職業王妃ですので王の溺愛はご遠慮願います

夢見るライオン/ビーズログ文庫

1章 

愛のない結婚式


 ――今日、マルティナ・ベネットはギリスア国王の愛のないおうとなる――

 ギリスア国中にひびわたるようなかねの音と、大勢のたみ達の祝福の声が聞こえている。

 せんとうの連なる大聖堂では、先日そくしたばかりのクラウス王のけっこんしきが行われていた。

 真っ白な大理石の柱がアーチ状の屋根を支え、柱頭のニッチには聖人達のちょうぞうが並び立ち、参列するきらびやかなしょうの貴族を見下ろしている。

 貴族達はそれぞれにぜいくした色とりどりのドレスやきゅうてい服に身をつつんでいた。

 そしてクラウス王もまた、白地に金のふさしゅうがちりばめられ、片側がマントになったギリスア国の正装姿でさいだんに向かって立っている。

 しかし、そのとなりに立つはなよめだけが、この祝いの場に異彩を放っていた。

 真っ黒なドレスに、真っ黒なヴェールが長く長くバージンロードを染めている。

 ヴェールにかくされてはいるが、かざりっ気なくひっつめたくろかみと、うすしょうの中にきわしっこくひとみが一層やみを深める。

 まるで若くして夫をくした未亡人のような姿だ。

 その表情に晴れやかなみはなく、重責をになかくを決めて口元をめている。

 二人の前に立つ神父はちかいの言葉を問いかけた。


しんろうクラウス・ギリスア。新婦マルティナ・ベネット。める時もすこやかなる時も、おたがいをのままに敬い尊重し、決して愛をわさないことを誓いますか?」


 つうの結婚式ではあり得ない言葉が投げかけられる。

 しかしマルティナは一呼吸置いて「誓います」と黒いヴェールの奥からたんたんと答えた。

 神父はうなずき、隣に立つクラウスに視線を向けた。


「……」


 しかし王は無表情にちんもくしたままだ。

 マルティナは隣に立つクラウスをそっと見上げた。

 はくの深みを持つつややかなきんぱつに、ラピスラズリを内に秘めたようないブルーの瞳が美しい。整った鼻筋に引き締まったまゆがりりしく、ほれぼれするような美男子だ。

 国中の女性があこがれ、マルティナの周りにも神のようにしんすいする者がいる。

 だがそのぼうの国王は、これまでいた話一つ聞かず、おんなぎらいのうわささえ流れている。

 長引く沈黙に貴族達がざわざわとさわぎ始めた。

 神父はすようにせきばらいをして、誓いの言葉を受け取ったかのように式を進めた。


「こほん。では誓いの指輪を」


 この特別な結婚式では、誓いの言葉の後に指輪のこうかん……ではなく、じゅが行われる。

 王だけが一方的に王妃に指輪をさずけるのだ。

 愛を交わさない王妃は、王への忠誠のあかしとなる指輪を受け取るだけだ。

 グレーのドレスの少女達が列を作って進み出ると、王の横にひざまずく。

 その先頭の一人が指輪の入った黒いビロード張りのケースをささげ持つ。

 そこには世界中の闇を閉じ込めたような黒ダイアモンドがじゅうこうかがやきを放っていた。

 だがクラウス王はちらりと指輪を見たものの動かない。

 やがて高くかかげ過ぎた少女の手がぷるぷるとふるえ出した。そして少女は助けを求めるようにマルティナに視線を向ける。マルティナは思わず少女を支えようと手をばした。

 しかしその手はちゅうでクラウス王の大きな手につかまれた。


「……っ!」


 おどろくマルティナを冷めた目で見下ろし、クラウスはケースから指輪を取り出すと、摑んだマルティナの左手の薬指にすっとはめ込んだ。

 そのしゅんかんを待っていたように祝いの鐘が再び鳴り響いた。

 参列の貴族達からかんせいが上がり、大聖堂の外からも民衆の祝いの声が響いてくる。


 もちろん誓いのキスはない。

 王はしきが終わるとすぐにきびすかえしバージンロードを歩き出した。マルティナはあわてて長いヴェールを引きずってその後をついていく。

 本来ならばうでを組んでほほみ合いながらゆっくりと祝福を受けて進むはずのバージンロードだったが、どんどん歩いていってしまう王を追いかけるだけでせいいっぱいだった。

 だがマルティナはヴェールの奥の顔をしっかり上げて、どうようを気取られないように背筋を伸ばしてしっかりと付き従った。

 こうして、結婚式はおんな空気を残しつつとどこおりなくしゅうりょうした。


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