第36話
「はぁ…」
私は番台の上でため息をついた。
「なんだマキ、お客さんの前で失礼だぞ」
お父さんが男湯の脱衣所のモップがけをしながら注意してきた。
「だって…失礼するお客さんなんて…」
私はガランとした脱衣所を眺めてもう一度ため息をついた。
今まるふくの湯は閑古鳥が鳴いていた。
いつもの常連さんぐらいしか来てない日が数日続いている。
ライリーさん達は何かおかしいと調べてくれているがまだ返答は来ていなかった。
「なんで急に来なくなったんだろ、やっぱりこの前のマルコスさんの話が関係あるのかな?」
「来るも来ないもお客さんの自由だ、俺達は来た人にゆっくりしてもらうだけ」
そうは言いながらもお父さんは掃除しながら時折入り口の方を見つめていた。
「こんにちは…」
「ん!いらっしゃい」
久しぶりのお客さんの声に私は笑顔で振り向くとそこには顔や手を汚したジョアンくんが立っていた。
「ジョアンくん、どうしたの!」
急いで番台から降りるとジョアンくんに駆け寄った。
「薪を集めてたら汚れちゃった、これだけなんだけど…いくらになる?」
ジョアンくんの小さな腕に抱えらるだけ薪があるがお金に換算する程はなかった。
「ジョアンくん一人?お父さんは?」
いつもならマルコスさんとたくさんの薪を持ってきて銭湯に入っていたがあの日から二人の姿は見ていなかった。
「お父さんは忙しくて…僕だけじゃ入れない?」
ジョアンくんの悲しそうな顔に私はお父さんと顔を見合わせた。
「お父さん…」
「ジョアンくん、薪をありがとう。今ちょうど無くて困ってたんだ、だからいつもより高めに交換させてもらうよ」
お父さんはジョアンくんから薪を受け取った。
「マキ、ジョアンくんを入れてやりなさい。父さんはマルコスさんに話して来るよ」
「わかった、ジョアンくん今日は私と女湯に入ろ」
「え?ぼく男だよ…」
「子供はどっちでも入っていいのよ」
私はジョアンくんの手を引いて女湯へと向かう。
「それにこの時間お客さんいないから私達の貸し切りだよ」
「かしきり?」
「二人だけのものってこと!」
私は女湯の浴槽の扉を開いた。
「わー!いつも人がいっぱいなのに…」
ジョアンくんは広い浴槽に目を輝かせている。
「さぁ服脱いで入ろ!」
「うん!」
ジョアンくんと服を脱いで浴槽へと向かう。
「体を洗おうね、ジョアンくんは一人で洗えるかな?」
「大丈夫だよ!ぼくいつもお父さんの背中洗ってあげてるの!」
「いいなー!じゃあ今日はお姉ちゃんのもお願いね」
「うん」
ジョアンくんが一生懸命自分を洗っている間に私もサッと体を流す。
髪はまとめておいて洗うのは後でにした。
ジョアンくんが泡だらけになったところで私は背中を洗ってお湯をかけた。
「次はマキお姉ちゃんの番だよ!」
ジョアンくんの心地よい強さに思わず目を瞑る。
「ジョアンくん洗うの上手だねー」
「えへへ、お姉ちゃんはお父さんより小さくて洗いやすいね!」
それでも小さい体をいっぱい動かして隅々まで洗ってくれるとお湯を流した。
「さぁ湯船に入ろっか」
「はーい」
ジョアンくんは足場に座っても小さいので膝に乗せてあげた。
「ジョアンくんちゃんとお口出る?大丈夫かな」
「うん!お姉ちゃんのお膝お父さんより柔らかくて気持ちいいね」
「ありがとう、また一緒に入ろうね」
「うん!次はお父さんも来れるかなー」
「あー、お父さんとは一緒に入れないなー。その時は男湯か女湯で選ばないと」
ジョアンくんは少し悩んだあと申し訳なさそうに私の方を振り返る。
その顔で答えはわかった。
「ごめんね、ぼくお父さんと入りたい」
「ふふ、私もその方が嬉しいよ。お父さんとジョアンくんが楽しそうに入るのを見るのが好きだから、だからまた二人で来てね」
「うん!」
ジョアンくんの赤くなった頬をみて、私達はお湯から上がることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます