したため帰り道はそれほど苦労は無かったものの、大牙猪との対決で負った傷と疲労の回復は相応の時間が必要だった。ようやっとの帰還である。


 尤も、ウルの気分は全く晴れない。妹の借金をチャラにする計画はおじゃんだ。しかも、【真核魔石】が失われたとなれば、あのハゲ男がどんな風にキレ散らかすかわかったものじゃない。しかも自分の隣で暢気そうに太陽を仰いでいる絶世の美少女がいる。

 いや、別に彼女とウルは関係ないのだが、この酷い格好の女を放置したら下手すると女に飢えた債権者に襲われる。


 最悪、この女はどっかに避難させなければ、

 しかしこの都市外に存在する迷宮採掘場のどこに……?


 などと、ウルが血の足りなくなった頭でぐるぐると思考を巡らせていた。故に目の前のドタバタとした騒動に気づくのにワンテンポ遅れた。


「随分と忙しないご様子ですね?」

「…………んん?」


 顔を上げると、彼女の言うとおり、採掘所はウルが迷宮に入っていったときよりも忙しない事になっていた。此処には借金を返済できずに働く奴隷まがいの債務者とソレを見張る管理者ぐらいしか居ないはずだが、今は鎧を纏った者達が彼方此方でなにやら忙しなく動いている。


「騎士団だ……なんでだ?」


 生存圏が縮小した人類が生きる都市国家、その都市を魔物の脅威から護り、都市の治安を維持する武装組織。その性質上彼らは都市の外に出ることはあまりない。此処は都市の外である。そこに彼らがわらわらというのはおかしな光景だった

 騎士の纏う鎧の意匠を見るに、近隣の都市、世界で七つある【大罪迷宮】の管理を担う大罪都市グリードの騎士であるのは間違いなかった。しかし彼らが何故ここに居るのか。


「何故だ!何故です!!裏切ったのか!?最初からこのつもりだったのか!」


 見慣れぬ光景に、聞き覚えのある声が聞こえてくる。この迷宮鉱山の責任者であるザザだ。彼は何やら騎士団達に両腕を掴まれ、捕まっていた。なにかしらの罪でしょっぴかれているらしい。そしてその状態で必死に、眼前にいる金髪の少女に向かって喚いている。


 少女は恐ろしい剣幕になってるザザに対して平然と言葉を返す。


「裏切ったのはそちらでしょ?奴隷めいた契約まではまだ見逃されたのに、都市に献上する魔石をチョロまかすのは完全にアウトだよ。君を切り捨てざるを得ない」

「“精霊憑き”を返せ!アレは私のだ!」

「君のではなく、黄金不死鳥のモノだよ。そして君は既にギルド員ではない」


 幾らか問答をするが、騎士はザザの腕を緩めない。無駄なあがきであるというのはウルにもわかった。対面する彼女は小さく溜息をついた。


「哀しいよ。君はとても向上心があったのに、目先の欲に溺れて、美徳を失った」


 彼女がそう言うと、怒り狂っていた様子のザザは何か言いたげに口を何度も動かすが、最後にはうなだれた。そのまま騎士達に連行されていった。一体何がどういうことなのかはウルには不明だったが、どうやらザザが失脚したらしい。


 いや、そのこと自体は心底どうでもいい。


 問題なのは、。ウルは騎士達と何事か話している先ほどの金髪の少女に向かって行った。


「――――それでは、ご協力に感謝する。フェネクス殿」

「此方の身から出た錆、迷惑をかけたね。補填は……おっと?」


 短く綺麗に切り揃えられた金色の髪の少女は、突然近づいてきた酷くボロボロの風体の少年に驚いたようだった。ウルは彼女を改めてみる。

 白く眩く見えるほどの金色の髪、都市の“神官達”が着るような美しい生地の衣類。体のラインはしなやかで、整っていた。何よりどこか常に余裕を感じさせる笑みを堪えた綺麗な顔立ち。薄らと化粧をしていて大人びて見えるが、実年齢は見た目よりももう少し若そうだった。


「君達、どうしたんだいその怪我は。こちらで治療を」

「いや、申し訳ないがその前に」


 異様な風体のウルに驚き気遣う騎士を制して、ウルは少女に向き合う。

 

「すまないが、“精霊憑き”と言ったか」

「言ったね」

「妹だ」

「ん?」

「その“精霊憑き”は俺の妹だ」


 その一言に彼女が納得したようにああ、と手を叩いた。そして懐に手を入れると、ひょいと小さなモノを取り出した。小さな小さなヒトガタ、人形のようなそれは、ウルにとってとても見覚えのあるものだ。無いわけが無い。それは


《にーたん!!!》

「アカネ、無事だったか」


 ウルの妹、アカネだったのだから。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 精霊憑き


 精霊に取り憑かれたヒト、あるいはヒトと精霊の中間生物。この存在を知る者はそう多くない。何せ、実例があまりに少ないからだ。精霊はヒトの上位存在。【神殿】にてヒトが崇め、信奉し、その恩恵を授けてくれる神の眷属だ。

 その彼らがヒトと混じるなどありえない。と、精霊に仕える神官の中には真っ向からその存在自体を否定する者もいる。あるいはヒトの世に降りた神の遣いと信奉する者もいる。その扱いを巡っては様々な議論が交わされたが、しかし決着はつかない。

 なぜなら彼らの前に、精霊憑きが現れることなど殆どないからだ。


 希少、そして存在したとしても。ソレが現在におけるこの世界の【精霊憑き】の立場である


 そして困ったことに、ウルの妹はその精霊憑きである。


《にーたん、ヘーキか?ちまみれだが?》

「平気だよ。一応治療してもらった。そしてグルグルはヤメれ、響く」


 彼女は、名前をアカネという。ウルの妹だ。妹で、そして【精霊憑き】でもある。生まれたときはちゃんと、ウルと同じヒトだった。正真正銘の只人だった。愚かなるバカ親父が偶然たまたま、本当に偶然たまたま、“精霊の卵”と呼ばれるモノを気づかず手に入れ、それをオモチャ代わりにしていたアカネが卵に“飲まれて”しまうまでは。


《あんまむちゃすんなよにーたん》


 赤紅と金色の交わる体、髪の毛先まで同じ色で輝いている。まるで鉱物のような硬さを持ちながら、しかしその形は変幻自在。小さな人形のような姿になったと思えば、羽で空を飛ぶことも、動物のように姿を変えることも出来る。

 というか今変わっている。今彼女は蛇になってウルの身体にまとわりついている。重くはないが擦り傷が痛い。


 ――恐らくお前の妹は土の系譜の精霊に飲まれ合一した。隠せ。消される前に。


 彼女がこうなった後、彼女の存在を知った男が、そっとこのことを教えてくれてから、ウルはずっと彼女の存在を守り、隠し続けていた。姿形がとんでもなく変わろうと、彼女はウルの妹である。可愛く、イタズラ好きで、無邪気に見えて時々賢い。守るべき妹。


 今もそれは全く変わってはいない。いないのだが


「うん、感動の再会でわるいんだけどこの子、書類上私のモノになってるのでごめんね?」


 だが、悲しいかな、それと実際に守れることとは別である。


 都市外の魔石探鉱基地、その管理室にて


 元々此処で主として君臨していたザザは既にいない。その代わり、金色髪の少女が、小人用に据えられたやや小さな椅子に座り、ウルと対峙している。


《むぅぅ………》


 ウルは警戒する唸る妹の頭を撫でながら、疲労した頭を回し、この状況から逃れるための言葉を探した。


「……人身売買は法律で違反では?」

「彼女の存在をこの世界はヒトとして認めていない。彼女は所有物として君の父親に質に出されて、正式な契約で黄金不死鳥のものとなった」


 ぴらりと渡された書類をウルは凝視する。何とか契約に不備が無いかと探し続けた。

 無かった。


「一応言っておくと、これは【血の契約】、契約履行を強制する魔道具によって成立している。逃れられるとは思わない方が身のためだよ。破れば死ぬし」

「死ぬの?」

「死ぬ、君が」

「俺が」

「君、連帯保証人になってるから」


 ウルは書類の一番下をみた。ウルの名前が父の名前の下にあった。当然ウルはこれを記入した覚えが無い。ウルは心中で百回悪態をついた。


「勝手にあの親父……」


 ウルの様子をみて、彼女は肩をすくめた。


「大変同情するし契約として問題だけれども、【血の契約】が使われて、そして譲渡が完了した事で術が“成立”してしまった。解呪は難しいよ。この契約書自体が、金貨一枚はする強力な魔道具だからね」

「なんでそんなもんを親父……“名無し”の冒険者もどきに……」

「精霊憑きの存在が希少だったからだね。ザザの金への嗅覚は間違いなく一流だった」


 惜しい人材を失ったよ。と、彼女はしみじみと言う。金色の少女の感傷に構っているヒマはウルにはなかった。どうやら妹は黄金不死鳥、一大金貸しギルドのモノになるのは避けられないらしい。

 “名無し”として生きてきたウルにとって理不尽は日常である。自分の身に振りかかる理不尽くらい、少しくらいなんて事は無い。 

 だが、妹のこととなると話は別だ。流石に、彼女がモノとして売られるのはあんまりだ。


「妹がそちらのものとなった後、どうする気だ?妹はどうなる?」

「聞かない方が良いよ?」

「どうなる?」


 ふむ、と、ウルの頑なな態度を見て、金色の少女は頷く。そして先ほどまでの飄々とした態度を拭い去り、温度の感じない、凍て付いた眼で、鋭く告げた。


調。精霊の神秘を僅かなりとも手中に出来る極めて希少な機会だ」


 たとえ、調べる対象がどうなろうとも。と、言外に彼女はそう告げていた。


《ぬー……》

 

 ウルは、隣で唸りながらも自分にひっつくアカネをみて、大きく息を吐き出した。そして腹をくくった。


「妹を買い戻したい。その場合幾らだ」

「金貨1000枚」


 ウルは言葉を失った。


「……最初の契約は金貨10枚だったはずでは」

「君の父親との取引は既に完了している。この取引はあくまでも、黄金不死鳥の所有物を買い取りたいというだけの話。“精霊憑き”にウチが値段をつけるならこうなるね」

「……本人の了承の無い契約だったのにか」

「だから君の提案に真面目に答えている。本来ならば、幾ら金を積まれようと、君の提案は拒否するところだ。金貨1000枚どころか1万枚積まれたとしてもだ」


 金貨1000枚、などという単位は、真っ当な金銭感覚を持っていれば冗談と笑う金額だ。都市内に住まう事が許された“都市民”であっても、その額を生涯稼ぐことは無いだろう。

 まして、“名無し”のウルでは大変に厳しい。都市の外にまともな仕事はない。都市にも仕事はない。そもそも都市には長く滞在することすら叶わない。“名無し”は長期滞在するだけで費用が掛かるのだ。

 “名無し”とは、血を繋ぐ価値無しと世界に見放された者達の意味なのだから。


 故に、ウルには金を稼ぐ手段がない。


「…………」


 ウルは遠い目になり、しばし、複雑に表情を変化させた。そして、最後に大きく大きく溜息をついた後に、己の決断を告げた。


「……俺が“冒険者”になって、金貨1000枚を作る」


 ろくでなしの父に倣う選択は、彼にとって苦渋の決断そのものだった。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 冒険者


 迷宮探索を主として活動する人間の総称、しかし本来は魔物退治を中心とした幅広い活動を行う、いわば“何でも屋”、“傭兵”が正確な所だった。600年前の“迷宮大乱立”以降、現在の意味合いに変化した。

 現在は迷宮探索、魔石発掘を主立った仕事とする者は非常に多いが、それだけではなく、強大な魔物退治や人類生存圏外の探索、物資運搬の護衛などなど、仕事内容は多岐にわたる。


黄金級


 冒険者ギルドが制定する、いわゆる冒険者の階級(ランク)付けの第一位。冒険者ギルドに対する一定以上の貢献度、“第二級”の賞金首の打倒の実績、幾つもの査定をクリアした者のみがその称号を与えられる。

 狭き門であるが為に、与えられる特権は非常に多い。


・“階級一位”の賞金首の討伐依頼受注認可

・古代遺物の所持および使用の認可

・多くの公共機関利用の無償化及び優遇

・神官階級二等“セイラ”の官位。

・【大連盟】からの資金融資、金貨1000枚以上


 此処に載せられた特権は一部に過ぎない。それほどの権限が与えられるだけの価値が、黄金の冒険者には認められているのだ。事実彼らはこれらの特権に勝るとも劣らないだけの成果を瞬く間に生み出し、地の底から溢れる魔の脅威から人類を守護する。彼ら、彼女らの存在こそ、この世界最大の資産であると言えるだろう。

 だが、この世界に数多ひしめく冒険者たちがまず目指すところは【銀】であり金色を目指す者はまずいない。何故なら―――



                          ~実録!冒険者の世界!!~




「つまり、俺が冒険者になり出世すれば、アカネを買い戻せる」

「素敵なプランだね。可能かどうかに目をつむれば」


 金色の女はニッコリと笑った。

 だが、ウルは冗談を言ったつもりはなかった。笑われても困る。


「黄金級になる。絶対に金貨1000枚を稼ぎきる。だから妹の“調査”は待ってくれ」

「借金を背負ったヒトは大抵、「絶対」とかそういう言葉を安易に使うけど、本来安くないよ?絶対っていう言葉は」


 ザザのように叫ぶでもなく威圧するでもなく、淡々と金色の女は告げていく。だがその言葉の一つ一つがウルの両肩に重石のようにのしかかり続ける。彼女は言葉を続ける。


「君はただの流浪の“名無し”だ。見る限り特別な技術も才能も感じない。金貨1000枚という尋常ならざる大金を支払うという言葉にはまるで信頼が無い。それがないなら、代わるモノを君は差し出さなければならない」

「代わり」

「君の父親は金銭の対価に自分の娘を差し出した。君は何を差し出す?」


 何を?と、問われても、ウルには差し出すモノは何も無いと言うことは彼女も承知だろう。流浪の“名無し”、無能の“名無し”、それも力も持たない子供。差し出せるような何かを持っているなら、こんな迷宮探鉱でコキ使われる羽目に陥ってはいない。

 無い。何も無い。この命以外は。故に、


「……俺の命を懸ける」

「――――へえ?一応言っとくけど、ソレは冗談にはならないよ?」

「分かってる。血の契約書ってのがあるんだろう。ソレを使ってもいい」


 ウルは己がいかに馬鹿な事を言っているのか重々承知した上で会話を続ける。馬鹿な事を頭を馬鹿にして口にするのは中々の苦痛だった。妹の命を救うにはこれしかない。


《ちょーっとにーたんまってまって!》

「俺の人生を担保に時間をくれ。ソレまでの間に俺が金級になって妹を買い戻す」

「ふうーーー…………ん」


 ぐいと、彼女が顔を近づける。下から覗き見るように、ウルの瞳を見つめる。全てを射貫くような金色の眼の眼光を、ウルは正面から受け止めた。背中から冷や汗が吹き出すのを感じた。とても同じ年の少女とは思えない力がその瞳にはあった。

 数秒だか、数十秒だかの時間が過ぎる。ウルはその間一度も彼女の目からは目をそらさなかった。そして、


「そうだね、なら、考えてあげよう」

「少し?」

「正直なところ、君の命では何の担保にもならない。君よりも遙かに能力在るヒトの人生を私はいくらでも自由に出来る。君には価値がない」

「酷いことを言う」


 だから、と、指をウルの胸へと指す。


「価値を示せれば、君の提案を受けよう」

「どう示せと」

「それはまた今度決めようか。君も限界みたいだしね?」


 そう言われ、ウルはぐらっと頭が揺れるのを感じた。指摘された瞬間、目を向けずにいた全身の痛みと疲労ががくんと襲いかかった。朝からの魔石発掘作業。更に単独での小迷宮探索、大牙猪との対決に加えて、謎の女との自分と妹の命を懸けた交渉。

 完全にウルの体力の限界を大幅に超えていた。つい先ほどまで彼が立っていられたのは妹の命がかかっているという危機感からだった。そして今その緊張がぷちんと切れた。


「少なくとも君の価値が決まるまで、アカネの処遇は待ってあげよう。まずは冒険者だ。頑張ってね?」


 最後の一言を得た僅かな安堵と共に、ウルの意識は落ちていった。


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